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君の味方

 俺の後頭部の衝撃の事実が発覚してから二週間がたった。

 とりあえず、育毛剤を買って試してみることにした。

 だが、数日で生えてくるはずもなく、俺は、周りの視線が気になって仕方がなくなった。

 みんな、俺の後頭部を見て嘲笑っているのではないかと思えてならなかった。

 そして、俺は気づいたのだ!

 帽子をかぶれば、後頭部は見えない!

 思い立ったが吉日と、俺は、出かける前に帽子を探し出してかぶった。

 今日は少し風が吹いているので、トレンチコートを身にまとい、帽子をかぶって、ラッキーアイテムのマフラーも巻いた。

 よし、これで完璧だ!

 今日は早朝から出かけた翠先生に代わって俺は灯里あかりと手をつないで保育園に向かっていた。

 いつものように雅之の家の前を通りかかると、有希ちゃんが慌てた形相でこちらに向かって飛び出してきた。

「有希ちゃん!おはよう!」と、灯里が挨拶すると「灯里ちゃん、おはよう!」と、有希ちゃんは答えながら俺の方を向き、「あ、お義兄さんおはようございます!」と、俺にも笑顔を向けた。

「有希ちゃん、急に飛び出してきて……」

 急に飛び出してきた有希ちゃんの事情を聞こうとしていた俺の言葉は、「この不審者め!ピュアキーーーック」と言う言葉にかき消された。

 そして、突然背後から飛び蹴りをされて俺は地面に倒れた。

「沙綾ちゃん?」と、振り返った灯里が言った。

 どうやら俺に飛び蹴りを食らわしたのは沙綾ちゃんのようだ。

 全くもって思い当たる節がないのだが。

 俺の頭上で沙綾ちゃんの声がした。

「灯里もぼうっとしていちゃダメよ!怪しい人にはついて行っちゃいけないってゆう先生も言ってたでしょ!」

 起き上がろうとした俺は沙綾ちゃんに足蹴にされた。

「沙綾ちゃん!」

「違うわ、灯里!ピュア・サアヤよ!」

 また起きようとした俺を足蹴にしたピュア・サアヤこと沙綾ちゃんに、灯里は冷静に言った。

「あのね、不審者じゃなくて、私のパパだから……」

「へ?あら?よくわかんないけど言われてみると何となく灯里のパパっぽいわね」

 やっと俺を足蹴にするのをやめた沙綾ちゃんが、「そんな、不審者っぽい格好をしてる方が悪いわ!」と、言うと顔を上げた。

 そして、「まあ!」と、黄色い声を上げた。

「まあ、綺麗なお姉さん!はじめまして!世界の平和を守る小早川・ピュア・サアヤですわ!」

 沙綾ちゃんの視線の先にいた有希ちゃんは沙綾ちゃんの視線を追って後ろを振り返ったあと驚いた顔をして自分を指さした。

 有希ちゃんのジェスチャーに、沙綾ちゃんが深く頷くと、有希ちゃんはしゃがみ込んで沙綾ちゃんに視線を合わせていった。

「ピュア・サアヤ、はじめまして!私は笹岡有希です」

「沙綾ちゃん!怪しい人に近づいたらダメよ!」

 その時、沙綾ちゃんの母親の小早川さんが現れて、沙綾ちゃんを抱きしめながら俺を睨み付けた。

「あの、灯里の父親ですけど」

「あ、あら、そうね。おはようございます!」

 小早川さんは、俺に気が付くと、慌てた様子で沙綾ちゃんの手を取った。

 沙綾ちゃんは、母親の手を取ると、思い出したように俺を振り返っていった。

「灯里のパパ、帽子かぶってると頭がムレてハゲるわよ!」

 その言葉は、今の俺の心に深く深く突き刺さった。

 崩れ落ちた俺の肩に、灯里が手を置いた。

「パパ、私はパパの味方だよ」

 うなずいた俺に、さらに灯里は続けた。

「頑張って、髪、生やそうね」


 いつものようにNICUに到着した俺は、すかさず井澤看護師長と黒川に取り押さえられ、なおかつ、不審者のような服装で来る方が悪いと怒られた。

