13 エリノアは、ハリエットの傍らにユニコーンを見た。
エリノアがハリエットのもとを訪れると、王女は彼女をとても歓迎してくれた。
……のはいいのだが……
「……あの……これは一体……」
エリノアはぎこちない顔で言った。
なぜだかハリエット滞在中の貴人の間の奥で、両手を横に広げ立たされているエリノア。
だがそれは別にエリノアが失態を犯したとか、罰を受けているとかいう話ではない。
しかし……
傍のテーブルの上にはエリノアのエプロンや彼女が持ち込んだ様々なものが広げられていて、それを興味深げに眺めているのはハリエットだった。
王女はあらまあ……と、いささか呆れをにじませた微笑を浮かべてエリノアに問う。
「エリノアさんったら一体ここに何をしに来ようと思ったの?」
「えぇっと……」
「ホウキにチリトリ、雑巾バケツにブラシが大小数種類。裁縫道具に鉛筆とメモ、焼き菓子に飴玉の袋……に……猫じゃらし……? あら? この瓶たちは何かしら?」
「粉せっけんや洗剤のようですね」
王女が不思議そうな顔をすると、傍にいた冷静な顔の王女付き侍女が間髪入れずに答える。
それを聞くと、王女はまたあらあらまあと言った。
「わたくしは遊びにいらっしゃいという意味でエリノアさんを呼んだのだけれど……」
なぜか大量の掃除道具を抱えて現れたエリノア。普段から冷静なハリエットは冷静なままだったが、それでも相当に驚いたようだった。その格好は、夜逃げかちょっと荷物を抱えすぎの旅人といった風体で。
「ちょっとお友達が遊びに来るから」としか主人に聞いていなかった王女の侍女たちは、現れた娘を相当怪しんで。
あまりに不審だったのか、彼女たちに服以外の全ての持参品を身包み剥がされて並べられた次第であった……
「わたくしがお掃除してほしくて呼んだと思ったの?」
「えっと……」
エリノアは視線を泳がせる。
ハリエット王女のために何かせねばと思ったのだが、とりあえずすぐに出来ることが掃除しか思い浮かばなくて。
しかし王女の反応を見て、やはり間違いだったかとエリノア。
これだけあれば何かしら王女の役に立つものがありそうな気がしたのだが、逆に不審がられる結果となった。
それをそのまま言うと、王女ばかりか彼女の侍女たちも呆れた様子でエリノアを見ている。エリノアは焦った。……やばい、王国侍女の評判を下げてしまっただろうか。
……因みに……
飴は以前騎士オリバーに貰った残りで、猫じゃらしは通勤途中の草はらで見つけ、つい魔が差して……後でグレンと遊ぼうと思ってポケットに突っ込んでおいたものだった。やめておけば良かったとエリノアは後悔した。特に猫じゃらしを……
エリノアは立たされたまま、すみません! と嘆く。
「正直なところ……高貴なお方と“遊ぶ”というのが分かりませんで……」
恥ずかしくなりながらエリノアはおずおずと言った。
ルーシーみたいな気心の知れた相手ならまだしも、ハリエットのような王族女性に呼ばれて緊張したエリノアが言葉通り、ハリエットと“遊ぶ”なんて考えられなかった。思い浮かぶことといえば給仕や掃除といった身の回りの世話くらいなもので……
気まずけなエリノアに、ハリエットはくすりと笑う。
「いやだわエリノアさん、そんな……動きがカクカクして面白い……何もしやしないわよ、そんなに緊張しないでちょうだい」
「……はぁ……さ、さようですか………………で……あのぉ……? さっきからこの方たちは一体何を……」
びくびくとエリノア。
“この方たち”とは、今現在、エリノアの周りで巻き尺や物差しを手に彼女の身体のサイズを測っている人々のことである。
と、王女はこともなげに言う。
「あら採寸よ。予定がなくなってしまったし、ドレスでも仕立てさせようかと思って。エリノアさんの」
「…………え?」
