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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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8 意気地

 エリノアは、はっきりいってうっかりしていた。


 というか、扉の中にいるだろうリードのことが心配だったし、彼が昨日暗い顔をしていたわけを考えると気が気ではなくて。

 もしや、昨夜堂々と魔法を使って見せたコーネリアグレースが魔物だとバレてしまったのか。もしくは弟のことか……それでなければ聖剣のことが……


 あまりにも、不安を感じる要素が多すぎた。

 そんな心配をおいて、足が見えるとか見えないだとか、そんな小事について考えている余裕はとてもなかった。

 だいたい――ここまで来るまでに、誰もがテオティルばかりを見てエリノアのスカートの中身になんて興味を示さなかったわけだから、それが些事と片付けられたのも仕方がない。もうすでに、幼児にスカートつかまれているくらいの感覚だ。


 そんなエリノアが。

 おそるおそるモンターク商店の裏口を軽くノックしてから開くと、その奥にすぐリードの姿が見えた。

 倉庫の中に立ち並ぶ棚の間にある作業台。その傍にいたリードは昨夜同様思いつめたような表情をしていた。

 エリノアは一瞬迷う。

 なんと言って声をかけたものか。そう逡巡していると、リードが彼女たちに気がついて。彼は――……


 あっけにとられていた。

 おずおずと戸口から顔を出したエリノア。その後ろには、彼女に密着するように立つ男。その際立って目立つ容姿にリードの顔がこわばる。――それが、昨晩エリノアの隣にいた男だとはすぐに分かった。

 男はエリノアの背後から倉庫の中を不思議そうに覗きこんでいる。その手が――何をつかんでいるのかを目にしたリードはざっと顔色を変えた。

 彼のほうから見ると、それはまるで、男がエリノアのスカートを持ち上げ身体を押しつけているようにしか見えない。


 リードは息を吞んで。

 エリノアの口が意を決したように「リ」と動いた瞬間に、彼は怒ったような顔で来訪者たちに駆けよった。


「ちょ……っ、何してんだあんた!」

「わっ」


 リードはエリノアを男から引き剥がすように自分のほうへ引きよせた。

 そのまま庇うように抱きしめられたエリノアは目を白黒させて。リードはすぐさま真っ赤な顔でエリノアのスカートの裾を直している。聖剣はそれをきょとんと見ていたが――次の瞬間、ムッとした顔をする。


