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衝突

前回分を随分書き直しましたので、できればこの話を読む前に読み返していただけると助かります。

 次の正課活動が来るまでに、邑李の仮説は真実味を増していった。

 ---鈴木は真野のことが好きで、邑李に嫉妬しているのではないか。

 相変わらず邑李は友人を作らず一人で行動していたが、たまに真野とは話すことがあった。真野と喋っている時、八割方どこからか害意のこもった視線を感じる。視線の主は確認するまでもなく鈴木で、残りの二割は授業中やHRなどの、3年生の鈴木が物理的にどうしても真野を視界に入れることができない場合だけである。

 あいつは忍者か。これはギャグマンガか。っつーか、勉強しろよ受験生。ストーキングしてる場合じゃないだろう。

 最初こそ害意のある視線に憤りを感じたものだが、気にしなければ直接的な被害はない。今ではすっかり慣れてしまって、心中でツッコミながら笑う余裕さえある。


 それにしても、どうして真野なのか。

 3年生の鈴木と2年生の真野。どこでこの2人が交わる機会があるのか、皆目見当もつかない。一度、真野にそれとなく聞いてみたが、それとなくかわされてしまった。

 初めて図書室に行ったあの日の真野の行動は、きっと彼らしくない行動だったのだと邑李は思う。普段の彼を観察すると、無口で愛想がなく、とても世話焼きが好きなタイプでないことが分かる。同級生とは喋るが、特定の親友と呼べるような人物は、邑李が観察する限り見受けられない。見た目は悪くないので、彼女でもいないのかとも思ったが、あぁも無愛想だと付き合う以前に近寄れる女子がいないようだった。

 無愛想で近距離に他人が近寄らない真野と、失礼なくらい愛想がよく賑やかな鈴木。

 鈴木の気持ちが邑李の想像通りだとしたら、鈴木の希望が叶う可能性は低いのではないか、と邑李は思った。

 一度、鈴木が見ていることを確認して、真野に耳打ちしたことがある。翌日、登校すると邑李の上履きの中にバナナの皮がひとつずつ入っていた。99%、鈴木の仕業に間違いない。邑李への腹いせにわざわざバナナを2本食べて、誰にも見られないようにこっそり下駄箱に忍び寄ったその姿を想像すると、邑李の腹がよじれそうだ。

 教室棟から図書室へ向かう渡り廊下を掃除しながら、邑李はバナナの皮が入っていた下駄箱を思い出すして、思わず笑いがこぼれた。

 好きな男子に自分より近い女子がいるのが不安で仕方なくて、いじわるをしかけて。でも、元々の性格は悪くないから、ギリギリ笑えるようなイタズラをしかける鈴木。

 自分が巻き込まれるのは不本意だが、その鈴木の気持ちを考えると、いじらしい気もするのだ。あんなに可愛い容姿で、きっと中身もそう悪くなくて、でも嫉妬のためにバナナの皮を恋敵(ではないが、そう思い込んでいる)の下駄箱に入れる女の子。


「どうした、木下。楽しそうだな」

「はうあっ!なんでもありませんっ!」

 突然声をかけられて、邑李は飛び上がりそうになって小さく悲鳴を上げながら振り向くと、楽しそうな表情をした相良が立っている。

「学校には慣れたのか?」

「まぁぼちぼちです」

 教室の配置をやっと覚えて、担任と副担任と学年主任と教科担当の教師を覚えたくらいだ。実はクラスメートの顔と名前が真野を除いてまだ一致しない。一致させるよう努力する気もないが。

 会話を続ける気がない邑李は掃除に戻ろうとすうが、なおも相良は話しかけてくる。

「友達作れよ。困ったことあったら、俺でも良いから言えよ」

 困ってるといえば、困ってることがある。ただ、煽らなければ実害がないといえばないので、そこまで困っていない。バナナの皮は嫌だけど、それを準備してる様子を想像すると、何度でも笑いがこみ上げる。むしろ、掃除中というのに笑いがこみ上げることに困っているくらいだ。

