君の名は
こっそり書き直しましたが、以前の話のままスルーされても大丈夫なようになっているはずです。
頭が痛い。
それに、気持ち悪い……。
こ、これは、体調不良だろうか?
まさか、また、紫音の制裁とかだろうか?
俺は灯里に何かやらかしたのだろうか?
そういえば、灯里の声もしない。
「明君、調子、どう?」
どうやら翠先生にまで見限られたわけではないらしく、寝室に、翠先生が入ってきた。
「あ、翠先生、入ってこないほうがいいです。俺、頭痛と吐き気が……」
すると、翠先生はクスクスと笑いながらそのまま俺のところに近づくと、ペットボトルを手渡した。
「明君、それはただの二日酔いだから大丈夫」
そう言われて、俺は、昨晩が納涼会だったことを思い出した。
灯里を雅之の家に預けて、黒川に電話で怒られて慌てて会場にダッシュして、すきっ腹にビールを飲んだだけでなく、牧野先生が翠先生に頼んだお酒を片っ端から飲んだんだった。
それで……。
途中からの記憶がない。
「明君、途中で酔いつぶれて寝ちゃったから、家まで高林君が送ってくれたんだよ」
翠先生に散々酒を勧めた牧野先生は、日比らしき服装の女性を連れていそいそと去ってしまい、牧野先生の上司の纐纈に至っては、気づいたときにはいなかったらしい。
そこで、数少ない男手の中で、俺と一緒に働いていて面識のある高林君に白羽の矢が立ったそうだ。
高林君に、週明けにお礼を言おうと俺は心に誓った。
翠先生は「それ飲んで、休んでていいよ、今日は土曜日だし」と、言い残すと、部屋から出ていった。
翠先生から手渡された飲み物は、スポーツドリンクだった。
確かに、気持ち悪くて何も食べられなさそうだし、今の俺にはちょうど良い。
翠先生からもらったスポーツドリンクを飲みながら再び眠っていると、インターホンの音がした。
「明おじさん、大丈夫ですか?」と、荘太が心配そうに言いながら『二日酔いか、情けないな』と、相変わらず『声』では辛辣だ。
「パパ、大丈夫?」と、心から心配してくれる灯里を見習ってほしいものだ。
「ゆっくり休んでいてください」と、表面上では心配しながら荘太は灯里を伴って去って行った。
それからしばらくして、「明おじさん、お粥持ってきましたよ」と、再び荘太が現れた。
荘太がいなかったら、確実に俺は、スポーツドリンクしか与えられなかったことはわかっているのだが、何だかそのどや顔が癪に障る!
「今日のお昼ご飯は灯里もお手伝いしたんだよ!」
荘太の後ろから愛娘の灯里が出てきた!
「そうかぁ、それは楽しみだな!」と、張り切る俺に『笹岡のお粥は俺一人で作ったぞ』と、灯里に聞こえないように『声』で言い切る荘太には苛立ちしか沸かない。
「あのね、パパのおかゆはお手伝いしてないけど、早く元気になあれっておまじないかけたよ!」
「そうかあ、じゃあ、これ食べたらパパ、元気になっちゃうなぁ!」
灯里の気持ちが嬉しくて、思わず慌ててお粥を頬張り、あまりの熱さに涙した。
「明おじさん、まだ熱いですよって言う前に食べるから……」
「パパ、ちゃんとふーふーして食べなきゃダメだよ!」
そしてもれなく、荘太と灯里から注意された。
二人の年齢を足した二倍以上生きているのに!
