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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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15 複雑な騎士心


 その頃—―


「――あれ?」


 テオティルは……はたと顔を上げた。


「あら、どうかした?」


 突然フリーズした聖剣の顔に、傍でせっせと夕食の支度をしていたコーネリアグレースも手を止める。

 見れば、エリノアの言いつけに従順なのをいいことに、こまごまと家事を手伝わせていた青年の形をした聖剣は、部屋の隅で豆を剥きながら首をかしげフリーズしている。


「……今…………なんだかエリノア様に危機が訪れているような……」


 何かを感じ取ったらしいテオティルは、虚空をじっと見つめている。

 と、コーネリアグレースが「あら」と困ったように言った。


「嫌だわ、今、鍋を火にかけたばかりなのに……まあでも王宮に討ち入るなら仕方ないわね」


 言いながら、何故かそそくさと炊事場の棚からすらりと包丁を取り出すコーネリアグレース。その口は、「今日の得物はこれでいいわ」などとのたまっている。……どうやら、愛用の棍棒は磨いたばかりで使いたくないらしい。


「――で? エリノア様の敵はいずこ?」


 女豹母の好戦的な青い瞳が、包丁と共にきらりと光る。


 しかし。

 テオティルは、眉間に小さなシワを寄せたまま、うーん、と今度は反対側に首をひねる。


「……………………あれ? 気のせいでしょうか……?」


 よく分からない、と困ったような顔をするテオティル。


「ちょっとテオ坊、どっちなの? 危機なの? 討ち入るの? それともまたエリノア様が仕事でドジっただけ?」


 包丁を握りしめたままやきもきしているらしいコーネリアグレースに、しばし無言だった聖剣は……真顔で首を振った。


「……なんだか主の悲鳴が聞こえた気がしたのですが……途中からエリノア様の感情が何やら変な怒りに変わったようです。とても力強い怒りなので大丈夫かと」

「まあ……エリノア様ったら仕事中にいったい何をキレているのかしら……人騒がせな……」

「いえ、主様は生命力に溢れています、よいことです」


 何故か誇らしげな聖剣。


「はーまあそう? まあ負の感情は好きだけどねぇ、なんだかエリノア様の怒りはドロドロ加減がイマイチなのよねぇ……あの方すぐ怒っていた事忘れるみたいだし……」


 基本的に根があっけらかんとしてるんでしょうねぇ……と、コーネリアグレースがいささか残念そうに、ぎらぎら光る包丁を元の位置に戻した……


 ――その頃。


 エリノアは、オリバーの背中でぐったりしていた。


 続く縦揺れ。直で伝わるその振動。

 時々何かをビョンと飛び越えるような浮遊感と着地の衝撃。

 角を曲がる時にかかる放り出されそうな遠心力……

 それらの連続に、エリノアはほとほと疲れてしまった。


「…………」


 叫ぶのにももう疲れて。

 もはや逆さづりのヤモリのように、熊男の広い背中に張り付いていることしかできないエリノア。

 担がれ、逆さに見える視界には騎士の制服。――ああこれ、私が繕ったやつだなぁ……と、思うと、なんだか余計に腹が立った。その縫い目のわずかな凹凸が、鼻やおでこをこすって何気に痛い。

 もし、とエリノアは思った。

 ……もしこの先、万が一、自分が聖剣を剣として握ることがあったら。

 きっと――……

 まずは絶対に――……


(……ぜっっったいにっ! 最初に騎士オリバーに挑んでやる……!)


 ……もちろん負ける気しかしないのだが。きっとエリノアの怒りは伝わるに違いない。


 担がれたまま、隠れ勇者がそんなふうに怒っていると……不意にオリバーが足を止めた。

 そしてあろうことか、オリバーはやれやれとエリノアをその場に放り出したのだ。ぽいっと廊下の真ん中に転がされて、エリノアの無言の怒りはいっそう高まっていく。

 オリバーは自分の首を押さえコキコキと鳴らしながら言う。


「はーやれやれ。お前、抱き心地以前に担ぎ心地が悪いな。この間やった飴はちゃんと食ったのか? もうちょっと太ってこいよ。もっと柔らかいほうが好きだぞ俺は」

「…………(殺)」

「なんだその恨みがましい涙目は……笑わせるつもりか?」


 からからと笑うオリバーをエリノアが横目で睨んでいる。


「…………騎士オリバー……笑死ってあると思いますか?」

「はははは」


 あったら幸せかもしれんなと笑うオリバーに、殺気を放つエリノア。


 さて、そんな二人がいるここは、王宮内のブレアの住いの前だった。

 あまりに唐突な出来事に、いったい自分がどこに連れて行かれるのかと怯えたが。なんだ、ここだったのかとほっと安堵したエリノアである。


 だが、オリバーの行動の意味不明さには怪訝さが募る。

 彼が連れてきたかったのがここであるというならば、何も荷物のように高速で運搬してくれずとも、エリノアは自分の足で帰ってくるというものだ。

 いったいなんなんだ、これは新手の嫌がらせか。

 まあそうであってもなんら不思議ではない。彼らブレア大好き筋肉っ子たちには、今までにもエリノアは散々嫌がらせのような面倒な仕事を押し付けられてきた。時々優しいこともあった気がするが、なんだろうか、また気が変わったか。

