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占い師の娘

 ちなみに、何となく想像が付いているかもしれませんが、未来ちゃんは、翠先生の「み」と、明の「ら」を取って、テキトーにつなげて命名したそうです。

「ママ、行ってらっしゃい!」

 始発に乗っていくという翠先生に灯里が手を振った。

「本当は灯里を保育園に送ってから行きたかったけど、ごめんね!」

「いいよ、三ダメトリオに任せちゃダメだもん!」

 状況を把握してわがまま言わずに我慢できる灯里は本当にお利口だと俺も翠先生も感じていた。

「未来ちゃんも行ってらっしゃい!」と、灯里が言った。

『灯里おねえちゃん、私がママのことちゃんと助けるから大丈夫だよ!』と、灯里に未来が言った。

 未来はいつもママを助けるんだと張り切っている。

 その『声』は灯里には届いていないが、灯里は笑顔で手を振り続けていた。


 それから一時間半後、俺は灯里と手を繋いで家を出た。

 保育園までは灯里の足で歩いても10分くらいの距離だ。

 保育園までの道のりの途中で雅之のアパートの前を通ると、大抵、雅之の奥さんの有希ちゃんが灯里に手を振ってくれる。

 保育園の先生も優しくて、途中で、有希ちゃんにも会えるこの保育園が灯里は気に入ったようで、毎日楽しく通園してくれる。

 通園し始めて一週間した今となっては、保育園の先生を見かけると、すぐに走って行ってしまうので、父親としては寂しいのだが、これも灯里の成長だとぐっとこらえている。


 灯里を無事に保育園まで送り届けた俺は、職場へと出勤する。

 三年ぶりだったとはいえ、病院まで道のりは大して変わらない。

 職員証で扉を開けることにももう慣れた。

 だが、未だになれないものがある。

『ああ!笹岡!今日も左手が神々しいわ!』

 NICUに入った瞬間に、謎の歓迎を受けるこの状態がなかなか慣れないのだ。

 いや、歓迎自体は今までの俺の待遇からしたら大変ありがたいものなのだが、何故かいつも左手だけちやほやされる。

 この謎の歓迎をするベビーは西園寺紫音さいおんじしおんという。

 復職初日に、扉の開け方を教えてくれた恩人でもある。

 それでもやはり、左手だけ歓迎される現状は理解に苦しむものだ。

『さあ、その左手で私を抱っこして頂戴!さあ!』

「今日は紫音の担当じゃないな」と、確認するようにさらりと言うと『はぁ?ふざけんなハゲ』と、急に塩対応されるのも、何だかへこむのでやめてほしい。

 それに、俺はハゲていない。


『今日のしーちゃんの担当はクロちゃん様みたいだよ』

 紫音の隣のベッドのたくみが言った。

 ちなみに、しーちゃんというのは、紫音の愛称だ。

『まあ、それなら許せるわね』

 紫音は俺を責めるのをやめた。

 先日、俺が抱っこしなかったうえに、担当が冴木さんだったときは、何だか『声』がすごく禍々しかったし、帰りに『呪ってやる』と言われたら、本当に、帰りに散々な目にあった。

 シフトを組んだのは俺じゃないのに!


 俺は自分の左手を見た。

 何の変哲もない左手だが、紫音によれば、俺の左手だけ神々しいオーラを放っているそうだ。

 俺の利き手は右だし、左手はどう特別だというのだろう?

 俺は首をひねった。

 うーん、左手、左手……。

「灯里と手を繋いだくらいしか……」

『それよ!』と、紫音がかっと目を見開いた。

『この、神々しいオーラは、そうなのね、灯里様なのね!』

 どうやら、灯里と手を繋いでいたことで、俺の左手に灯里の神々しいオーラが残っていたらしい。

 よくわからないが、紫音の話では、灯里はものすごく神々しいオーラを持っているそうだ。

『それじゃあ、笹岡、あなた……』

 紫音が驚いたように俺を見た。

 ま、まさか、俺も神々しいオーラが出ているのだろうか?

『あなた、全くオーラ、ないわね』

 そっちか!

『きれいさっぱり、無色透明ね』

 だからこそ、灯里のオーラが映えるのかと、紫音は一人で納得していたが、俺は、期待していただけに、何だか微妙な心持ちだった。


 三年もあると、NICUのルールにも変更があるらしく、面会時間を看護師がいる時間帯であれば、厳しく制限せずに母親に来てもらっているようだ。

 朝の仕事がひと段落したころに、インターホンが鳴った。

「西園寺です」

 やってきたのは、紫音の母のようだ。

 そういえば、ここ一週間慣らし保育とかで、フルタイムいなかったから、紫音の母親を見るのは初めてだ。

 そう思って、入り口のほうを見ると、何だか見覚えのある黒づくめの女性が入ってきた。

 あ、灯里と翠先生を迎えに行ったときに、破水した人だ。

 魔女みたいなその風貌の女性に既に慣れているらしく、黒川は全く動じることなく「おはようございます」と挨拶した。

「おはようございます」と落ち着いた声色で返事した西園寺さんは、不意に、背後にいる俺に気づいた。

「あら、あなた……」

 やっぱり俺の左手は神々しいとかいうのか?

「初めて見る看護師さんね」

 あ、違った。

「西園寺紫音の母親の麗華れいかです。占い師をしております。どうぞよろしく」

 西園寺さんはそういうと、俺と握手した。

『ママ!素晴らしいわ!そのまま私を抱っこして頂戴!』

 紫音は大興奮だが、母親は、そんな紫音の様子を見て「あら、オムツかしら」と、おむつを触り始めた。

『ママ、違う!あー、灯里様の神々しいオーラが……オーラが……』

 紫音がうなだれる中、黒川が西園寺さんに興味津々ににじり寄った。

「西園寺さん、産科病棟の友達から、すごく占いが当たるって聞いたんですけど……」

「そうね、この子を宿しているあたりがなんだかすごくオーラとか色々見えて、ビシバシ占いも当たって絶好調だったんだけど、産後疲れなのか、最近はいまいちなのよね」

 そう言って、考え込んでいる西園寺さんの向こう側で紫音が『だって、私がママを通じて占っていただけだもの。ママ一人の力では無理よ』と冷静に呟いた。

 紫音は何者なんだろと俺はひそかに思った。


 その日の仕事終わりに、紫音が『そうだわ、笹岡』と俺を呼び止めた。

『あなたは、必ず灯里様よりも道路側を歩きなさい』

 紳士たるもの当然よね、と紫音は言った。

 よくわからないが、いつも、灯里に危険が及ばないように俺はちゃんと道路側を歩いている。

 その日も、もちろん灯里と手を繋いで道路側を歩いていた。

 俺たちの隣を大きなトラックが通り過ぎていった。

 その時、水たまりの泥がはねて、俺にだけ飛んだ。

 まさか、紫音はこれを予期していたのだろうか?

 本当に、紫音は何者なんだろうと、俺は泥だらけになりながら考えていた。

 何だかスピリチュアル的な方向に思いっきり振り切ってしまって、読者様が付いてこられるかどきがむねむねしております。

 半分くらい紫音様に引っ張ってってもらう予定でおりますので、スピリチュアル的な雰囲気が肌に合わない方はご無理なさらないでください。


※いときりばさみの微妙な解説※

・有希ちゃん…主人公の弟雅之の奥さん。2と3の間にいつの間にか現れて結婚していました。

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