僕が死んだ
爆音で目が覚めた。
まるで老人が大声を出しながら近づいてきたような、バアアアアアアというノイズが耳奥を回る。
余韻が気持ち悪い。イヤな夢を見たもんだ。
枕元にあるはずのスマホを掴もうと伸ばした右手が、
関節を無視してグニュと曲がって地面に落ちた。
僕の体は宇宙からの重力を真っ直ぐに受け取り
今にも押しつぶされそうな圧を感じている。
目の前には僕の住むアパートの天井、ではなく、青い空が広がっている
太陽が白い。夏だ。
あまりの眩しさに目を細めようにも、瞼は乾ききっていて思うように動かない。
仰向けになった僕の背中に、鉄板のような熱が当たる。
ジリジリと焼け焦げるような暑さなのに、不思議と不快ではない。
頭上でガチャ、と自転車のペダルを踏みこむ音が聞こえた。続けて何度も。
「あはは」という笑い声で、おそらく女子高生かなと思った。
突風が吹いて、僕の体はカラカラと舞って横になる。
ここからは僕の住んでるアパートが見える。赤い壁。駐輪場。外階段。
駐輪場の出入り口からよく見る野良猫が出てきた。
普段より何倍も大きく見える。
野良猫の口からは嘴がこちらを覗いている。
嘴からは米粒ほどの舌がドロンと垂れていて、先が黒く汚れている。
その嘴が何か話している。僕に話しかけている。
「た す け て」とか「さ よ な ら」とか、僕は思いつく限りのそれらしい言葉を想像してみたが
嘴の動きを読む事は難しく、「け へ け へ」というような意味のない言葉にしか思えない。
バアアアアアアアアアア、という轟音が遠くから聞こえる。
それが徐々に近づき、大きな黒い影が僕に覆いかぶさる。
線路の上に横たわる僕を一両編成の電車が轢いていくその瞬間、一瞬だけ僕は「ギギギ」と鳴いた。
体液は一瞬で蒸発し、乾いた表皮だけが空に消えた。
痛みはなく、ただ甘い死の訪れ。さようなら。