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運命の納涼会

 インターホンの音がした。

 看護師たちがそわそわし始める。

 この時間は、きっとあの人が来るのだ。

「坂下です」

 インターホン越しに、愛斗の母親が言い、扉が開かれた。

 廊下が騒がしいと思ったら、どうやら、今日は愛斗の父親も一緒のようだ。


 愛斗の母親は、見目麗しいだけでなく、誰に対しても明るく気さくで、看護師の名前もよく覚えている。

 そして、愛斗の父親も、奥さんに負けず劣らず、見目麗しく、人当たりも良いので、二人揃ってくると、看護師たちがにわかに騒がしくなるのだ。


「あの、先日はありがとうございました!」

 だが、その記憶力のいいはずの愛斗の母親は、俺ではなく、高林君に頭を下げた。

「あの時に、言ってもらった言葉のおかげで、元気が出ました!」

 高林君は、一瞬首を傾げた後「そうですか、よかったです」と言って去って行った。

「あの時、泣いててよく見えなかったんだけど、男の看護師さんって、高林さんくらいしかいないから、きっと高林さんが言ってくれたんだと思う」と、坂下さんは旦那さんに自信ありげに話している。

 あの、たぶん、それ、俺……。

『笹岡、諦めなさい。あなたはオーラがなさ過ぎて存在すら気づかれていないわ』

 うなだれる俺にとどめを刺すように紫音が言った。

『今日は、パパもママもいる感じがする!』

「愛斗!なんか大きくなったか!今日はパパもいるぞ!」

 愛斗の父親も、できる限り時間を作ってくれてここにきているので、よっぽど子煩悩なのだろう。

 だが、父親に許された時間はわずかだったようで、少し愛斗に触れて愛でた後、「やばい!もう行かなきゃ!」と去って行った。

「パパは、今、大きな案件を抱えてるから忙しいみたい」と、愛斗の母親がさりげなく言っていた。

『その案件は大成功するわよ。愛斗を迎え入れる準備が格段に進むわ』

 紫音が俺の腕の中でキリっとして『言った』が、もちろん、愛斗の母親には通じるはずがない。

 だが、それを聞いた愛斗が『ママ、大丈夫だって!パパ、すごいね!』と、母親の指をつかんだ。

「愛斗も応援してくれるんだね。パパ、頑張ってくれるといいね」

 笑顔で話している愛斗の母親に、近づいた人物に、紫音が『声』で舌打ちした。

 紫音の隣のベッドのベビーの担当の堀江が、口惜しそうにブリザードを出していた。

「坂下さん、愛斗君の調子、今のところ、良さそうですよ」

「あ、牧野先生、こんにちは!愛斗!牧野先生きたよ!」

『あ!紫音ちゃんがオーラが汚いって言ってたマキノだ!』

 紫音よ、純粋無垢な愛斗に余計なことを教えないでくれ。

「愛斗君の病状や、ケア方法について、お話したいことがありまして」

「はい!何でしょうか?」

「えっと、その、ここじゃなくて、場所を改めてお話ししたいのですが」

「何でここで聞いちゃダメなんですか?」

 愛斗の母親に尋ねられて一瞬言葉に詰まった牧野先生は、「我々、守秘義務がありますので、あまり、他の患者さんのご家族に聞こえるようにお話しするのは気が引けますので……」と言った。

 え?俺とか結構ケアの話とか平気でほかの患者さんの家族とかいても話しちゃったんだけど、大丈夫だろうか?

『あの者の言葉に惑わされる必要はないわ、笹岡、あなたは今まで通りで大丈夫』

 あたふたした俺は、何故か紫音に励まされた。

 少し悩んでいた愛斗の母親は、「じゃあ、旦那さんに相談してみます」と笑顔で言った。

 そう言われて振り返った牧野先生はなぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「笹岡さん!」

 帰り支度を整えていた俺は、後輩看護師の高林君に話しかけられた。

 もしかして、俺の代わりにお礼を言われたことに気づいたのだろうか?

「今日の納涼会のお店の地図、渡しておきますね。娘さんを弟さんの家に預けてから集合ですもんね」

「あれ?弟の家に預けるって言ってたっけ?そうなんだよ……」

 そう言いだした俺の目から涙が溢れ始めた。

「灯里と一緒に晩御飯食べたかった……」

 めそめそと泣き出した俺は、黒川に鉄拳制裁されて、泣く泣く灯里のお迎えに行った。


「灯里ー!パパも一緒にお泊りするー!」

「兄貴の分の布団ないから無理だって」

 灯里との別れ際に押問答をしていると、俺の携帯が鳴った。

 翠先生からの着信だった。

「笹岡さん!当日キャンセルはキャンセル料がかかるので、絶対来てくださいね」

 翠先生からの電話だと思ったその電話は、黒川からの脅迫電話だった。


「灯里と晩御飯食べたかった!」

「はいはい、明君、落ち着いて、明君の分もビール頼んどいたよ」

 翠先生は俺にそう言うと、牧野先生との間を空けて、俺に座らせた。

 会場までダッシュした俺は、足がよろめいて翠先生のところに倒れこんだ。

「明君、大丈夫?」

 そう言いながら、翠先生が俺の頭を優しくなでた。

 俺が倒れた先は翠先生の膝の上だった。

「ラブラブですね」と、牧野先生に言われながら、起き上がろうとしたその時……。

『お?』

 な、なんか、翠先生のお腹の中から『声』が聞こえる!

 と、思ったその時、俺たちのもとにビールが届いた。

「あ、あの、ひとつ、ウーロン茶と変えてください」

 身を起こしながら俺が言うと、俺の存在に気づいていなかったらしい店員さんが「ひっ!」と言いながらビールを持って去って行った。

「そっか、明君、走ってきたばかりだから、いきなり飲んだら回っちゃうよね」と言った翠先生の手から俺はジョッキをひったくった。

「ちょ、明君……?」

 驚いた顔でこちらを見た翠先生に俺は耳打ちした。

「翠先生のお腹の中から『声』が聞こえました」

 翠先生は、その言葉にうなずくと、おとなしくウーロン茶を受け取った。


 会が始まってしばらくすると、俺の隣にいたはずの牧野先生はどこかに移動していた。

「あちゃー、あれは危険な感じがするなぁ」

 翠先生がウーロン茶を飲みながら向かいのテーブルを見ていった。

 顔を上げると、牧野先生が、日比にお酒を勧めていた。

「日比ちゃん、冴木さんと服装がかぶったとか言われて明君が来る前にめっちゃ冴木さんに絡まれてたから、半分くらいやけ酒かもしれないけど、あの飲み方は危険だわ。牧野先生止める気配ないし」

 俺が立ち上がろうとしたとき、纐纈が、牧野先生に話しかけていた。

 纐纈の周りの女子たちも一緒になって牧野先生と話し始め、牧野先生がそちらに気が向いたところで、黒川と堀江が日比を、自分達の席に連れて行った。

 そこらへんからの記憶がない。

 なぜなら、走ってすぐに、のどが渇いた勢いそのままにジョッキを開けた俺は、すっかり酔いつぶれてしまったからだ。

 この日、俺たちの長男の存在が発覚したことが嬉しくて飲みすぎたこともあったかもしれない。

 俺と翠先生にとってのビッグニュースがあったこの日に、他の人たちにも重大な事件が起きていたことなど、この時の俺に走る由もなかった。

 思いっきり納涼会していますが、コロナ禍前と認識していただければ幸いです。

 もしくは、限りなく日本っぽい異世界だと認識していただけたらと存じます。

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