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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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9 乱入、お姉様

 

 強張った顔、薄くぽかんと隙間のあいた唇と、自分を見つめたまま動かない緑色の瞳。

 いつもの自分なら、こんなにまじまじとエリノアの顔を見られなかった。見ているうちに、だんだん惚れ惚れしてしまって……そのうちそんな自分が無性に恥ずかしくなってしまうのだ。


 でも、気持ちを白状してしまうと、どこか開き直りが生まれたのか……もうそうしてもいいような気がして。

 ぽかんと自分を見たまま動かない娘の顔を、リードは可愛いなぁとしみじみ見つめた。と、ふいに苦笑がもれる。


「何もそこまで固まらなくても……」


 声をかけるとハッとしたのか、エリノアが瞳をきょときょと動かしはじめる。


「リード私……」


 エリノアが口を開き、戸惑ったように言葉をとぎらせると、リードはクスッと笑ってエリノアの頭を撫でた。 


「ごめんな困らせて」

「いや、困ってるっていうか……」


 リードの言葉の語尾に切なそうな響きを聞いて、エリノアはそう返す。

 エリノアは別にリードの気持ちが迷惑なわけではない。ただ、予想外の出来事にどうしていいか分からないのだ。

 リードは長らくエリノアの“兄貴分”であり、みんなの“お兄ちゃん”だった。誰にでも優しいこの青年が、自分を特別に思っているとは……だって、そんなの厚かましいではないか。リードはみんなに親切で、みんなに慕われていて。

 エリノアは長年モンターク商店に出入りしている。だから、店に毎日のように顔を出す若い娘を全員知っている。

 彼女たちは、なるほどリードに会いに来るために皆努力してるんだなと薄々分かるくらいにいつも綺麗で可愛い。リードを見上げる頬は薔薇色で……

 そんなせっせと通い詰めているお嬢さんがたを差し置いて、リードは自分が好きなんだしな……とかずうすうしくも思えるほどエリノアのツラの皮は厚くない。

 それらを走馬灯のように一瞬で思い出した彼女の頭の中は、疑問で埋め尽くされ、再びしゃべるべき言葉を見失った。


「……………………」


 再び黙りこんだエリノアに、リードは「ごめんな」ともう一度言って。


「お前は、もうその人との結婚話しがうまくまとまったのかもしれないけど……」

「………………ん?」

「困らせてごめん、でも、何にもしないでいるってのは無理みたいだから」


 穏やかに微笑まれて、エリノアは……しばしの思考停止のあと、緊張した手のひらをギギギと軋む動きで挙手をする。


「……あの……」

「ん?」


 娘の顔は耳まで真っ赤だった。

 が、その表情は訝しげで、強張った表情をしている。

 彼女の困惑は当然だ。だが、そうであって欲しいと思う。フラれる可能性は高いかもしれないが……それでも、ただの兄貴分としてエリノアの心に引っかかりもしないままになるのは嫌だった。一時でも、エリノアに、自分のことを真剣に考えてほしかった。


 しかし、エリノアの言葉は少し彼の予想を裏切る。


「リード…………私……この子とは……結婚……しないよ……?」

「え?」※リード

「?」※テオティル


 エリノアが強張った顔で言うと、指さされた聖剣が、すかさずきょとんと「結婚ってなんですか?」と言う。

 今度はリードはぽかんとして……


「えっと……じゃあ同棲……?」

「…………えぇっと……つまりそれは……」


 リードの反応に、エリノアは額を押さえて言った。

 突然の告白の意図がなんなのか。懸命に混乱した頭の中身を解きほぐそうとしている。


「つまり――私がこの子と、“恋愛”してるのかっていう――……」


 ――しかし……言いかけた時だった。

 残念なことに……運命の女神は彼女たちの間に横たわった誤解を解くいとまを与えてはくれなかった。


 カカカ……ッ! と恐ろしくキレのいい足音。

 街中に覇気を振りまき畏怖を生む美麗な姿。

 その影は――モンターク家の裏口の前に仁王立つと――拳を握りしめ、目の前の木戸を叩き割らん勢いで殴りつけた。


「エリノアぁあああああ!!」

「っヒィ!?」


 途端、ばきっっっ! ……と、破壊されそうな勢いで開かれた扉が壁にぶち当たる音がした。

 同時に上がった怒号に、エリノアが縮み上がる。

 リードもテオティルも目を丸くして驚いている。……が……エリノアには分かっていた。こんな登場の仕方をしてくる者は、ただ一人である。


「――ルーシーお嬢様!!」


 驚いた勢いで床に転がったエリノアは、振り返って怒る。リードの告白でドキドキしていた心臓が、斜め後ろ、ねじれて飛んできた、みたいな突然の攻撃に、胸を突き破りそうに鳴っている。

