12 裏門突破?
王宮裏門の門番は殺気立っていた。
王宮内で起こった大事件。混乱する宮廷。現状、彼ら門番の役割はとても重要だった。
もしここで不審なもの、不審な様子のある人物を門から出してしまえば。その者はいなくなった勇者であるかもしれないし、もしくは消失した聖剣であるかもしれなかった。そのままこの国が勇者と聖剣を失うようなことになれば大ごとだ。それは決してあってはならないことだった。
そういう事情もあって、昨日からは王宮各所の出入りの検問は厳しいものとなっていた。
王宮正門とは違い簡素な造りのこの裏門には、普段は二、三名ほどの門番しか立っていないのだが。現在は増員がなされ、倍の人数がそこに立つ。
武装した屈強で強面な門番たちが、厳しい視線を行き交う人々に向けているとあって、辺りは実に物々しい空気に包まれていた。緊張感の漂う雰囲気に、通行人たちもどこか落ち着かない様子で――……
「む」
――ふと、門番の一人がその視界に不審な動きをする者を捉える。途端、門番たちの間にピリリとした緊張が走った。
次の一瞬には、不審者の一番傍にいた門番が二人、一呼吸の間にその者との距離を詰めて――
周囲にいた人々が、唐突に場を駆けた門番たちにどよめき、身体を強張らせる中で――男たちは腰元の剣に手を――……
「…………なんだ……」
「……やれやれ……」
剣の柄を握りかけて。門番たちは憮然と肩から力を抜く。
がっくりため息をついた門番の一人がいかにも迷惑そうに語気を強める。
「………お前な……不審者ヅラもいい加減にしろよ!?」
凄まれた不審者――エリノアは……思わずビクッと後ろに飛び退いて。門番の言いように戸惑っている。
「!? お、おぉおはようございます……?」
裏門前の開けた広場をじりじりとビクビクしながらやって来た娘。そこでは裏門を潜ろうとする使用人たちが数人列をなしていたが、突然の騒ぎに皆何事かとエリノアを避けていく。
たった一人そこに残されたエリノアは、ビクビクしながら己に腹を立てているらしい顔なじみの門番を見上げた。
その有様は……両手は腹の前あたりでもじもじイジられているし、視線もきょときょとと動き、門番たちを上目遣いで不安そうに見ている。検問を前にして、この滴り落ちる汗も、緊張した足取りも表情も……はっきり行って挙動不審極まりないが……この娘の場合、それは今日に始まったことではなかった。
「おいエリノア……なんだ、また侍女頭様に怒られたのか?」
「また壺とかを壊したんなら、隠してないでさっさと申告した方が身のためだぞ」
カバンに隠しているのかと言われたエリノアはとりあえず、戸惑いながら「いや、壷じゃないです……」と答えた……
十代に入って早々に王宮に勤めだしたこの娘と門番たちとはもう長い付き合いで。
時々不審なこの娘は、不審だが、その裏にある理由がいつもしょうもなかったことを門番たちもよくよく承知していた。
「はー……もうお前はいつもいつも……今俺たちは忙しいんだ……変な動きで気をひくのはやめてほしい……なんだそのチョロチョロした動きは!?」
つい目で追っちゃうんだよ! お前は怯えたネズミか何かなのかと、門番の一人。
「まったくだ、その間に真の不審者を見逃したらどうしてくれる……」
「……わ!?」
やれやれともう片方の門番はエリノアの首根っこを捕まえると――そのまま門の内側にぽいっと放る。
「!? !?」
「ほらさっさと行け。上司に謝るなら早め早めだぞ、遅刻なんてしたら目も当てられん」
しっしっ! と、犬のように追い立てられて。門番たちはエリノアを完璧無視し、また門の外を睨み始めた。
……その相手にされないことこの上なさにエリノアが目を剥いて驚いている。
多分……気のせいでなければ、彼らが探しているのは、突き詰めると自分であるはずなのだが……
決死の覚悟でここまでやって来たというのに。もう少し怪しんでくれてもいいではないか。
エリノアは、背後できっちり荷物チェックをされている他の同僚たちを見ていささか微妙な心持ちになった。小物扱いがはなはだし過ぎるのではないだろうか。
「……。……。……ま、まあとりあえず王宮には入れそうでよかった……」
普段のそそっかしさがこんな形で役に立つなんて。まあ、彼らもかなりうっかりしすぎな気もするが、門番たちもまさかエリノアが勇者であるなんて思いもよらないのだろう。
「……世の中無駄なことって……ないんだな……」
それからエリノアは普段通りに侍女たちの居所で着替えをして、急いでブレアの住まいに向かう。
裏門を突破したことで少しだけ気持ちが楽になっていた。が、それでもやはり、どうにも身体の動きがぎこちなくなってしまうのは……周囲に漂う沈んだ空気のせいである。
