聖女の証
「こちらが『聖女の間』です。」
優太達は、『勇者の間』の扉のあった反対側に来ていた。こちらにも扉が三つあった。
勇者の判定方法があるならば、当然聖女の判定方法も存在する。勇者ではないことが確定した優太は、ついでなので聖女の判定方法も見ておくことにしたのだった。
―― 聖女の間・第一の部屋
この部屋にもオーブが置かれていた。『勇者の間』にあったものとほとんど同じだが、色は白だった。
「こちらのオーブは、聖女様や神官の使用する神聖魔法の素質を測ることができます。」
要するに、勇者の間にあったオーブの神聖魔法特化版である。
試しにアラン神殿長が触れると握り拳大の白い光が灯った。一方、エドウィン魔導士長が触れても何も起こらない。
そして、優太が触れると……
「うお、なんだ。」
オーブ全体が純白に光り輝いた。
「「「おおっ!」」」
感嘆の声が上がる。彼らもオーブがこれほどの輝きを放つ光景を見たことはないのだ。
「この輝きは、おそらく歴代の聖女様と比べてもかなり上位の力です。ああ、女神よ!」
思わず神に祈るアラン神殿長。
「少なくとも、聖女の役目を果たせるだけの能力はあるということか。」
エドウィン魔導士長は冷静に判断する。
「ちょっと待て~」
優太は追い詰められた。
―― 聖女の間・第二の部屋
優太の混乱は一旦脇に置いて、次の部屋へ移動した。
「こちらは、聖女様専用の衣装、『聖女の衣』です。」
そこに置かれていた衣装は、白い小袖と緋色の袴の一揃い。
「って、巫女服かい!」
「『聖女の衣』のデザインは初代勇者様の手によるものと伝わっています。」
そいつ、絶対に日本人だな、と優太は確信した。
「『聖女の衣』は聖女様が着用すると、並の全身鎧よりも高い防御力に耐熱耐寒能力を持ち、体力魔力の回復やその他聖女様の力を補助・増幅すると云われています。しかし、聖女様以外の者が着ようとしても、『聖女の衣』は体をすり抜けて脱げ落ちてしまうのだそうです。」
こちらもなかなかにすごい装備のようだ。
「ただの布にしか見えないのに鎧よりも防御力があるなんて……うわぁっ!」
優太『聖女の衣』に触れた途端、『聖女の衣』が突如として光り輝きだした。
その光が収まった時、優太は『聖女の衣』に包まれていた。
「は?」
理解が追い付かない優太。ちなみに、元着ていた服はきれいに畳まれて置かれていた。
「「「おおおっ!」」」
一方で他の面々は再び感嘆の声を上げる。
「代々の聖女様の中でも特に適性の高い方は、念じるだけで即座に『聖女の衣』を身に纏ったといいます。今の現象は、『聖女の衣』に認められた証なのでしょう。」
天を仰ぎ、再び神に祈るアラン神殿長。
「なんてこった……」
天を仰ぎ、己を嘆く優太。対照的な二人だった。
―― 聖女の間・第三の部屋
「この部屋も、聖女様以外は立ち入り禁止となっています。」
三番目の扉の前で宰相が説明する。
「聖女様が入ると、聖獣が現れ、聖獣に認められれば契約を結ぶことができると云われています。契約を結んだ聖獣は聖女様の守護獣としていつでも召喚することができ、聖女様を助けると云われています。」
「聖女様以外の者が入っても何も起こらない筈ですが、何かの間違いで聖獣を呼び出してしまうと、怒った聖獣に攻撃される危険性があるため、立ち入り禁止になっています。」
『勇者の間』では勇者ではないことが確定したため、最後の部屋には入らなかった。逆に『聖女の間』のではばっちり聖女の条件を満たしてしまったため、優太は最後の部屋に入る資格を有しているわけだが……
「じゃぁ、ちょっくら、行ってきますか。」
意外とノリノリな優太だったが、別に聖女としての自覚が出てきたわけではない。単に面倒なことを考えるのをやめ、好奇心を優先したのである。気分は毒虫食らわば皿まで、である。
意気揚々と最後の部屋へ突入する優太。その姿は相変わらず『聖女の衣』を着用したままだ。これは、聖獣に襲われないように聖女であることをアピールするためだった。聖獣相手に通用するかは不明だったが。
優太が部屋の中に入り、扉を閉めると、部屋の中央にある魔方陣が輝きだした。そこから出てきたのは大型の動物。純白の体に額から延びる角を持つその姿は……