 怪しむようにエリノアがオリバーを見ていると、不意に男が、おい、とエリノアを指差す。


「お前……出来るだけここを離れるな。勤務時間中はずっといろ」

「え? でも……私、王女様にお呼びいただいていたりして……王太子殿下がお忙しい間お相手したくてですね……?」


 オリバーの爆走中の話がまったく聞こえていなかったエリノアは、何ゆえ? と首をかしげる。

 するとオリバーの方も、王女と聞いて渋い顔をした。


「……ハリエット王女か……」


 王太子やブレアにも大切にされている彼女に望まれれば、拒む手立てはエリノアにも、オリバーにもない。騎士はため息をつく。


 第二王子の立場を第一に考えるこの男は、ブレアがエリノアに入れ込むのには本当は反対だ。彼のパートナーには、もっと力のある、非の打ち所のない家柄の娘が相応しいと思っている。そうでなければ、側室妃やクラウスのような輩につけ入る隙を作ると思っているのだ。


 ……が。


 その王子が、忙しい職務の隙間に寝食をおいて、この娘の顔をわざわざ見に戻ったことを考えると……

 彼としても……出来ることならば、ブレアに娘の顔を見せてやりたかった。


 ――実は……エリノアを担ぎ王宮を走っていたオリバーの足は、始めはブレアがいる宮廷方面に向かっていたのだ。

 しかし。

 彼はそれを途中で断念した。

 何故ならば、このような有事に――宮廷のものたちが消えた聖剣を追って、しかし成果が得られずにピリピリと殺気立っている現状。執務室にのこのこと娘を連れて行けば、このような時に女を連れ込むなど何事か、と……下世話な想像を勝手にして騒ぎ立てる輩が必ずいるからだ。

 そういう話は不思議とクラウスのような政敵陣営にすぐに伝わってしまう。


 ――いろいろと思い巡らせ悩んだ結果、結局彼はエリノアをこの場所に連れ帰るに至る。


 やはり今、ブレアの仕事場に娘を連れて行くのはまずい。

 けれども、あれだけ働き詰めのブレアが、一時己の住いに戻るのならば誰も咎めることはない。

 そこで彼が僅かな時間を彼の侍女と過ごそうが、誰も文句を言えないはずだった。――いや、文句を言うやつがいたら、誰であろうとも今度こそ仲間全員引き連れて、ぶっ飛ばしに行こうと、思うオリバーであった。


 ――……のだが。


 オリバーはモシャモシャと己の焦げ茶の短髪をかく。

 そうは言ってもだ、当の二人が行き違ってしまっていては元も子もない。


「……あー……まったく……タイミングよく居てくれよお互いにさぁ!」

「? な、なんですか?」


 突然呻きだした熊男にエリノアが身構える。


「……」


 住いの奥の静まりようを見て、どうやらブレアが居ないらしいと察したオリバーは、思い切りため息を吐く。


(まあそうだよな……さっき戻って来て、それでまたすぐに戻るなんてこと……あの仕事の虫みたいなお方がするわけないよな!)


 ……とは思いつつも……

 横目で下を見ると、怪訝そうな顔で己を見上げているエリノアの姿。その顔を見ていると……なんだか無性に腹が立ってきた。


 そしてオリバーは……


 唐突に――……

 エリノアの両頰をむぎゅっといきなりつまみあげた。

 途端、エリノアがぎょっと目を剥く。


「な、何ぃっ!?」

「……なんでこんなに伸びるんだ? 必要なところには肉がないのになぁ……」

「! もっ、もぎゃぁああああっっ!」


 目を三角にして怒り狂うエリノア。届きもしないのに、両手を振り回して、オリバーに軽くあしらわれている。

 その珍獣具合を見ていると、胸のうちの腹立たしさが笑いの虫にでも食い尽くされて消えていくような気がした。

 

「…………(こいつ相手に怒るのってなんか難しいな……)」


 ま、仕方ないか、とオリバーはエリノアの頰からパッと手を離してしんみりした顔をした。


「……ま、うまくいかないならそれはそれで仕方ないか……そういうものはタイミングだし……もともと無理のある取り合わせだしな……」

「え? 何……? 私と……肉が……?」※エリノア、自分の腹を押さえて目を瞠る。

「あの(ブレア様の恋愛)スキルなんとか底上げ出来ねぇかな……はー……」

「……ス……?」


 自分の頰から手を離したと思ったら、この人は何故いきなり残念そうなんだろうとエリノアがやや不気味そうな顔でオリバーを見上げている。


「はー……とにかく、ハリエット王女がお召にならない時は出来るだけここに居ろよ!? いいな!?」

「……いや居ますけど……」


 ……結局、自分が何故この騎士によってここに強制送還されてきたのかがさっぱり分からなかったエリノアであった。

 




「…………」


 そんないがみ合う二人を見て、憮然としている白い小鳥が窓の外に一匹。


 ――ヴォルフガングである。


「……あの二人は……いったいなんなんだ?」


 男はエリノアにやけに馴れ馴れしいが、頭でもつついてきた方が良いのだろうか。


「……いや、それはあまりに過保護な気がする……過剰な保護はかえって陛下のご機嫌を損ねるしな……」


 昨朝の膝枕&腹まさぐり事件を思い出したヴォルフガングは一瞬ブルッと身震いする。

 もう少し様子を見るか……と、小鳥は小丸い身体に見合わぬ鋭い視線をエリノアとオリバーに向けるのだった……









オリバーの髪は、熊色=焦げ茶です。

でもどこかで間違って茶色って書いているかも…

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