HELLO!BABY!3?
その日は自然と早く目覚めたため、俺は、そのままお弁当作りにとりかかった。
「パパ、おはよう!」
お弁当を作っていると、灯里が起きてきた。
そして、「私も手伝うよ」と、灯里が踏み台をもってきて俺の隣に立った。
愛娘と並んで食事を作る喜びに浸っていると、思い出したように灯里がポツリと言った。
「そういえば、ママ、今日、朝から会議って言ってた」
「何!?」
翠先生が朝から会議と言うことは、いつもよりだいぶ早く家を出るということだ。
しかも、この時間に起きてきていないということは、恐らく、朝ご飯は現地で軽く食べるつもりなのだろう。
「何か、すぐ、食べられるもの……」
「そうだ、パパ、サンドイッチ作ろう!」
灯里の提案に、俺はうなずいた。
俺がサンドイッチの具材を準備している間に、灯里がパンにマヨネーズを塗り、準備した具材を挟んだ。
そして、灯里が具材を挟んだパンを俺が受け取り、食べやすい大きさに切る。
そうして、サンドイッチと、お弁当が出来上がったころに、翠先生が現れた。
「今日、会議って言うの忘れてた!けど、サンドイッチならすぐ食べれるね!」
そう言いながら、嬉しそうにサンドイッチを口に運ぶ翠先生を見て、俺は、灯里と笑いあった。
翠先生が出かけてから数十分後、俺と灯里も保育園に向かって出かけ始めた。
保育園にたどり着く手前で、何やら道に迷っているらしき、人物がいた。
明らかに外国の人だ!
こんな日に限って、翠先生がいない!
しかも、英語教師をするほど英語ができる有希ちゃんも、俺たちに手を振るととっとと家に入って行ってしまっている。
固まる俺をよそに、灯里が外国人に近づいて行った。
は!灯里は超絶可愛いから誘拐とかされるかもしれない!
外国人が怖い気持ちよりも、灯里を守ろうという気持ちが勝った俺は、灯里のもとへと駆け寄った。
「May I help you?」
俺が駆け寄った時、灯里は実に流暢な英語で、外国人に話しかけていた。
俺の娘なのに、めっちゃ英語が上手だ!
「Oh!ヒメギミ、シンパイいらないね、セッシャニホンゴわかるでゴザル」
何か、ところどころ表現がおかしい気がするが、日本語がわかるらしい。
「セッシャ、ここ行きたいでゴザル」
とりあえず、一人称がおかしい外国人は、手にしていた端末の画面を見せた。
その真ん中にあるのは、俺が勤める病院だ。
「私今からこの病院行くでゴザル」
あ、何か、つられた!
「セッシャのオクガタ入院なうでゴザル」
道すがら、外国人が一生懸命に俺に話しかけてきている。
どうやらオクガタさんと言う人が入院しているようだ。
「ソレデネ、セッシャのmy son(和訳:私の息子)もうすぐくるでゴザル」
ま、マイさん?どのマイさんが来るんだ?どこから来るんだ?マイさん置いてってるんじゃないか?マイさんが来るなら俺に道を尋ねることはなかったのではないか?
「My sonは、色々と、ヨクワカンナイけど、セッカチさんで、ヨクワカンナイけど、ヨクワカンナイことになってるんだ!」
うん、全然よくわからないし、よくわからないけど、マイさんは何だか大変そうだ。
俺は、あいまいにうなずきながら、マイさんは大丈夫なのだろうかと心配になった。
俺の心配をよそに、俺たちは病院へとたどり着いてしまった。
マイさんはよかったのだろうか、と思っていると、玄関のところで、産婦人科病棟の舞さんにでくわした。
「おや!舞さん!おはようでゴザル!」
「あら、おはようございます!」
「セッシャ、オクガタのところに行きたいでゴザル!」
「あ、わかりました!方向一緒なので、案内しますね」
どうやら、オクガタさんは産婦人科に入院しているらしい。
そして、マイさんとは、きっと舞さんだったのだろう。
よくわからないけど、舞さんが無事でよかった。
ようやく謎の外人さんから解放された俺は、意気揚々と職場に向かった。
『ちょっと、笹岡、聞いた?』
持ち場に着いた俺は、早速、梛子に絡まれた。
聞いたも何も、俺はついさっきここに来たところだが。
『今日、ここに、外人がくるのよ!』
さっきやっと変な外人と離れたところだというのに、ここに外人が来るのか!
