聖女以外の憂鬱
王城の一角では朝から緊急の会議が開かれていた。議題は、聖女様への対応について。
本来ならば、無事聖女様が召喚されたので、世界の危機への取り組みを頑張ろう、と宣言して終わる会議になる筈だっのだが、聖女として優太が召喚されたことで事情が変わった。
ラルフ宰相は昨夜遅くまでかけてこの会議の資料を作り直していた。『弁舌の騎士』の異名を持つ宰相だが、別に口から出まかせ舌先三寸で相手を丸め込んでいるわけではない。事前のしっかりとしたした準備により説得力のある弁論を行うのである。しかし、聖女召喚の失敗までも考慮していた宰相でさえ、聖女が男という事態は想定外だったのだ。
「ユウタ殿が聖女様としての資格も資質も有していることは疑いようがありません。今後、新たな神託が下る可能性はありますが、今は史上初の男性の聖女様が誕生したという前提で対応の検討をお願いします。」
会議の冒頭で、ラルフ宰相は集まった面々に向かってそう宣言した。男の聖女の是非まで問うていたら絶対に話が進まないからだ。
しかし、会議は紛糾した。ラルフ宰相自身も奇麗な解決案は持っていないのだ。用意した落としどころは、消極的な妥協案に過ぎない。そんなところに無理やり落とすよりは、何か素晴らしい案が出ることにかけて自由に議論したほうが良い。そう考えて、あえて議論の進む方向をコントロールしなかったのだ。
本来、世界の危機へ対処することを考えれば、必要なのはその能力だけである。聖女様が男であろうが女であろうが関係ない。優太は『聖女の衣』と聖獣ユニコーンに認められているのだ、何の問題もない。
だが、周囲の人間への影響となるとそうはいかない。優太が召喚された時の騒ぎを見ても分かるように、聖女様が男性であるというインパクトは強い。下手をするとパニックが起きかねないのだ。
国民や他国への発表をどうするか、悩ましい問題である。
やがて、遅々として進まない会議に脳みそまで煮詰まってきたのか、変なことを言い出す者も現れる。
「いっそのこと、聖女様に女装してもらって、女性で通してもらってはいかがでしょうか。」
優太は既に『聖女の衣』を着て女装しているわけだが、そのことを知っているものはこの場にはいないし、今は関係ない。
「ふむ。」
宰相は少し考える。この場でその案の是非を議論してもよいが、既に会議が煮詰まって碌な意見が出なくなっている。
「そういう事ならば、聖女様にも話を通しておく必要がありますな。どうです、一度皆で聖女様に挨拶に行きませんか。」
優太本人を見てもらうことと、気分転換も兼ねて宰相はそう提案する。そして、聖女様の女装を提案した男、内務大臣ヨハン= フェイバーに向かって言う。
「聖女様には、言い出したあなたがお願いしてくださいね。」
「ユウタ殿、今、よろしいですかな?」
優太が部屋でマッタリあるいはグッタリしていると、ラルフ宰相がやって来た。『聖女の衣』について相談したアルベルト王子は既に戻っていてこの場にはいない。
「この者達は、この国の重鎮でしてな、今後聖女様としての活動を支援したり、ユウタ殿にお願いしたりすることもあると思うので、この場で挨拶させていただきたいのです。」
「は、はあ。」
優太としては、ラルフ宰相に続いてぞろぞろと現れたお偉いさんたちを紹介されてもピンとこない。ましてや、
「すみません。私が間違っておりました。」
いきなり謝られても何のことかさっぱり分からない。
まあ仕方がない。ラルフ宰相の目的は、大臣達に優太を見せることだったのだから。
彼らは見た。
線の太い角ばった顔。
マッチョではないが、力強く広い肩幅。
太く低く渋い声。
漢がにじみ出る仕草。
発案者であるヨハン内務大臣は思った。
(彼を違和感なく女性に仕立てるには十年はかかる!)
