偽物
お父さんが朝早くに仕事に行く音が聞こえた。
ぼくが薄く目を開けると、まだ窓の外は薄暗かった。
目覚まし時計がうるさくて目が覚めた。
隣の部屋のベランダに気配がして目を向けると、そこにはお母さんが立っていた。
いつもの髪型、いつもの水玉のスカート、いつもの笑い皺、いつもの淡いピンクのスリッパ。
今日は天気がいいから、お父さんのワイシャツが揺れて白く光って眩しかった。
お母さんは窓を閉めた向こうから僕に気付き、にこりと笑い手を振った。
ぼくも手を振り返す。
そうだ、学校に行かなくちゃ。
ぼくは慌てて着替え、ランドセルをもって下の階に降りた。
ぼくはランドセルを階段の下に置き、トイレに行って、顔を洗って、歯を磨いた。
台所の扉を開くと、部屋の入り口にはお母さんがいた。
いつもの赤いエプロン。いつものぼさぼさの長い髪。真っ赤な唇。カサカサな指先。汚れた赤いハイヒール。
ぼくはお母さんを避けて台所の流しへ行き、コップに水をすこし入れてそれを飲んだ。
ちゃんと「いただきます」と言って、テーブルの上に置かれたサンドイッチを食べて、牛乳も飲んで、玄関へ向かう。
靴を履いて、外に出て、玄関の扉を閉じる時、お母さんが台所から笑いながら手を振っているのが見えた。
ぼくも手を振り返す。
「行ってきます」
ぼくが学校から帰ると、今日はお父さんがいつもよりかなり早く帰っていた。嬉しかった。
今日の晩御飯はお刺身とミートボールだった。
お父さんはビールを飲みながら、ぼくに学校の事を聞いてくる。
ぼくは体育の授業が楽しかったこと、前の席のケイタが社会の授業でいびきをかいたこと、友達が漫画を持ってきて先生に取り上げられていた事なんかを話した。
ぼくのお父さんはとても優しいので、ぼくはお父さんが大好きだ。
ぼくは、ぼくが四歳の時からお父さんと二人暮らしをしている。
お母さんとはもうずっと会ってない。
なんでお母さんが別の家で暮らすようになったのか。その事を聞いたら、お父さんは「お母さんとはリコンしたんだよ」と教えてくれた。
ぼくはお母さんが嫌いだった。
ぼくを叩いたり蹴ったりするので、とても大嫌いだった。
だから、この家からお母さんが居なくなってくれて本当に嬉しい。
この家にはぼくとお父さんの二人だけだ。