一難去ってまた一難か……。
肩を落とす俺に、梛子が追い打ちをかけるように言った。
『まあ、ブサメンな笹岡ががっかりするのも無理はないわね。ママが言ってたもの、外人やハーフは大概イケメンだって』
いや、そうとも限らないけど……。
と、俺は朝一緒に病院に来た変な外人を思い起こした。
取り立ててイケメンとかではなく、むしろ普通くらいの顔だった。
たぶん、あの外人よりは纐纈や高柳君の方がものすごくイケメンだ。
『今日はイケメンが来るから、今日の担当が笹岡でも許してあげるわ』と、浮かれている梛子に水を差すようなことを言って暴れさせてもいけないし、きっとあの外人は関係ないだろうと俺は口をつぐむことにした。
そんな会話があったことを忘れかけていたころだった。
『たのもー!』
何か道場破りみたいなノリでベビーが現れた。
『何?』
『なのを頼むの?』
『ミルク?』
『オムツ?』
『僕もミルク!』
『私オムツ!』
『うえ~い!抜いてやったぜ!』
最後に『発言』した拳志郎はは何を抜いたんだ!?
と、思ってみていると、丁度拳志郎の担当だった黒川が、拳志郎の手に握られているものを見て、慌てて対応し始めていた。
『某は、名をトーマスと申す!またの名を……』
『ソレガシ?』
『ソレガシ?』
『ソレガシは何頼みたかったの?』
『ソレガシもミルク飲むか?』
『ソレガシも変な管抜くか?あ、折角抜いたのに……!』
多分トーマスと言う名のベビーのあだ名はあっさりソレガシになった。
ん?トーマスという名前と言うことは……。
俺は、目の前を通り過ぎる保育器の中を見た。
保育器の中には明らかに日本人ではなさそうな風貌のベビーがいた。
限りなく日本語のチョイスが渋いが、梛子が言っていた外人はこの子で間違いないだろう。
『ちょっと、笹岡!話が違うじゃない!』
保育器が通り過ぎると同時に梛子が暴れはじめた。
『全っっっ然イケメンじゃないじゃない!どういうことよ!』
いや、それを俺に言われても……。
その時、NICUのインターホンが鳴った。
「セッシャ、my sonのトーマス君のパパさんでゴザル!」
朝の外人さん!
『オチチウエの声だ!』
言われてみると、ソレガシ、じゃなくてトーマスは何となく、朝の外人さんに似ている気がする。
それに、日本語のチョイスが何となくおかしいところも……。
NICUの扉が開いて、やはり朝の外人さんが入ってきた。
「オヤ!アナタハ!キョウのアサのヒメギミのオチチウエ!」
俺の手を握った外人さんを見て、梛子が『笹岡の裏切り者!』と怒った。
『笹岡、今日の外人のパパがイケメンじゃないって知ってたなら、教えておいてくれたっていいじゃない!』
いや、俺は、この外人さんを病院まで送り届けたが、まさか、今日の入院のベビーだとは思っていなかっただけで……。
そんな中、再びNICUのインターホンが鳴った。
「加賀美です」
『あ!ママの声だ!』
やってきたのは梛子の母親だった。
『ママ!ママ!ねえ聞いてよ!新入りはイケメンじゃないし、今日の担当笹岡だし、散々なの!ひどいと思わない?ママ!大好き!ママ!ママ!』
母親の登場に梛子のテンションが跳ね上がった。
そういえば、梛子は、イケメンよりもママのほうが大好きだったな。
『ママーーーーー!!!超大好きーーーーー!!!!』
それにしても、ソレガシがイケメンじゃなかったショックから、梛子の母親が来た喜びのギャップで、テンションがめちゃくちゃ跳ね上がっている。
テンションが跳ね上がっているからか、梛子は母親を見ながらバタバタと手足を動かしている。
「あら!纐纈先生、採血ですか?お手伝いしましょうか?」
そんな中、冴木主任の金切り声が響いた。
『ちょっと!せっかくママに会えて楽しい気分になったのに、サエキのおばちゃんの声で台無しじゃない!』
冴木主任の金切り声に反応して、梛子がさらに手足をばたつかせ始めた。