「私のゆ――」

「!? わぁああああ!」


 テオティルが『勇者』と口にしようとしていることを察したエリノアがぎょっとして飛び上がる。


「!? ノア!?」


 エリノアは叫んで。慌ててリードの腕を振りほどき、主人を奪われてムッとしているらしい聖剣テオティルに向かって飛びかかった。


「テオ! エリノア! エ・リ・ノ・ア!」


 エリノアは必死でテオティルの口を押さえているが、飛びかかられた彼は幸せそうな顔をしている。どうやら……自分の腕にエリノアが戻ってきたのが嬉しいらしい。

 かたや……エリノアに逃げられたリードのほうはといえば、言葉を失って。唖然と目の前の二人を見ていた。

 と――エリノアが厳しい顔で、さぁと言った。


「やり直し、テオ、私は誰?」

「はい。私のエリノア様です」

「!?」


 男はなんの躊躇もなく“私の”と言って見せた。聖剣としてはそんなつもりはなかったが、自然、エリノアを我がものと強調したような形となった。

 嬉々とした言葉を聞かされたリードは唖然としているが……そんなこととは知らず、エリノアは頷いた。とりあえず、名前はあっていた。


「よし、正解」

「せ、正解……?」


 リードには、それが男の発言に異論がないと言う意味に聞こえて。

 しかしのんきにも。エリノアはひとまず危機を脱した気でいるらしい。ふう、と額の冷や汗をぬぐい、息を吞んだまま固まっているリードを振り返る。


「リード、えぇとこの子、親戚のテオティルよ。昨日あったよね?」

「…………親戚? 名前……昨日は……セイケって言ってなかったか……?」


 聞きたいことは山ほどあったが……リードはひとまずそれだけを絞り出した。

 エリノアはええと、と、そらとぼけて、きっとそれは聞き間違いだろうと否定する。

 対してリードも……この時はとても男の名前どころではなくて、そうかと頷くだけにとどまった。

 動揺のあまり、昔エリノアが同じ名前のガチョウを可愛がっていたことも思い出せなかった。


 それで、とエリノア。


「この子事情があってしばらくうちにいることになったの、よろしくね」

「いえ……? え? 一緒に住むってことか!? お前たちの家に!?」


 うんまあそうと、何やら曖昧な返事を返されたリードは目を瞠った。


(…………)


 絶句した。

 何せリードは、テオティルをブラッドリーが言っていた“エリノアが気になっている男”だと思っている。

 いくら男が親戚だと言われても、同じ家で寝起きするなどと聞かされては心穏やかではいられなかった。


(……もう、同居……いや、同棲ってことか……?)


 まさかとリードは息を吞む。もしかしてこれは、結婚も間近ということなのか。

 リードは急に目の前が真っ暗になったような気がした。


「ちょ……ちょっと待ってくれるかエリノア……」


 昨日の一件もショックだったが、あまりの急展開に頭がついていけない。


「おま……、いや……」

 

 リードは思わず額を苦悩するように手で押さえる。

 傍の棚に手を突いたかと思ったら、急にうなだれた幼馴染に、エリノアがぎょっとする。


「え、何リード、どうかした……?」


 彼女は慌てた様子で駆けよってきて……その背後には当然といわんばかりの顔で、男がぴったりとより添ってついてくる。

 それを見たリードの胸はいっそう苦しくなった。それは、彼自身も予想だにしないほど、絶望的な気分だった。


「…………」

「……リード?」


 それでもリードは、娘が気づかうように顔を覗きこんでくると、いや、と苦く笑ってみせる。

 エリノアに何か言ってやりたいのに言葉が見つからない。そればかりか気力が怒濤の勢いで消えていく。


(どうしたらいいんだ、これ……)


 誰かにより添うエリノアなど見たいはずがなかった。リードは今すぐここから立ち去りたい衝動に駆られるが、けれどもそれも情けないような気がして。グッとその場に留まった。


(……エリノアがせっかく幸せをつかんだんだから……祝福してやらなきゃな……)


 ずっとエリノアの幸せを願ってきた。

 だからこれからも、これまで通り兄のように見守って行けばいいだけのことだ。

 彼女が別の男を見ていても、活き活きと生きる姿をこれまで通り見ていられれば。

 これまでずっと傍に居続けたのに、うだうだと何もできず、気持ちを告げることすらもできずにここまで来てしまった。そんな自分にはそれが似合いのような気がした。


 ふと、脳裏には、出会った頃のエリノアの姿が思い浮かんでいた。




「…………」


 エリノアは急に黙り込んでしまったリードを見て不安になる。

 テオティルを紹介した自分の言い方はどこか間違っていただろうか。ハラハラと見ていると、不意に、リードが表情の凪いだ顔でつぶやいた。


「……そうだよな……」

「リ、リード? あの大丈夫?」


 その自嘲気味にも見える顔に、エリノアが眉をひそめる。

 どうしたのか聞こうと口を開くと、それよりも早くリードが顔を上げてエリノアを見た。


「ノア」

「ん……なぁに?」

「あのさ……昔、俺たちが出会った頃のこと覚えてるか?」

「へ? ええと確か、私が前の屋敷の台所でメソメソしてたら……リードが、どうしたのかって聞いてくれて、それから会うたびに毎回大丈夫かって聞いてくれた」

「……うん」

「次に声かけてくれた時は、宝物のカマキリを見せてくれたよねぇ……」


 当時、突然立派な鎌を持った節足動物を手のひらにのせられて、飛び上がって悲鳴をあげたことを思い出したエリノアは、ふっとやや虚ろな目で笑う。なかなかの箱入り娘だったエリノアにとっては、それは結構な衝撃的事件だった。


