7 ――それ駄目だろ!? と、リードは思った。
「…………」
ホウキを睨みながら床をはいていると、にゃぁんと黒猫が足元へまとわりついてくる。
その澄ました顔を見て、ブラッドリーは目を細める。
店内には他に人気はなかった。店主が店の表で客の相手をしていて、楽しそうな声が聞こえる。あの会話の弾みようならしばらくはこちらに気が向くことはないだろう。
「……なんだ、猫のような真似を……」
冷たく言うと、猫はブラッドリーの片足の向こうから、えへっと笑う。
「ねえ陛下、お気づきですか? 店の裏で姉上とあのやな奴がウロウロしてます」
やな奴とはもちろん聖剣のことであろう。ブラッドリーはため息をついて、ああ、と頷いた。
「リードの様子でも見に来たんだろう。……いらぬことをするなよグレン」
姉がどうして聖剣を受け入れたのかという経緯は、昨晩すでにコーネリアグレースから聞かされている。
釘を刺された黒猫は口を尖らせていたが。不満なついでに聞いておくかとでもいいたげな顔でブラッドリーを見る。
「……陛下、どうして“ブラッドリー”のふりをするんですか? 本当はもうほとんどダスディン様ですよね? 言葉とか……何も人間の子供のふりなんかしなくても」
黒猫はするりと身軽に傍の棚の上に飛び乗ると、そこからブラッドリーの瞳を覗き込んでくる。
そんな配下をブラッドリーはちらりと一瞬だけ見返した。
「……別にふりなどしていない。私は、ブラッドリーだ。ダスディンとしての記憶がそこに混じってしまっただけで、私がブラッドリーであるということは変わらない」
ただ、魔王として生きた記憶を得て、精神が大きく変化した。
幾千もの年月の記憶を獲得した者が、少年のままでいられるわけがない。
「……だが、急に言動が変わっては不審だろう。事情を知らぬ者たちに疑念を抱かれるのは面倒だ」
ブラッドリーは静かにそう言って、黒猫から身体をそむけて丁寧にホウキで床を掃き進める。
そっけなく言われたグレンは、王の背後ではーんと笑う。ようするに、王はリードたちを驚かせたくはないのだろう。
「ご友人想いですねぇ」
「…………」
明らかに、恐れを知らないグレンの言葉には、揶揄するような、呆れたような響きが感じられて。そのことに憮然とするも、ブラッドリーはそれ以上の反応を見せなかった。
自分は、今はまだここで生きていたい。
まだ、リードの素直な弟分であり、そして、――姉の弟でいたかった。
怖がられたくない。以前のままで接して欲しい。リードと、エリノアにだけは。
「…………」
「陛下?」
暗い顔で手を止めたブラッドリーの足元にグレンがやって来る。
「おかしなものだ……私の存在は恐怖そのものであったはずなのに……」
昨晩の凶行も悪いとは思っていない。己の敵を排除するのは当然のこと。
過去には、もっと恐ろしいことも、魔王の名に相応しいような行いもあった。だが、
「……」
「今もそうですよ。なろうと思えば人の世も魔の世も恐怖で支配できましょう」
ゴロゴロと足にすり寄って来るグレンに、ブラッドリーは――……苦笑する。
「ほあ……?」
己に笑ってみせる君主が珍しくて、グレンが青い瞳をパチパチさせている。
そんな配下に、ブラッドリーはそれはないと断言する。
「……ここに姉がいる限り、私にそれはできまい」
その複雑そうな笑みを見て、配下は目を細め、面倒臭そうな顔をする。
「はー……姉上ったら……どこまでも足枷だなぁ。ではやはり、先に姉上の闇落ちを狙うしかありませんねぇ……」
神妙な顔のグレン。
「陛下、お願いですから魔界から淫魔を召喚してくださいよぉ、できたら物凄くイケメンに化けるのが得意なやつをー」
「…………あまり余計なことをすると、次はお前の妹たちをこちらに呼び寄せるぞ」
「え、めっちゃ嫌だ」
真顔で、全員だ、と言う王に、グレンは慌ててぴゃーっと逃げ出した。
――同じ頃のモンターク商店倉庫。
おずおずと開かれた裏口の戸。そこから現れたしおしおと気まずげな顔をするエリノアに、その顔を見て一瞬焦りを見せたリードは――……
娘の背後に、すらりと立つ男を見つけ絶句する。
銀の髪を後ろで結わえた清らかな容姿の男。まるで陶器の人形か何かのように平静そのものの、その顔の、下で――
男の白く長い指先は、エリノアのスカートをしっかりと、握りしめている……
…本日短めです。
お読み頂きありがとうございます。さくさく楽しく行きたいです!o(・ω・´o)(願望)
コーネリア仔沢山です。グレンには、女豹母の口うるささを受け継いだ妹がいっぱいいます。
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