『ママ!ママ!私、もっと、ママを感じたいわ!ママ!大好きよーーーーーー!』
母親への愛もヒートアップしている。
『ママ!ママ!大好き!ママ!あ?あれ?あれれれれ?』
その時、急に、梛子の『発言』がおかしくなり始めた。
よく見ると、心なしか、手足の動かし方が、先ほどまでの元気いっぱいに動かしている感じとは違って、ビクビク痙攣しているような気もする。
『キサマ!何をする!ものどもー!クセモノじゃーーーーー!』
ソレガシこと……トーマスが、叫んだ『声』と泣き声に振り返ると、纐纈が今まさにソレガシの採血をしているところだった。
今日も今日とて手が震えている。
『あれ?あれ?アレレ?何?なに?ナニ?』
それよりも、梛子の様子がおかしいままだ。
今日は奇跡的に一回で採血できたらしい纐纈に、俺は話しかけた。
「纐纈先生、ちょっと、梛子の様子がおかしいんです」
俺がNICUに来たばかりの頃は纐纈にベビーの様子を見てほしいと頼んでも無視されそうになったりもしたが、最近では、一応モニターを見て、必要そうなら検査もする。
モニターを見た纐纈は首をかしげながら、「念のため、採血するか」と、呟いた。
採血だと……!?
だが、いつもなら小さいながらに大暴れする梛子は、今日は採血をされても、様子がおかしいままだった。
「これ、測ってきて」と、纐纈から手渡された毛細管をもって、俺は、検査装置に走った。
1分も待つと、結果用紙が出力されてくるが、俺には、結果の見方はわからないので、紙を取るとダッシュで纐纈の元に戻った。
結果用紙を見た纐纈は、今度は俺に、「エコーの準備を!」と言った。
訳が分からないまま、俺は、今度はエコーの機械を持って梛子のベッドサイドに向かった。
『あれ?あれれ?ナニ?何?何ナニ?』
「これ、いりますよね」
緊急事態を察したらしい堀江がエコーカバーを俺に手渡した。
「助かる」と言って、それを受け取った時、「纐纈先生、何かお手伝いしましょうかぁ?」と、金切り声が聞こえた。
冴木主任だ。
たぶんこの緊急事態で一番使えない人ナンバーワンの冴木主任だ。
纐纈は、冴木主任の発言を聞かなかったことにした様子で、エコーカバーを付けたエコーのプローブを手にすると、梛子の頭にエコーのプローブを当てた。
纐纈は、プローブの角度や位置を変えながら、画面を見続けた後、突然のことに呆然としていた梛子の母親に告げた。
「お母さん、梛子さんは、これから緊急で処置が必要になりますので、本日の面会は終了とさせてください」
梛子の様子が落ち着いたら、詳しく話をすると伝え、纐纈は頭を下げた。
梛子の母親は、言われるままに、NICUを後にした。
いつの間にか、周りには医師が集まってきていて、冴木主任は、事務仕事が残っているからと井澤看護師長に回収されていた。
何とかその日の仕事が終わって、帰路に着くと『あら、久しぶりね』と、ベビーに『声』をかけられた。
そこにいたのは、紫音だった。
『今日は大変だったみたいね。大丈夫よ、これからも波乱万丈よ』
波乱万丈は、決して大丈夫ではないと思うのだが。
『あ、ちなみに、ラッキーアイテムはマフラーよ』と、言い残し、紫音の『声』は遠ざかった。
『灯里様のラッキーアイテムは新品のマフラーよって、もういないわね』と、笹岡の去り行く背中に紫音が『話し』かけていたことに笹岡は気づいていなかった。
ドンマイ、笹岡。
久しぶりの投稿で、まとまりもなくて申し訳ありません。
~いときりばさみの役立つかどうか不明瞭な解説~
・毛細管…少量の血液で検査ができるすぐれもの。
・エコー…超音波診断装置のこと。
・プローブ…超音波診断装置の患者さんに当てる持ち手のこと。超音波を出したり拾ったりしているらしい。
・エコーカバー…正しくはプローブカバーかもしれません。超音波のプローブを覆うことで、清潔な状態で患者さんに検査を行うことができる優れもの。