聖女の憂鬱2
「……今、堂々とハニートラップ宣言しなかったか?」
マリエラ王女を見送った後、どこから突っ込んでよいか分からなくなった優太がとりあえず思ったことを言う。優太の脳内では、マリエラ王女に『ハニトラ王女』の称号が贈られた。
「アハハハハ。……そういう側面もないとは言えないな。」
アルベルト王子が乾いた笑いと共に、……って、認めちゃったよこの人。いいのか?
「勇者様はとてもモテる。打算もあるが多くの女性達が群がり、そして争う。貴族の令嬢もいるから、放置すると裏で貴族同士の抗争なんかも始まってしまう。」
遠い目をして語るアルベルト王子。王子というのもモテる立場だから、似たような経験があるのだろうか。
「王家の者がサポートに就くのはそういった『悪い虫』を追い払う意味もあるんだ。」
王族が恋人になってしまえば、貴族といえどもそうそう手は出せなくなる。もっとも、本気で恋人になることを目指すのだから、ハニートラップとはちょっと違うが。
「なんとも豪華な虫よけだ。」
優太の脳内で、マリエラ王女に『虫よけ王女』の称号が追加された。
「すると、やはりアルも……」
「ユウタではなく、女性が聖女様だったら、聖女様に好かれるように努力する義務があった。まあ、最終的には聖女様の意向が尊重されるのだけど。」
このことは、アルベルト王子が聖女の担当に選ばれた理由にも関係している。皇太子である第一王子は既婚者、他国の王女を皇太子妃に迎えている。第二王子は女好きの遊び人として有名で、聖女様の相手としてはふさわしくないと考えられていた。現国王直系の王族としてはアルベルト王子しかいなかったのだ。
「はっ、すると昨日、若いイケメンばかりだったのは、……」
確かに、優太が聖女であることを確認した面々は、ナイスミドルな宰相を除けば皆イケメンの若者だった。
「いや、半分は偶然だ。騎士団長も魔導士長も実力が重視される役職だ。」
王宮騎士団団長ユージン=マクレーン。武人らしく逞しさを感じさせる、いわば体育会系のイケメンである。しかし、その実力は見た目以上。前任の騎士団長との試合に勝利して今の地位に就いたのだ。王族や聖女といった要人警護の責任者に無能な者がなれるはずがなかった。
魔導士長エドウィン=ウィリアムズ。クールで知的なメガネキャラのイケメン。彼は平民の出身ながらその才能を認められ、前魔導士長に養子として引き取られたという天才である。元が平民だけに彼を聖女に近付けさせようとする権力者もおらず、当人も色恋沙汰に興味のない朴念仁である。純粋に魔導の才によって今の地位にいるのだ。
因みに、前魔導士長が引退した理由は、高齢のため体力的に聖女召喚の儀式に堪えられないため、というものである。若者が多いのにはそういった理由もある。
「神殿の内情は分からないが、ライオール卿は間違いなく神殿長に相応しい実力があった。まあ、神殿としては聖女様に来て欲しいから、神殿長の条件に容姿も入っているという噂はあるけどね。」
神殿長アラン=ライオール。神職者らしく神秘的な雰囲気を纏ったイケメン。アルベルト王子の言う通り、神官を統率する手腕も、神聖魔法の腕前も一流の実力者だ。彼が神殿長になったのも二年前であり、少なくとも聖女召喚の神託を受けて慌てて祭り上げられたお飾りでないことは確かだ。
「私は言い訳のしようがないな。聖女様を娶ることを期待されていたことは確かだし。それに、王族として見栄えも重要だから、王家秘伝の美容術を幼い頃から受けている。」
王族というのは、不細工でいることも許されない厳しい世界のようだ。
「王家秘伝の美容術は、代々の聖女様にも施されてきたのだが、ユウタも受けてみるかい?」
プルプルと首を横に振る優太。実は、歴代聖女が絶世の美女といわれるのはここに理由がある。王家の秘伝というだけあって、垢抜けない田舎娘でもたちどころに麗しい淑女へと変身してしまうのである。目の肥えた王侯貴族ならばともかく、遠目でその姿を垣間見るだけの一般庶民からすれば、豪華な衣装も相まって絶世の美女に見えるというわけだ。
「しかし、そうなると俺が聖女になったことで、アルは嫁さんをもらい損ねたわけか。」
ちょっぴり悪いことをした気になった優太だったが、
「いや、面倒な仕事が無くなって、気が楽になったよ。」
アルベルト王子の顔は明るい。
王子と聖女が結ばれれば、周囲は納得するし国民は喜ぶ。しかし、当人が幸せになれるとは限らないのだ。
特に別の世界から召喚した勇者や聖女はこの世界の常識を知らない。悪意のかけらもなく、変な暴走を起こすこともあるのだ。
悪意なく暴走する勇者や聖女を抑える、そんな覚悟とノウハウを持っているのは王家ぐらいなものだ。並の貴族には荷が重い。
王家が勇者や聖女を取り込もうとする理由は、勇者や聖女の持つ権威を取り込むだけではなく、予想外のトラブルを抑え込むという目的もあったのだ。
優太のサポートは続けるとしても、逆にそれだけでよくなったのだ。アルベルト王子にとっても、それは気が楽になるものだ。
だが、そこでアルベルト王子はマリエラ王女の言葉を思い出して顔を顰める。
「すまぬユウタ、我が妹ながらたまに何を言っているのか分からないことがあって……」
「……いや、それは分からないままの方が幸せだと思うぞ。」
世の中、知らない方が幸せなこともある。
腐女子王女? 貴腐人? 腐界の住人? 優太の脳内ではマリエラ王女称号選考委員会が開かれていた。
一話目の後書きで、アルベルト王子の絶望とか来ましたが、実はそこまで絶望しているわけではありません。
優太が聖女になったことによる最大の被害者は、宰相の娘のエリザベス嬢です。彼女の活躍する話も作ってあげたいのですが、当分出番はありません。