聖女の憂鬱1
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ここからは、召喚された翌日のドタバタが何話か続きます。
翌日の朝、優太は王城の一室で目を覚ました。
本来ならば、聖女はまず神殿に寝泊まりして神聖魔法の修行を行う予定だったのだが、昨日は色々とあったことと、神殿側でも受け入れ体制を見直す必要が出てきたため王城に一泊することになったのだ。
「それで、何かあったのかい? ユウタ。」
アルベルト王子からの呼び方が名前になっているが、これは昨日決めたことだ。聖女のサポート役であるアルベルト王子には、この世界にいる間は世話になることになる。優太としては、頻繁に「聖女様」と呼ばれることには抵抗があったので、名前で呼んでもらうことにしたのだ。
そして、何かあったらアルベルト王子に相談するように言われていたので、近くにいたメイドさんに言伝を頼んだら、アルベルト王子が直接やってきたのだった。
「それがなあ、アル。『聖女の衣』が脱げなくなったんだよ。まるで呪いのようだ。」
朝から弱っている優太だった。なお、昨日の取り決めで、優太はアルベルト王子のことを愛称の「アル」と呼ぶことになった。
「呪い? 確かに一度着たら脱ぐことのできない呪われた衣服というものも存在するらしいけれど、『聖女の衣』はむしろ呪いを解除する側の最高峰。それが呪われるというのはちょっと考え難いな。」
聖女という最高の神聖魔法の使い手の魔力を浴び続けてきた『聖女の衣』はそれ自体が聖属性を帯びたマジックアイテムであり、並大抵の呪いは弾き返してしまう。それにたとえ呪いをかけることができたとしても、聖女が着用した時点で解呪されてしまうだろう。アルベルト王子の疑問はもっともなものだった。
「いや、実のところ脱ぐことはできるんだ。ただ、……ん?」
試しに、『聖女の衣』の上、小袖の部分を脱いで見せたところで、優太は近づいてくる足音に気が付いた。
優太が泊まっている部屋は王城でも最上級の客室、高級ホテルのスイートルームにも劣らない豪華な部屋だ。そして今いる場所は一番奥にある寝室、廊下を歩く足音など聞こえるはずもない。つまり、足音の主は既に室内にいる。
メイドさん達は呼ばれなければ勝手に入ってこないし、どたどたと足音を立てない。優太が訝しんでいると、
バン。
寝室の扉が勢いよく開けられた。
入ってきたのは、きつめの表情をした美女。奇麗なドレスを着ていることから、貴族か王族だろう。日本人から見ると大人びて見えるが、この国の基準で言えばアルベルト王子と大差ない年齢だろう。美女ではなく、美少女と言うべきか。
彼女は、優太をビシリと指さし、強い口調で言い放つ。
「貴女が聖女……さ……ま……?」
だが優太を目にすると急速に勢いを失い、最後は小首を傾げてそのまま固まった。うん、美少女がやるとなかなかに可愛らしい仕草だった。
「リズ? どうしたんだい、こんな朝早くから。」
知り合いらしいアルベルト王子が声をかけるが、少女は固まったまま動かない。その代わり、というわけではないだろうが、その背後からもう一人少女が顔を出した。
「おはようございます、アル兄様。そちらの殿方が聖女様でしょうか?」
と、そこでリズと呼ばれた少女が再起動した。
「し、失礼しましたわ~~~」
顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「何だったんだ?」
優太は理解が追い付かない。とりあえず、残った面子をアルベルト王子が紹介することにした。
「すでに知っているようだが、彼が聖女として召喚された、ユウタ。こちらは妹のマリエラだ。」
「お初にお目にかかります、聖女様。私エルソルディア王家第四王女、マリエラ=エスト=エルソルディアです。」
王女らしく、堂々と優雅に挨拶するマリエラ王女。
「それから、先ほど走り去ったのがエリザベス=ウォルトン。宰相の娘だ。」
「ああ、あの宰相さんの。道理で最初に俺を見た時の反応がそっくりだと思った。」
いや、男の聖女なんて珍妙なものを見たときの反応なんて誰でも大差ないと思うぞ。
「それで何があったんだ、マリー。」
アルベルト王子がマリエラ王女に聞く。
「リズは昨晩徹夜した宰相様に着替えを持ってきたのですが、そこでアル兄様が聖女様の寝室へ向かったと聞きまして。それを聞いたとたん、大慌てでこちらの部屋へ向かったのです。」
「うっ。」
事実ではあるのだが、改めて言葉にすると微妙にいかがわしい。まさか聖女が男だとはだれも思わないだろうし。
「リズは大変真面目ですから、朝から殿方を寝所に引き込むような淑女にあるまじき行為をなさった聖女様に注意しようとしたのだと思いますわ。その結果、自分が殿方の寝所へと踏み込むことになりましたけど。」
うわー、それは逃げたしたくもなる。
「それで、私がユウタの下へ向かったことをリズに伝えたのは?」
「私です。」
しれっと答えるマリエラ王女。どうやら、エリザベス嬢はマリエラ王女にからかわれたようだ。なかなかにお茶目な王女様だった。傍迷惑だけど。
「……はぁ。ちゃんとリズのフォローをしてやれよ。」
「わかっておりますわ、アル兄様。……それにしても、本当に殿方が聖女様なのですね。」
優太のことをじっと見つめるマリエラ王女。その視線に思わずたじろぐ優太。マリエラ王女は、何を思ったか、ふとアルベルト王子の方を見、それからまた優太を見て呟いた。
「これは、これで、……ありです!」
「何がだ!」
思わず突っ込む優太の脳裏には、苦い思い出が蘇っていた。
それは日本で大学生活を送っていたある日のこと、友人とだべっている時にふと感じた視線。それは少し離れたところから覗き見る後輩の女子だった。
その時は、ひょっとして俺モテてる? などと浮かれた優太であったが、後日ひょんなことから知ってしまったのだ。優太達をモデルにしたBL同人誌の存在を。「知らなきゃよかった……」優太は心底そう思ったそうだ。
優太は、その時の後輩女子の視線と同じものをマリエラ王女の視線に感じていた。
「私はこれから召喚される勇者様を落としてみ見せます。聖女様は、アル兄様が頑張ってくださいね。」
そう言い残してマリエラ王女は部屋を出て行った。たぶん、エリザベス嬢を慰めに行ったのだろう。