聞けば、やはり、この度の聖剣騒ぎのあおりで王女が舞踏会後に予定していた行事のほとんどが流れてしまったのだと言う。かといって、聖剣の所在が不明となった直後の今、ハリエットのような異邦人は下手には動けない。王国は聖剣の流出を恐れているから、王太子の婚約者であったとしても、この件には表立って関わらせてはもらえない。
つまり、じっとしているのが一番賢明なのだとハリエットは寂しそうな顔で言った。
「下手なことをして王太子殿下にご迷惑をおかけするわけにもいかないでしょう?」
だからエリノアに付き合って欲しいのだというハリエットに……それを聞いたエリノアは、なるほど、と神妙な顔で彼女を見た。
憂いをにじませた横顔でふっと遠くを見て、王太子を想う様子のハリエットの健気さに再びキュンと侍女魂を刺激されてしまうエリノア。
彼女の目から見ると、ハリエットは麗しい乙女そのものであった。件の義理の姉くらいしか若い貴族女性と親しくないエリノアは、駄目だと思いつつ……つい彼女とハリエットを比較してしまい――……比較対象が物凄く規格外の猛獣お嬢様すぎるのはまあ置いておくとして……
ハリエットの気品と可憐さには心底感動してしまった。
王女の傍らに純白のユニコーンの幻でも見えそうなエリノアであった。
(……麗しい……すてき……)
――が。
エリノアは知らない。
その実、ハリエットがレースのハンカチで切なげに目元を押さえながら――
『……この騒動の隙にこの子と親密になっておこうっと。王太子様より先にお姉様って呼ばれたらあの方悔しがるかしら、うふふ楽しみ』
『それとなく王族にも耐性をつけさせて、さりげなく作法を仕込んで、一緒に行動して王家との親密さを社交界にも周知させなくては……だって、未来の義妹(予定?)だもの。未来の王妃候補のわたくしがしっかり仕込まないと』
『こういう仔リスみたいな子は周りにいないからなんだかうきうきしちゃう』
……などと……思い切りうきうきと、がっちりエリノアを抱き込む作戦に思いを巡らせている……などとは。思ってもみなかった。
実は……既に配下に命じ、エリノアの身辺を探らせたハリエット。
何気に抜け目のない王女は、彼女が城下町の小さな家で、弟と……それに、何やら奇妙な連中と寝食を共にしていることを承知している。……その中には若い男がいて、どうやら近所の商店の息子がエリノアに気があるらしいという噂も……とうに掴んでいるのだ。
「ふふふ」
それら諸々を吞み込んで。
ハリエットは儚げな佇まいでエリノアに薄く微笑んで見せる。(→エリノア、ずきゅんと心臓を射抜かれる。)
「エリノアさん……一緒に、いてくれるわよね?」
そう乞われたエリノアは、真っ赤な顔で拳を握った。
「は、はい! 時間が空いた時は、ぜ、絶対に参ります! いえ、時間を作らせていただきます!」
何も知らないエリノアは鼻息荒く前のめりで頷いた。
忙しい王太子の代わりに王女をもてなすんだ! ……という決意に満ちたエリノアを――
周囲の王女の侍女たちは『なんて乗せられやすい娘だろうか……』とやや呆れ顔で見て、さらに可憐な顔をして娘をころころ転がしている己たちの主にやれやれとため息を落としている。
そんな侍女たちの呆れを感じながら……だって、とハリエット。
ブレア様に恋敵なんて、面白そうなことこの上ないじゃないの。
……もちろん最後には、王家の為にも自国の為にも、全てブレアに掻っ攫わせる気満々のハリエットである。
…たまに冷静に自分の作品をかえりみると、…つくづく変な話だな…って思います。
お読みいただきありがとうございます。
もちろんハリエットは皆が魔物だとは気がついてません。
出かけの用事があるので、チェックは後ほど。誤字報告いつもありがとうございます!