「あれは……怖かった……」

「いや……あれはお前が本物を見たことがないって言うから…………ごめん……」


 リードはきまりが悪そうな顔で少年期の過ちに頭を下げた。その後頭部にエリノアが笑う。


「でもあれで涙も吹っ飛んだのよね」


 その次からは、毎度薬を取りに行く台所で出会うその少年が、もしまた虫を持ってきたらどうしようとビクビクしていたエリノア。警戒しすぎて泣いている余裕がなくなったのだが……

 かと思えばその少年は、次に顔を合わせると、今度は虫ではなく美味しそうな焼き菓子を持ってきてくれて……

 そこからは、エリノアもだんだんとリードに懐いていった。

 忙しすぎて外に自由に遊びに行けないエリノアにとっては、野原の虫や鳥のこと、街のこと、商売のことなどに詳しいリードは尊敬の対象だった。……彼はエリノアが嫌いな虫を鷲掴みにもできたし……(これには当時エリノアは賞賛の嵐をリードに贈った……)


「……リードは昔っから頼もしかったし優しかったよね」


 思い出して心が和んだのか、エリノアは笑い、気にかけてくれて嬉しかったと懐かしそうな顔をする。

 その顔を見て、リードは……大きく大きくため息をついた。

 それから青年は、もう一度、「そうだよな」とつぶやいた。


「……俺……やっぱり全部ちゃんとしてからにするわ、このままじゃ……ちょっと俺、情けなさすぎだ……」

「ん?」


 エリノアがなんのことだろうという顔をする。


「そうでないと、この絶望的な感じも晴れそうにないし……それに、俺、見守るのは得意だからいつでも出来そうだしさ……いまさら遅いかもしれないけど、今しかない気もするし……」


 とうとうと自らに言い聞かせるようなリードの言葉に、エリノアは、ごめん分からない、と困ったように小首を傾げる。


「えぇと……リード?」

「いいんだ。わかるようにして来なかったのは俺のせいだし。お前も昔、顔を見てちゃんと伝えなきゃ駄目だって言ってたのにな……」


 その言葉を聞いたあの時、自分は変われたはずが、肝心な所で意気地がなかった。

 苦笑するリードに、エリノアは不思議そうだ。わずかに傾けられた頭、ぱちぱちと瞬く黒い睫毛を見ながら……リードは、あのさと言った。

 どこか晴れやかな声で。


「リード……?」

「エリノア俺さ、お前を取られたくない。誰にも」

「…………へ?」


 娘に食い入るように見られたリードは、恥ずかしそうに笑う。


「俺、お前が好きだ」


 途端、エリノアが動きを止める。


「……………………え……?」


 その見開かれた緑色の瞳を覗きこみながら、リードは念を押す。


「もちろん妹分とかじゃないぞ、連れ添いたいっていう意味だからな?」

「…………………………え? え?」


 それは、実にあっけらかんとした言葉だった。

 これまでの長い長い葛藤の時がまるで嘘のように。それはすっきりとリードの口から出て行って。傍には当然銀髪の男もいて、きょとんと彼らを見ていると言うのに。不思議と気にならなかった。

 そのことにはリード自身も驚いた。

 ぽかんと自分を見上げるエリノアの顔を見て、そりゃあそうだよな、と……どこかおかしくて。

 言ってみれば案外簡単だったなともしみじみ思う。

 それはそうだ。どれだけ想いが複雑でも、言葉にしてしまえばそれはたった数文字のこと。


 リードはその長らく言えなかったその言葉を、もう一度、言った。


「好きだよエリノア」


 ……お前がとても。

















いつも誤字報告ありがとうございます。


都合によりチェックは後ほど。

…誤字脱字あったらごめん、ごめんよリード……;

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