「おお、ユニコーンか。聖女の相棒にぴったりだな。」
感心した声を上げた優太の方を見たユニコーンは、慌てた様子で二度見し、さらに優太をガン見した。
ユニコーンにとっても男に呼び出されるのは想定外だったのだろう。普通ならば、何か不正な行為によって無理やり呼び出したと考えて攻撃を仕掛けても不思議はない状況である。しかし目の前の男、優太からは間違えなく聖女の力を感じる。こればかりは聖獣を誤魔化すことはできない。
やがてユニコーンは恐る恐るといった足取りで優太に近づき、膝を折って姿勢を低くした。
「お、乗せてくれるのか? じゃあ、遠慮なく。」
優太はユニコーンの背にどさりと跨がる。普通の聖女ならば横座りに乗るところだろうが、優太は気にせずに跨っている。『聖女の衣』は巫女装束、下は袴であり、跨ることができるのだ。
ユニコーンは優太を乗せたまま立ち上がり、そのまま出入口の方へと歩いて行った。すると扉が自動的に開き、優太とユニコーンはそのまま部屋の外へと出た。最後の部屋だけずいぶん大きな扉だと思ったら、呼び出した聖獣とともに出てくるためだったようだ。
「おお、うまくいきましたか。それにしても、ユニコーンとは……」
過去の記録に残る聖獣の中でも、ユニコーンは高位の存在だ。清らかな乙女の守護者であり、聖女の護衛として、聖女が移動する際の足として、また聖女の行使する神聖魔法のサポートしても活躍する優秀な存在である。
「まさか、ユニコーンの背に男性が乗る姿を見る日が来るとは思わなかったよ。」
アルベルト王子はちょっと複雑な表情だ。
「それでは呼び出した聖獣に名前を付けてあげてください。それで契約は成立します。」
アラン神殿長に促され、優太はユニコーンからひょいと飛び降りると考え込む。
「名前か、うーん……、ユニコーンだからユニコ……いや、子供じゃないし……、シルバー? いや、どう見ても銀じゃなくて白だよな……、黒王号……だから白馬だって……、オグリキャップ……、ハイセイコー……、タケユタカ……、うーん……。」
ブツブツつぶやく優太を見ながら、だんだんと不安そうな顔になるユニコーン。実に表情豊かな馬、いやユニコーンである。
その後、十分ほど悩んだ後、優太は無事ユニコーンに名前を付けて契約は成立した。守護獣となったユニコーンであるが、普段連れ歩くには大きすぎるため、その場はそのまま送還した。
優太たちは、応接室に戻ってきていた。
「さて、これで俺に聖女の力と資格が備わっていることがはっきりした。つまり、人違いでも勇者と順番が変わったわけでもなく、聖女召喚で正しく聖女が呼び出されたことになる。だが……、なんで男が聖女なんだよ!!!」
優太、天に吼える。この問いに答えられるのは神だけだろう。果たして優太の叫びは女神イシスに届いたであろうか。
「その件だか、一つ思い当たることがある。」
と思ったら、エドウィン魔導士長から予想外の発言だった。
「そもそも、『聖女』という言葉には、女性であるという意味はない。」
日本語に喧嘩を売るような発言だが、これには少々説明がいる。召喚された直後から普通に会話が成立しているため、優太自身もあまり意識していないが、ここで行われている会話はすべて異世界の言葉であり、日本語ではない。優太が会話できているのは神様の加護的なもので自動翻訳されているからだ。
「ただ、これまでの『聖女』が全て女性だったために、『聖女』といえば女性、『勇者』といえば男性という固定観念が出来上がっているにすぎない。」
つまり、この世界の単語を直訳すれば、『聖者』とか『聖人』とか言った性別に関係のない言葉になるはずなのだが、女性であるというイメージが染みついているため一番近い日本語が『聖女』になったのである。
「本来、世界の危機に対応するために必要とされるのは、勇者ならば圧倒的な戦闘力、聖女ならば神聖魔法による後方支援力のみ。性別は関係ないだろう。」
結論、聖女が男で何が悪い。理屈としてはどこにも間違いはない。優太にとっては何の救いにもならなかったが。
こうして、史上初の男の聖女が誕生した。