 トレンチコートがまずかったか……。


『笹岡、サイテーね!』

 着替えて持ち場に着いた俺に、梛子なこからの痛烈な『一言』が放たれた。

『ただでさえブサイクなのに、ハゲでフシンシャでヘンタイなんて、サイテーじゃない!』

 本来ならば、『声』が聞こえる者として、梛子がこれほどまでに『声』を出せるようになったことを喜ぶべき所なのだが、梛子の『言葉』は、特に『ハゲ』というワードは、俺の心を打ち砕いた。

『ねえねえ、笹岡ってハゲなの?』

 いつも癒やしの存在の愛斗まなとの『言葉』までも、俺の後頭部にクリーンヒットしてきた。

 そして、愛斗の言葉にうなだれていた俺の後頭部にリアルに何かがクリーンヒットした。

「笹岡さん、そこ、邪魔です」

 俺を寄せ付ける気のないその声色に顔を上げると、そこには眉間にしわを寄せた堀江がいた。

 俺の後頭部に当たったのは堀江が手にしていたバインダーのようだった。

 堀江は、俺にクリーンヒットしたらしいバインダーをさりげない手つきで念入りに消毒すると、バインダーに挟んでいた物を手にして、梛子のネームプレートを取り出した。

 そして、「加賀美 梛子」と書いてあるネームプレートの「加賀美」の部分に、手に持っていた「木下」というシールを貼った。

 どういうことだろうと、堀江の方を見ると、俺と目が合った堀江は、深いため息とともに俺を睨みつけた。

 何だか、聞ける雰囲気ではないなと、俺は察して、黙って自分の仕事をすることにした。


 いつもなら、午後の面会時間になるとすぐに現れる梛子の母親は、今日はなかなか現れなかった。

『笹岡がそんなところにいるから、ママが来ないんじゃない!どきなさいよ!』

 梛子が俺に悪態をついたが、今日梛子の担当の俺が急にこの場を立ち去ったら、他のナースから不審がられるし堀江辺りからブリザードが降ってくるに違いない。

 それに、梛子の母親は俺が梛子の担当でも毎日面会に来ていたはずだ。

 入り口の方を見るとこちらを不安げに見ていた堀江と目が合った。

 途端に、堀江が重く深いため息をついた。

 それは、俺と目が合ったのがそんなに嫌だったのか、梛子の母親が来ないことを憂いているのかは、俺には分からなかった。


 面会時間が終わりに近づいた頃、インターホンが鳴った。

「あの、かが……木下です」

 声を聞いただけではわからないくらい沈んだ声色でそう言ったのは、梛子の母親だった。

『あ、ママだ!』

 いつもなら、何か梛子に話し始める梛子の母親は、虚ろな顔をしながら梛子の方を見つめていた。

『ママ?どうしたの?』

 もぞもぞと動き始めた梛子の様子に気づいているのかどうなのか、虚ろな目のまま梛子の方を見つめながら、口を開いた。

「ママとパパ、離婚したの」

 消え入りそうな声でそう言うと、泣きそうな顔をした。

「梛子ちゃんを小さくうんじゃったママが全部悪いんだって……」

 梛子の母親の頬を涙が伝った。

「ママにはパパしかいなかったのに……。誰もいなくなっちゃった」

 そう言って、梛子の母親は嗚咽し始めた。

『ねえ、ママ、私がいるよ!パパも、じいじも、ばあばも、世界中の皆がママの敵になっても、私はママの味方だよ!』

 梛子の『声』が聞こえるはずのない梛子の母親は、さらに泣きじゃくり、通りすがりの黒川が、なだめながら別室に連れて行った。

『もう!笹岡が今日の担当だから、ママがいなくなっちゃったじゃない!』

 梛子が怒りながら泣き出したのをあやす俺が、ふと顔を上げると、堀江と目が合った。

 堀江に深いため息とともに睨まれながら、俺の味方はここにはいないのかもしれないと感じずにはいられなかった。

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