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新たな出会い

 とうとう始めてしまいました。

 まだ、構想がまとまり切っていない部分がたくさんあるので、またしてもカタツムリもびっくりペースになりそうですが、そっと見守っていただけますと幸いです。

 俺がNICUの扉の前で立ちすくんでいたのには訳があった。

 別に、過去のトラウマとかそういうのは今となっては薄れている。

 三年間の育休期間を経て、戻ってきたら、今までそこにあった扉を開けるフットスイッチが、なくなっている。

 代わりに、数字の書かれたボタンがあるのだが、暗証番号なんて聞いていない。

 インターホンを押せば、中に入れることはわかっているが、なんとなく悪目立ちしてしまう。

 しかも、NICUの裏事情を知る俺としては、ベビーたちをやみくもに期待させるような行動は慎みたいところで、だが、いかんせん、この扉が開かないわけで……。


『愚かなるものよ、職員証を使うのです』


 天の導きのような『声』が聞こえた。


「……職員証?」と、俺が呟くと、『職員証を、そこへかざすのです』と、『声』が返事をした。

 俺は、扉に職員証をかざした。

 びくともしない。


『……愚かなるものよ、そこではなく、扉の脇のところにかざすのです』

 呆れたように『声』が言うと、俺は、はっと気づいて、数字のボタンのところに職員証をかざした。

 ピッと音が鳴ると、やっとNICUの扉が開いた。


『しーちゃん、オロカナルモノきたよ!』

『オロカナルモノだ!』

『オロカモノ!』

『オーカモンベイベー!』

『呼んだ?』

『呼んでない!』

『だって、ベイベーって言ったじゃん!』

『言ったけど言ってない』


 この騒がしさ、懐かしいな。

 俺は、三年の育休期間を経て、また、NICUに戻ってきたんだ。

笹岡ささおかさん、入り口で突っ立っていられると邪魔です」

 感動してる間もなく、俺は黒川くろかわに足蹴にされた。

「おい、黒川、俺がNICUに戻ってきた感動に浸る時間くらいくれたって……」

 そう言った俺は、再度黒川から足蹴にされた。

「あ、私、去年から主任なので、黒川主任って呼んでください」

 休んでる間に、黒川が出世してた!

「はい、黒川……主任……」

 俺がそう言うと、黒川がどや顔で俺を見た後、ロッカールームに消えていった。

 何かわからないが、俺はすごく敗北感を味わった。

『クロちゃん様だ!』

『クロちゃん様だ!』

 ベビーたちの黒川の扱いも俺より数段上のようだった。


 三年も現場を離れていると、見知らぬ顔が何人かいる。

 何だか、男性看護師もいる!

 だが、井澤いざわ看護師長をはじめ、黒川……主任や、日比ひびなど知っているメンバーも健在だった。

 黒川が主任になったし、冴木さえき主任がいないってことは、冴木主任は異動に……。

「おはようございますー」

『サエキのおばちゃんだ!』

『チックンいやだ!』

『誰か助けて!』

 ……なっていませんでした。

 部屋に入ってきた瞬間ベビーを泣かせるその手腕まで健在のようだ。

「冴木主任、赤ちゃんが泣いちゃうので、音量控えめでお願いします!」

 男性看護師がさわやかに言うと、「そうだったわね、ごめんなさい!」と、冴木主任は声を潜めて言った。

 何年か前に俺が言ったときは激ギレだったのに!

 顔か?顔なのか?確かに、新しく入った男性看護師は俺よりはだいぶイケメンのほうだが、やっぱり顔なのか?