「男子との仲を誤解されてるっていうか、なんというか」

 すかさず相良は

「そういうことは俺はダメだから、保健室の橋本先生か、河埜先生に相談しろ」

 と、焦ったように言った。

 良く言えば『実直』、悪く言えば『融通が利かない』タイプだろうと簡単に想像できる相良には、デリケートな話---その最たるものが「恋愛」だ---は苦手なのがよく分かる気がする。

「ただし、凹んでいるときの相談は河野先生のところに行かないほうがいいぞ。滅多打ちにされて立ち直れない生徒が年に数人出るんだ」

「あら、私の悪口?」

 相良の背後から河埜が出てくる。相良は目を剥いて振り向いた。

「美沙さんっじゃなくて、河埜先生!俺はただ、困ったことがあれば先生に相談するように勧めただけで」

 そんな相良の様子を愉しそうに眺めて、

「悪口と仕事中に名前で呼ぶなんて、またペナルティね。ペナルティ溜まったら、奢りで豪華ディナーよろしくね♪」

 邑李には河埜のお尻の先の尖った黒い尻尾が見えるようだ。

「勘弁して下さいよ。先週も奢ったじゃないですか」

「アレはアレ。コレはコレ。口は災いの元ね、相良君」

「相談しろっていう話からどうしてこんなことに」

 相良は頭を抱えながら呻いた。

「で、相談って」

 河埜が邑李の方を向いた。弓のような綺麗な弧を描いた唇が印象的だ。

「いや、なんでも」

 そう逃げ出そうとした邑李が足を踏み出す前に、河埜が呟く。

「鈴木さんと真野君のことかしら?」

 踏み出せず、邑李は立ち尽くす。

「…興味ないし、巻き込まれたくないです」

 本心だ。鈴木の気持ちやバナナの皮の件を想像するのはいい。だが、もう誰とも馴れ合いたくない。

 河埜と相良の顔は見ずに、邑李は掃除道具を持って駆け出した。


 駆け出した先はゴミ捨て場で、校舎の裏側にあるそこは、ひっそりとしていて運よく誰もいなかった。邑李はそっと息を吐いた。

 逃げ出すように河埜と相良から離れたのは、ここに少しずつ自分が馴染んでいるような気がしたからかもしれない。この高校への編入が決まったとき、もう誰とも関わらなくて済むと安堵したのだ。それが、現実には編入してひと月経つ前にそうはいかなくなってきていた。

 鈴木が誰のことが好きだろうが、真野が誰と付き合おうが、邑李には関係ない。巻き込まないで欲しい。

「あ」

 自分のものではない声に振り返ると、今邑李が考えていた人物のうち片方が大きなゴミ袋を提げて立っていた。

 コンクリートの囲いの中にゴミ袋を放ると、彼女は逃げるようにして駆け出そうとした。

「ストーカーみたいにつまんないことしないでよ」

 ビクンと彼女---鈴木の肩が揺れる。

「そんなつまんないことして、真野君があなたに振り向くと思ってる?まさか、そんなおめでたい人いるのかって感じだけど」

 掃除中に相良と会うまで感じていた鈴木の気持ちへの温かい気持ちは欠片も残っていなかった。無性にいらついて、わざと鈴木が傷つく言葉を選んでいることを邑李は自覚していたが、なぜか止まらない。

「真野君も迷惑してるみたいよ。どこにいても、じっとあなたが見てるんだから。もう止めたら?」

 本当は真野は気付いていない。少なくとも、邑李が一緒にいるときには気付いている素振りなんてなかった。

「みっともない」

 邑李の言葉に、鈴木が悲鳴を上げるような声で

「わかってるっ」

と、小さく叫んだ。

 鈴木の頬を伝う涙を目にしてやっと邑李の内側に燻っていた熱が、すうっと音を立てる様に引いた。

 みっともない真似をして邑李のスペースに踏み込んできた鈴木が悪い。そう思うのに、邑李は後味の悪さに堪らず、踵を返した。校舎の角を曲がったところで、相良が立っていた。

 邑李は、相良の顔をまともに見ることができずに、何も言わず去った。

テンポよく行きたいものですが…なかなか難しいです。早く書いてて楽しく、読んでて楽しく、話が動けばいいなーと思いつつ、この調子でしばらく続きそうです。

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