王宮内はどこもかしこもしんと静まり返っていた。時折バタバタと慌ただしく衛兵や官たちが駆けていくのだが、彼らの顔も固く重苦しい。
ブレアの居所にたどり着いても、そこもやはり静かで。箝口令もあってか、仕事仲間たちも皆意識して無駄口を叩かないように気をつけているようだ。黙々と作業をこなす彼女たちの様子はいつになく暗かった。
「……ああ、エリノア来たの?」
作業部屋に向かうと先輩侍女が顔を上げてエリノアを迎える。
「お、おはようございます……」
エリノアの挨拶におはようと返してから、先輩侍女はあのねと言った。
「あのね、例の話は知ってる?」
「あ……えっと……」
そう問われて、エリノアは緊張気味に頷いた。箝口令はあるが、エリノアがタガート家に養子に入った話はきっともう広まっているはずだった。将軍家と繋がりがあるエリノアが既にその話題を知っていてもおかしくはない。事実……すでにエリノアは、昨日乗り込んできたルーシーにその話を聞かされている。
「……例のものが……抜けたって……」
「そう、そうなのよ……そうなんだけどね……」
先輩侍女はエリノアに、聖剣消失後の王宮での顛末について聞かせてくれた。
やはり、エリノアが休んでいた間王宮は大騒ぎになっていたらしい。
それで、と先輩侍女。
「今日はブレア様、お部屋にはお戻りにならないかもしれないわ……」
彼女の言葉に、え? と、エリノアが瞬く。聞けば、昨日の朝、聖剣の消失判明以降ブレアは一度もこの居所に戻ってきていないらしい。
「この騒ぎでお忙しくなってしまわれたの。お休みになられる時間も取れないんでしょう」
ため息混じりの言葉にエリノアは罪悪感に胸を突かれたような気がした。
「…………ブレア様、大丈夫なんでしょうか……」
いささか沈んだ調子でエリノアが問うと、先輩侍女は苦笑する。
「まあ、大丈夫でしょう。あの方は普段から鍛えておいでだし、オリバー様たちもついているから体調管理にも気を配られるでしょう。そうそうのことではお倒れになったりはしないわよ」
「……」
「昨日、宮廷のほうの執務室に衣類をお届けに上がった時、侍従に王子のご様子を聞いたけど、普段通りだったそうよ」
「……そうですか……」
しかし心配ないという先輩侍女の言葉にも、エリノアの心は晴れない。この騒ぎの元はエリノアである。ブレアだけでなく、王宮のすべての人々に迷惑をかけていることをまざまざと感じて。とても心苦しかった。
「…………」
「あらあら、そう深刻な顔しないでエリノア。私たちが気を揉んだって仕方がないのよ。王宮内はひっくり返したような騒ぎで仕事もどうなるかわからないけど……とにかく私たちはここで普段通りに職務にあたりましょう。お疲れになったブレア様がいつ戻ってこられてもいいようにね」
「……はい……!」
先輩侍女の言葉にエリノアはグッと奥歯を噛むと、ぶんぶんと頭を縦に振った。
ひとまず今エリノアが国のために出来ることはそれしかなさそうだった。せめて己の仕事は万全にしようと決意する。
そうしてエリノアは鼻息荒く掃除道具を担ごうとする。と……ああそうそうと先輩がエリノアに顔を向ける。
「あなたのことをハリエット様がお呼びだったわ。暇な時でいいから顔を見せて欲しいそうよ」
「王女様が……? ご予定がおありのはずでは……」
一昨夜王女と話をした時は、今後は王太子と様々な行事に参加するから忙しいと言っていたのだが――
先輩侍女は困ったように笑いながら言う。
「この騒ぎですからね、いろいろと行事も延期や取りやめになって。滞在中のお客たちも多くが帰国を延ばすことにおなりなのよ。今下手に出国して“あれ”を持ち出したと疑いをかけられても困るでしょう?」
「そうなんですか……?」
それを聞いたエリノアの目は瞠られて眉がしょぼんと下がる。
こんな事態に巻き込まれてはハリエットもさぞ困っていることだろう。
脳裏には、可憐な王女が愛しい王太子にも会えず、楚々と泣き崩れ、「どうしたらいいの?」と、嘆く様が思い浮かんだ……
「…………」
「今日はブレア様がいらっしゃらないから重要な仕事は少ないし……あらかた片付いたら行って差し上げなさい」
「……わっかりました!」
エリノアは拳をぐっと握り、しっかりと頷いた。
急に気合に満ちた顔で自分を見返すエリノアに、先輩侍女がやや不審そうな顔をしている。
そんなこととは知らず……エリノアは胸に誓う。
(…………お役に立つぞ!)
侍女魂に火が着いた。
……おそらくエリノアは……
弟属性生物だけでなく、か弱げな女性にも弱かった……
お読みいただきありがとうございます。
散々な言われようですが、これでも門番たちには(生)温かく見守られて来たはずですよ、エリノアは(^_^;)
…そしてヴォルフガングは、今現在どこから監視しているんでしょうか…