 というのに……

 その破壊王然として現れた令嬢は、戸口で腰に手を当てて、エリノアに鬼のような顔を向けている。

 顎がやや上を向き、冷たい目がジロリとエリノアを見下ろして。そしておきまりのセリフを叩きつける。


「お姉様って呼びなさいって言ってるでしょう!? 何回言ったらわかるの!?」


 その言い草にはエリノアがキャシャー!! と、怒ったマングースのような顔をした。


「いいいいきなりなんですか! びっくりしすぎて心臓止まるかと思いましたよ!」


 エリノアは真っ赤な顔で立ち上がると、キー!! と、戸口で踏ん反り返る義姉に立ち向かっていく。もちろん顔の赤らみは、ルーシーに怒っているからだけというわけではないが。


 ルーシーは突進してきた義妹の両頬を無言で、ワシっとつかむ。そのままムキッと頬を横に引っ張られたエリノアが、再び珍獣のような声をあげて怒る。負けじと義姉の頬に手を伸ばす――が、エリノアとは違い、運動神経抜群の令嬢にそれを避けられたエリノアは、頰をつまみ上げられたまま悔しそうに令嬢の胸をぽかぽか殴りはじめた。


「びっくりした! びっくりした!!」

「……おだまり、馬車の御者に聞いたわよ……昨日夜、家に若い男が押しかけて来たんですって!? 家に連れこんだそうじゃない! どいつなの!?」


 ルーシーはエリノアをあしらいながら、ギロリと傍で呆然としているリードとテオティルを睨む。


「……」

「?」


 睨まれたリードは、多分こいつのことだよなぁという微妙そうな視線で聖剣を見る。夜ということならば、昨晩リードがトワイン家の姉弟に会った後のことなのだろう。そんな夜更けに家を男が訪ねて来たと聞いてはいい気はしなかった。やはり二人の間には何かがあるのは確かなようだ、とリードはため息をつく。


 しかし当事者たるテオティルは……邪気のない顔でルーシーを見ていた。

 主人は突然乱入して来た娘に頬をつねり上げられているが……


「…………」


 テオティルは涼やかな瞳を言い争っている娘二人のほうへ向けた。そしてじっと見て――……

 ちーんと彼がはじき出した答えは。


『問題なし』


 聖剣の独特の観点から言えば、二人はとても仲が良さそうだと判断された。ルーシーの鬼のような顔を見てさえもなお、テオティルはにこりと笑い、

「楽しそうですねぇ」と、花でも飛ばしそうな顔でのたまっていた……


 そんな吞気な配下(?)の前で……エリノアは恥ずかしさも手伝って、半ギレ半ベソでルーシーと“義姉妹喧嘩”を繰り広げている。


「人様の住居の扉を殴りつけるなんて……もっとおしとやかにして下さいっていつも言ってるでしょ!? お嬢……お姉さまはとにかく人より大人しくしてやっとお転婆レベルなんですよ!? またおじさまを泣かせるおつもりですか!」

「あんたこそ……! ちゃんと“お父さま”って呼んであげないとパパがガッカリするじゃないの! パパったら……あの髭面筋肉が! あんたがいつそう呼んでくれるかな……? ……って楽しみにしてるんだからね!?」※ルーシーがそう呼んでくれないから。


 で、私の妹に手を出した野郎はどこなのよ!? ――と……吠えるルーシーと、

 髭面筋肉とか言っちゃ駄目でしょ!? と……真っ赤な顔で叫ぶエリノア。


 そんな二人を見守りながら、リードはやれやれとため息をついている。


「……」

「リード……」

「お、ブラッド」

「……なんなのあれ……」


 騒ぎを聞きつけたのか……店の表から怪訝そうな顔のブラッドリーがやって来た。

 姉と令嬢の様子に呆れたような顔をしている少年に、リードはいやー……と笑う。 


「なんか、エリノアに好きだって言ったらこうなった」

「…………………………!? ……えっ!?」

「あはは」


 リードの言葉に目を見開くブラッドリー。驚きの顔で青年を見上げると、リードはスッキリとした大らかな笑顔でエリノアを見つめていた。

 殆どフラれる前提で告白した青年は、ひとまず……エリノアの「結婚しない」と言う言葉に安堵していた。


「……ところであの女の人誰だったっけ?」




お読み頂きありがとうございます。

皆さま台風大丈夫でしょうか…

私は前の台風が怖すぎて、今回の台風が来る前から緊張でお腹が痛かったです…

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