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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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10 乱入、お姉様 ②

 

 で、と赤毛の令嬢は作業台の椅子に腰掛けて、ため息をついた。


「実は今、王宮が大変なことになってるらしいのよ……」


 台の上に肘をついて、ルーシーが言った言葉にエリノアはビクッと身体を震わせる。

 隣にいるテオティルを盗み見てから、ルーシーに先を促した。


「そ……それは一体……」

「パパが今朝早くに王宮に呼び出されて。使者の話では……どうも、抜けたらしいわ」

「ぬ、抜けた……?」


 エリノアの喉がゴクリとなる。

 しかしルーシーは、彼女にしては珍しく言葉をにごした。


「ま、箝口令もあるらしいしあまり明言できないんだけど……でも王宮で働いているあんたになら分かるでしょ? 王宮で抜けて、パパが朝っぱらから呼び出されるようなものなんて一つしかないじゃない」

「………………」


 ルーシーはそう言ってリードが淹れてくれた茶を口に運ぶ。……そのリードは、既にブラッドリーと店の表に戻り、もうここにはいない。

 義姉妹の喧嘩が、どうやら単なるじゃれ合いだと彼も判断したらしい。

 いがみあうエリノアたちに「ゆっくりやってくれていいから」と微笑み、今ルーシーが美味そうに飲んでいる茶とお茶うけを置いて行ってくれた。

 その表情はエリノアたちがここに来た時とは比べ物にならないくらいに明るくて……

 暴れそうな令嬢のために荷をどかしてスペースを作ってくれたり、置いて行った茶の上には埃が入らないように布巾をかけて行ってくれたりと……彼はいちいち優しい。

 そんな青年を前にしては、さすがのルーシーも騒ぎ続けることは出来なかったようで……


 そうして、じゃあそろそろ俺も仕事に戻るから、というその去り際に……リードは、はにかむような笑顔をエリノアに向けて――……

 それが、今日まで彼が自分に見せていた笑顔とはどこかが違う気がして……

 エリノアは、なぜか頭から湯気が出そうなほど恥ずかしかったのだった……



 さて――


 それはともかくとして。

 ルーシーから聞かされた話に、エリノアは黙りこんで長いため息をついた。

 そうか……もう聖剣不在が発見されたか……では、きっと王宮は大騒ぎに違いない。

 エリノアは無言のまま隣を見た。

 その聖剣は……エリノアの隣に椅子を引きよせて座り、目の前に置かれた茶器の中でゆれる琥珀色の液体を物珍しそうに見つめている。エリノアはげっそりした。

 ルーシーは声をひそめる。


「ここだけの話……どうも何かおかしいのよね……」

「お、おかしいとは?」

「詳しい話は聞こえなかったんだけど……あれはどうも祝事って感じではなかったわね……“それ”が抜けたんならもっとお祝いムードでもおかしくないじゃない? ……きっとあれは何かあったんだわ」


 鋭いルーシーにエリノアはひやひやした。なにぶん……令嬢の目の前にその“それ”がいるもので。

 どうしても顔がぴくぴくと引きつるのを抑えられない。


「(ぅ……うぅ……)えっと、な、何かって……?」


 しかしエリノアが問うと、令嬢は「さぁ?」と肩を竦める。


「それはわからないけど、使者の様子は王宮内の混乱が伝わってくるようだったわ。もしかしたら、抜けたものの、聖剣に剣身がなかったとか? それとも抜いた勇者がとんでもないやつだったとか?」

「………………お嬢様……箝口令……」

「面倒臭い」


 堂々と「聖剣」と語り出した令嬢に、エリノアは胸中の動揺を隠し、一応突っ込んでみた。が、すぱっと切り捨てられる……


「ほら、今は昨晩の舞踏会の来賓が沢山王宮に滞在中じゃない? もしかしたらその内から勇者が出たのかも……」


 と……ルーシーの言葉に厳しい顔をしたものがあった。

 

 ――テオティルである。


 テオティルはムッとした顔で、カチリと手にしていた茶碗をテーブルに置く。


「違います。勇者がとんでもないやつだなんて……我が主人はそんな――」

「は?」

「ぎゃ! テオテオテオ!」

「エリノア様……?」


 飛び上がったエリノアは、立ち上がると、テオティルの両肩に手を置く。

 そしてそこをぐっとつかむと、美しい顔に、己の顔を迫らせる。


「帰りに飴買ってあげるからね……ちょっと黙っとこうか……?」


 その顔に隣のルーシーは「……相変わらずの怪奇顔ねぇ」と呟き、テオティルは「飴ってなんですか?」と首を傾げている。

 そんな青年を見て、ルーシーは訝しげな顔をした。


「……それで……この優男はなんなのよ……無駄に美形すぎて目に刺さるんだけど……」

「え……えーと、えーと、実は彼……アンブロス家筋の私の親戚で……」

「……アンブロス家?」


 途端にルーシーの眉がグイッと歪む。


 アンブロス家とは、王都から東の地方に小さな領地を持つエリノアの父方の親戚である。彼らは昔、トワイン家の姉弟を見捨てたこともあり、ルーシーは彼らをよく思ってはいない。

 ルーシーのテオティルを見る目はあからさまにガラが悪くなり、激しい敵意にエリノアは慌てて手を振りながら昨晩考えた言い訳を口にした。


「ち、違うんです、あの、テオはアンブロス家から家出してきて……! 昔、親しかった私たちを頼って来てですね……ちょ、お姉様そんな睨まないで……!」


 エリノアが、どうどうとまるで獣をなだめるように令嬢の背を撫でると、ルーシーの目がいくらか……手負いの猛獣から警戒中の鷹……くらいまでに落ち着く。


「……家出ぇ……?」


 でもその目はまだ鋭くテオティルを睨んでいて……が……

 不意にその目が、すん……と棘を抜いた。


「……ま、あんなムカつく家からは逃げ出したいっていう者がいてもおかしくはないわね……ふん」

「…………」


 ……付き合いの長いエリノアには分かった。

 万年反抗期令嬢は、「家出」という反抗ワードにある種のシンパシーを感じたらしい……

 そうなの、案外見所あるわね、と……令嬢は落ち着きを取り戻し茶を口に運んでいる。

 あらでもと令嬢が気がついたように顔を上げる。


「じゃあ何よ、今からあの家で三人で暮らすの?」


 魔物たちの存在を知らないルーシーは呆れたようにそう言った。

 その言葉に、エリノアの脳裏には……ふくよかなコーネリアグレースや、小悪魔顔で笑うグレン、もふっと仏頂面のヴォルフガングやほのぼのお茶をすする老将たち……で、パンパンの我が家が思い浮かんだが――……


 ふっとエリノアは、達観したような、諦めのような影のある顔をする。


「…………、……ええ、まあ……そうですね……」


 頷いて見せると、令嬢が心配そうに眉をひそめる。


「はぁ、だったら余計タガートの屋敷に来ればいいのに……もうあんたはうちの子なのよ? ブラッドリーをつれていらっしゃいよ。それ(テオティル)も連れてきていいから……まあ、お母様が面倒なのはわかるけど……」

「あ、あはは……」


 それを聞いたエリノアは、その素直ではないがとても優しい義姉に引きつった笑いを浮かべて見せる。

 ……ありがたい話だが、とてもではないが、魔物と聖剣引き連れて人様の家にご厄介になる勇気はなかった……










お読み頂きありがとうございます。

むらっけあって申し訳ありませんが…更新できる時に更新! の精神で頑張ります。

そろそろエリノアを王宮にいかせないとですね…

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