故に、彼は即座に謝った。自らの過ちを認めて、素直に謝ることができる。立派な人物であった。
こうして、優太女性化計画は、本人の預かり知らぬところで没になった。
だが、本質的に何も解決していなかった。
会議はその後も続いたが、そう簡単に良い案が出て来る訳もない。
とりあえず国民に対しては、聖女様を召還したことのみを公表し、詳細は時機を見てということになった。実質的に先送りだ。
他国に対しても同様、一部の信頼できるものにのみ詳細を明かし、そこから混乱しないようにゆっくりと広めてもらうことになった。
また、一部の国には神殿経由で情報が行くので、そこは神殿に任せるということにした。ぶっちゃけ、丸投げである。
「はぁ、先送りと他人任せばかりですか。まあ、仕方ありませんが。」
宰相は嘆くが、こればかりは仕方がない。この件にばかり関わっているわけにもいかないのだ。
場所は変わって、王城から少し離れた建物。そこはこの世界を管理する女神イシスを奉る神殿だ。
その神殿の一室に、神殿長アラン=ライオールはいた。
神殿長の執務室に据え付けられた大きな机の前に座り、彼は呟いた。
「まさか、男性の聖女様が現れるとは。これは面白いことになりましたね。」
アラン神殿長は口元で組んだ手の奥で、ニヤリと不敵に笑う。そして……、
机に突っ伏した。
「はあーっ、我々が関係者でなければ、せめて勇者様だったなら多少変なのが出てきても笑って済ませるられるのですが……」
盛大にため息をつくアラン神殿長。ストレス溜まってます。
「いや、勇者様でも笑っちゃ駄目でしょう。」
そこへ突っ込みを入れたのは、司祭長トニー=バローズ。今室内にいるのはこの二人だけだ。
神殿という組織は大雑把に二種類の人間から構成される。神官と司祭だ。会社組織で例えると、神官が一般の社員で、司祭が管理職に相当する。
その司祭を統括する役職が司祭長である。神殿内では神殿長に次ぐ高い地位になる。
そんな神殿のトップ二人が揃って何をしていたかといえば、もちろん聖女である優太への対応を話していたのだ。
神殿としては、召喚に成功したら次は、聖女の任に堪えられるように神聖魔法の技術を教えることが任務となる。ならば男だろうが女だろうが関係なさそうに思えるが、神殿内での部屋割りとか、世話係を女性で固めたままでよいかとか、細かい調整は色々とある。
だが、二人を悩ましているのはそのような些事ではない。
アラン神殿長は紙とペンを取り出して手紙を書き始めた。
「とにかく、教国には直接出向いて話すしかありませんね。」
女神イシスを奉る神殿というのは、大陸中の各国各都市に存在する。だが、それらは別に統一された組織というわけではない。
それぞれ独立した神殿が、同じ女神を信奉する者として必要に応じて助け合う、そんな緩いネットワークが形成されていた。
各々の神殿に上下関係はない。しかし、そんな中、飛び抜けて強い力を持った存在がある。
通称『教国』。神代より続く、初代聖女に由来する宗教国家。そう、国の中にある神殿ではなく、信仰のために作られた国家なのである。
他の神殿はともかく、この教国にだけは聖女様の詳細を報告しないわけにはいかなかった。
既に、通信用のマジックアイテムによって聖女の召喚に成功したという第一報は入れてある。だが、このマジックアイテムでは短い文章しか送ることができない。肝心の聖女が男だったという衝撃の事実を誤解なく伝えるためには、直接出向くのが一番だった。
アラン神殿長は手紙を書き終えると、今度は水晶の結晶のようなアイテムを取り出した。これは十年ほど前に開発されたマジックアイテムで、その場の光景を画像として記録することのできる、要するにカメラだ。画像クリスタルと呼ばれている。
アラン神殿長の取り出したクリスタルには、聖女の衣を身に纏い、ユニコーンに跨った優太の雄姿が記録されていた。さすがは神殿長、感激して神に祈るだけでなく、しっかりと撮影していた。
教国には、歴代聖女の肖像画が、初代から全て揃っていると言われている。画像クリスタルが開発された時、教国では「次の聖女様から、その御姿を画像クリスタルで記録する」という方針が即座に決まった。まだまだ高価なマジックアイテムをアラン神殿長が持っていたのは、教国から送られたためである。
その結果、栄えある第一号として優太の姿が画像クリスタルに記録されたのである。
アラン神殿長は、手紙にクリスタルを添えて、トニー司祭長にそっと手渡す。
「トニー、貴方ならばぎりぎりで猊下に直接謁見できるはず。私は聖女様の指導をしなければならない以上、任せられるのは貴方だけです。」
しかし、その手が途中で止まる。いや、押し返される。
「聖女様の指導といっても最初は神聖魔法の基礎、誰にでも指導できることです。今ならば貴方も動ける、いえ、今しか動けないのです、神殿長。この機を逃さず貴方が行くべきです。」
そう、誰だって「聖女様が男でした」という報告などしたくないのだ。
二人とも、一歩も引かなかった。