だが、最初の一口こそやらかしたが、お粥を頬張っているうちに何だか元気が出てきた。
「明おじさん、灯里ちゃんのおまじないのおかげで元気が出てきたんじゃないですか?」
『はいと言え、今すぐ!』
赤ちゃんの頃の灯里がこういうのを飴と鞭って言ってたけど、絶対違うよなぁと、遠い目をしていると、荘太が笑顔で俺に『はいと言え』と圧をかけてきた。
「はい、すごく元気になりました!」
俺が反射的に言うと、「じゃあ、翠先生が、これから家族会議をすると言っていたので、リビングに集合してくださいね!」
そのために元気になったと言わせたのか?と、考えているうちに、荘太も灯里もリビングのほうへと歩いて行った。
俺が食べたお粥の鍋を残して……。
俺、二日酔いなのに……。
そんな俺に、『笹岡、元気になったなら、自分の食べた食器くらい片付けられるだろう?』と、追い打ちをかけるように荘太が『言った』。
よろよろとお粥が載ったお盆をもって自室から出ると、翠先生が、「洗い物はしておくから、リビングで座ってていいよ!」と俺からお盆を取り上げようとした。
だが俺は知っている。
翠先生の家事は壊滅的であることを。
このお盆を預けようものなら、洗い方が中途半端な状態で仕舞われるに決まっている。
「だいぶ良くなったので、大丈夫です」と、俺はお盆を死守して、キッチンへと向かった。
洗い物をしながら、ふと、顔を上げると、翠先生と、灯里が神妙な面持ちでリビングのソファに腰掛けていた。
まあ、家族会議をするというのだから、それはわかる。
だが、当然のように灯里の隣に荘太が居座っているのが俺としては解せない。
「家族会議なのに、荘太も入るのか?」
急いで洗い物を終えた俺は、ソファに腰掛けながら言った。
「今日預かるように頼まれてるし、荘ちゃんもおおむね家族じゃない!」
「荘ちゃんを仲間はずれにしちゃダメ!」
「……はい」
我が家は完全に女性のほうが強いと思う。
『パパ……』
まだ小さな『声』で、そう嘆くわが子も男の子なので、この先が思いやられて仕方がない。
「それでね、今回の議題は、ズバリ、ママのお腹の子の名前についてなの!」
それを聞いた灯里は、目を丸くした。
「未来ちゃんは、お星さまになったんじゃないの?」
「そうなんだけどね、未来ちゃんとは別の子が、ママのお腹の中に来てくれたのよ」と、言いながら、まだ膨らんでいないお腹をさすると、「今度は男の子みたい」と、付け加えた。
「パパの名前の「あきら」の「あ」と、ママの名前の「みどり」の「り」を取っていい感じにして「あかり」にしたんだよね!」
灯里が言うと、翠先生が、「それで、パパの「あきら」の「ら」と、ママの「みどり」の「み」を取っていい感じにして、「みらい」になったのよ」と、言うと、重い溜息を吐いた。
翠先生の心の中には、まだ、未来への罪悪感みたいなのが根付いているのかもしれない。
「残された文字が「あきら」の「き」と、「みどり」の「ど」なのよ」
そう言った翠先生が再び重い溜息をついたのを見ながら、あのため息は、未来への罪悪感とかそう言うのじゃなさそうだなと俺は悟った。
「考えてみたんだけどね、「き」と「ど」じゃ、浮かばないのよ!」
翠先生はそう言いながら頭を抱えた。
灯里の時も、未来の時も、翠先生がさらっと決めていたので、家族会議にならなかったのだが、今回だけ家族会議になったのは、そう言うことだったのか。
「うーん、「き」と「ど」かぁ……」
灯里も思い悩んでいる。
「なあ、別に、男の子で「みらい」でもおかしくはないから、未来じゃダメなのか?」
「「ダメ!」」
俺の発案は、翠先生と灯里の猛反対を食らった。
「未来は未来の名前だもの!」
「未来ちゃんはお星さまになった未来ちゃんなんだもの!」
『僕も、違うのが良い……』
くそう、わが息子まで……!
「うーん、き……ど……、ど……き……」
「あの、別に、「き」と「ど」にこだわらなくても……」
翠先生は神妙な顔をして、俯いた。
俺、余計なこと言ったかな……?
翠先生は、顔を上げると、俺の向こう側を見ながら、言った。
「ま、いっか、きよしで!」
「へっ?「ど」は?」
そう言いながら、翠先生の視線を追うと、ちょうど、テレビCMで、「きよし」という名前のお笑い芸人が出演していた。
「いいと思う!きよし!」
灯里!今の、CM見てたか?ママは絶対適当に言ったぞ!
『きよし!きよし!』
息子までそんなことを言っているが、今、翠先生、ま、いっかって言ったぞ!めっちゃ適当だぞ!
あれ、きっと、考えるのめんどくさくなっただけだぞ!
ふと、部屋を見渡した時、荘太と目が合った。
荘太の方角からなら振り返らなくても、翠先生の視線の先はわかっていたはずだ。
笹岡家初の男児が、こんな適当なネーミングで良いのか?
荘太が何か言えば、何かが変わるかもしれない。
だが、俺と目があった荘太は、目を閉じて静かに首を振った。
そんなこんなで、息子の名前はきよしに決まった。
家族会議までしたのに、荘太に至っては『声』すら一言も発しないまま、翠先生の一存で決まった。
きよしの命名だけで一話終わった……。
笹岡家のパワーバランスはだいたいこんな感じです。
既に想像がついているとは思いますが。