 イケメン男性看護師の高林たかばやし君が、男性職員が増えてうれしいと、改装されたNICUとGCUと、職員を案内してくれた。

 どうやら、主任が増えたのは、病床数が増えたために、NICUの主任を黒川、GCUの主任を冴木さんと分けたようだ。

 実質のところは、現場を指揮するのが黒川で、冴木さんは、事務作業をしてもらっているらしい。

 まあ、確かに、あまり冴木さんは現場に出さないほうが平和だ。

「それでも、纐纈こうけつ先生が来ると、出しゃばってきちゃって、ベビーたちの混乱を招くので、そういう時は、僕が、冴木主任をなだめてます」

 今度からは、笹岡さんもいるから、頼もしいです!と、高林君は微笑んだが、大変申し訳ないが、俺では全く役に立ちそうもない。

「笹岡さんはダメよ、冴木さんに男扱いされてないから」

 通りすがりに黒川が、ズバッと言っていった。

 この職場には、癒し系のゴッドハンドがいたはずなのだが……。

 そう思って周囲を見渡すと、日比の姿があった。

凜華りんか先輩、こういう時って……」

 日比に挨拶しようと思ったが、後輩看護師がまとわりついて離れない。

「えっと、日比さんは、ご存じなんでしたっけ?」と、高林君に言われて、俺はうなずいた。

「一緒にいるのが今年二年目の堀江柚葉ほりえゆずはです。だいたい日比さんにくっついてます」

 日比たちに挨拶しに行くと、堀江は、先ほどまでの温かい空気が一気に冷え切って、冷めた目で俺を見た。

 急に俺に向けられたブリザードに驚いていると、冷めた目のままで堀江は言った。

「日比先輩、この冴えない人が、翠先生の旦那さんなんですか?」

「冴えないと思うかどうかは人それぞれだと思うけど、笹岡さんは、翠先生の旦那さんです」

 日比が俺にさりげなくフォローしながら返答すると「うわー、期待外れ!」と堀江は毒づいた。

「堀江ちゃんは、イケメンと、女子しか人間扱いしないですから」と、黒川がやってきて言った。

「うそ!人間扱いされないの俺だけ?」と、俺が頭を抱えると、「大丈夫です、あと何人か、人間扱いされていない人がいますから」と、黒川は、ま、堀江ちゃんわかりやすいから見てたらわかりますよ、と去っていった。

「日比さーん、まだ朝の仕事終わってないのかしら?」

「日比先輩はできる人なので、とっくに終わってますけど、何か?」

 不意に話しかけてきた冴木主任に、堀江から俺に発したものの比ではないくらいの強大なブリザードが出ている気がした。

 冴木主任もこっち側なのか……。

 俺は、仲間がいた嬉しさよりも、冴木主任と同格にされた悔しさのほうが勝っていた。


 一日を終えて、灯里を迎えに行って俺は帰宅した。

 職場復帰にあたって書類などを提出しなければならず、ちょっと遅くなってしまったのだが、家に帰ると、まだ、翠先生は帰宅していなかった。

 翠先生が、帰宅したのは、灯里あかりを寝かしつけた数時間後、もうすぐ日付が変わろうとしている時間だった。

「はぁぁぁぁぁ」

 開口一番、盛大なため息が翠先生の口から漏れ出た。

「大変だったんですか?」

「それがさぁ、できる先生が二人異動になって、さらに一人、海外留学しちゃって、蓋を開けたら、三ダメトリオと私と、新人の先生ばっかりなんだよ!ありえなくない?」

 今日は、三ダメトリオが変なことを教えないうちに、翠先生が新人指導をしていたため、遅くなったようだ。

 ちなみに、三ダメトリオとは、俺が育休を取るきっかけとなった俺よりもダメダメな三人の産婦人科医のことだ。

 もう四年目になるはずなのだが、翠先生の疲労困憊具合を見ると、三ダメトリオは全く成長していないらしい。

「もう歩けない……」と、翠先生が玄関に倒れこんだので、俺は、翠先生を抱きかかえようとした。

『んー……なに?』

 え?

『ん?』

「み、翠先生!」

「へ?どうしたの?」

「な、何か、『声』が聞こえるんですけど!」

「う、嘘、今?」

 この、忙しいタイミングでかぁ、と、翠先生は頭を抱えた。

 これが、俺たち夫婦と、次女、未来みらいの出会いだった。

 精神統一してから書くと言っていたのに、ノリで書いてしまいました。

 忘れたころくらいに、後悔するかもしれませんが、その時はその時です。


※いときりばさみの3から読み始めた人のための用語解説(順不同)※


・NICU…新生児集中治療室を英語にして省略したもの。病気の赤ちゃんとかが入院する場所。

・GCU…NICUより軽症の赤ちゃんが入院する病棟。何の省略かは気になる人は調べてみよう!

・愚かなるもの…主人公笹岡明のことを指している。笹岡明は、一見存在感のない冴えない男ではあるが、こう見えて実は赤ちゃんの想いが『声』として聞こえている。だからと言って、特にツッコミ以外は大したことはしていない。

・翠先生…笹岡翠。笹岡の奥さん。美人産婦人科医。なぜ笹岡が翠先生と結婚できたのかは病院の七不思議のひとつに数えられている。

灯里あかり…笹岡と翠先生の娘

・井澤看護師長…NICUで一番偉い看護師。ベビーたちからは隊長と呼ばれて慕われている。

・黒川…元ヤンキー、入職当初は問題児だったが、井澤看護師長に説教されて何故だか改心。当時のことは黒歴史になっているので、触れてはならない。

・纐纈…イケメン小児新生児医師。大体なんでもそつなくこなすが、注射や採血はいまだに下手くそ。

・冴木主任…香水臭いので、ベビーたちから嫌われている。チャームポイントは興奮したときに出る金切り声かもしれない。

・日比…抱っこしたベビーをたちまち眠らせることのできるゴッドハンドの持ち主。なぜか冴木主任に目の敵にされている。

・三ダメトリオ…笹岡が育休を取ることになったきっかけの三人のダメダメな産婦人科医。もう四年目のはずなのに、態度がでかくなった以外何も変わっていないという。

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