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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
9/365

9 リード

 もう日も暮れかけの頃。

 エリノアは城下町を歩いていた。

 メイド服からモスグリーンの私服に着替えたエリノアは、少し賑わいの引いた雑踏の中を、とぼとぼと覇気のない足取りで進んで行く。

 その頭には何故か地味な鼠色のショールがぐるぐるに巻かれている。とても滑稽だ。すれ違う人が皆、なんだあれはという目でエリノアを見ている。


 あれから。

 ブレアの前から退散したあと、エリノアはその足で急いで王族の主治医の下へ駆けこんだ。

 そうしてややコソコソしながらも、慌てて部屋を出て行く主治医たちのあとを追い、ブレアの様子を見に戻ろうと──したのだが。運悪く侍女頭に見つかってしまい『さぼるな』と仕事に連れ戻される。

 しかし、エリノアは具合の悪そうだった王子のことが気になって……

 幾ら今は彼の前に行くべきではないとはいえ、目の前で青い顔をしていたのだ。その後の彼の具合がとても気掛かりだった。

 あんなことがあったあとで、まさか堂々とは王子の前に出て行けないが……遠目でもいいから様子を見に行けないだろうかと、エリノアは懇願したが……

 侍女頭には、『主治医に任せなさい、お前が行ってなんの足しになるの』と至極尤もに切り捨てられた。

 結局そのあとは王子の様子は見に行けなかった。


 エリノアは仕事をしながらも、とても気が気ではない。

 ──もしかしてと思った。王子が体調を崩したのは私のせいではないだろうか。

 王子は、長年夢見てきた聖剣の勇者の座が、こんな吹けば飛ぶような存在の娘に奪われたことに怒り心頭のあまり倒れたのではないか。

 もしくは、彼の理想の勇者像と自分とがかけ離れ過ぎていたショックで気分が悪くなってしまったのかもしれない。どちらにせよとても責任を感じる。

 しかし──……

 その後、仕事を終えたエリノアがしょんぼりしながら侍女たちの居所へ戻ると、彼女はあからさまに怒気を滲ませている侍女頭に出迎えられた。

 その顔を見たエリノアはまさか王子の身に何かあったのかと肝を冷やしたのだが────

 彼女の怒りには別の理由があった。

 どうやら……エリノアが呼んだ主治医たちが聖殿前に駆けつけた時、そこには既に王子は居なかったらしい。

 慌てた主治医たちは王子を探し──そのあと彼らが第二王子を探し当てるも……王子は忙しそうにしていて、『大丈夫だ』『もう何ともない』と……一蹴されてしまったとのこと。

 それを聞いたエリノアはホッとした。よかった、すぐに治ったのか……


 と、思ったが。

 主治医から事情を聞いた侍女頭には、早合点も程ほどにしろ、何故もっと王子の様子をちゃんと見なかった、主治医の先生を振り回すなんて! と、大いに叱り飛ばされた。

 早々にバレていたホウキ破壊の件も合わせ、小半時ほど叱られた後──エリノアは罰として、今度は王宮の別の庭を一人で掃除するように仰せつかってしまったのだった……

 

 ──そうしてやっとのことで仕事を終えて、エリノアは帰途に就いていた。

 本来、王宮侍女は王宮内の居所に住み、決まった休日だけ実家に戻る。だがエリノアには病弱な弟がいて、他に家族もないことから、毎日王宮には通いで勤めさせてもらっている。

 エリノアと弟が住む小さな家は、城下町の東の市場の近くにあった。

 エリノアはそちらに向けて、黙々と足を進めているが、その足取りはやはりどこか重い。


 エリノアは、途方に暮れていた。

 今日の昼間に起こった現実とは思えない出来事。

 そして必死だったとはいえ、王子に対してかなりの無礼を働いた。そのことを考えると、今後、どうして行けばいいのかということが血の気が引くくらい分からない。

 エリノアは弱々しいため息をつく。


 エリノアは王子には名は名乗らなかったが、いかに王宮が広く、侍女も山ほどにいると言っても……容姿や、あの時間帯聖殿前で仕事をしていた者といった情報を組み合わせていけば、彼は必ずエリノアに辿り着くだろう。

 

「……どうしよう……」


 こんな、不審者みたいにショールをぐるぐる巻きに被ったって無駄なことはエリノアにだって分かっていた。

 だが、聖剣を抜いたと名乗り出るにせよ、王子に無礼を働いたと正直に申告するにせよ、それが大事になってしまうことには変わりない。

 第二王子に謝罪が必要ならばしようと思う。でも、“女神の勇者”なんて大役に据えられて、その為の儀式や務めに時間を割くことはできない。

 何故ならば、今、この時にも、家では身体の弱い弟がいて、病に苦しみ、お腹をすかせてエリノアを待っているからだ。エリノアにはとてもそれを放って置くことなどできようはずがない。

 王宮侍女という職を手放したくないとは思う。だがそれも、全ては弟の為だ。向いていない、なんて落ち着きがないんだと言われながらも、なんとか続けてこられたのは、可愛い弟が居たらこそで……


「ブラッド……」


 ふいに、弟の姿が思い出されて。エリノアは嘆くような声を出す。

 エリノアがそんな大事で王宮に足止めされれば、その間弟はどうなるだろう。

 もちろん少しの間であれば、知り合いに頼めるかもしれない。普段もエリノアが居ない昼間は、知り合いに弟の様子をみて貰い、食事なども頼んでいる。が……


「……やっぱり駄目だわ……どう転ぶか欠片も分からないことにブラッドを巻きこめない。また具合が悪くなっちゃう……」


 ただでさえ弟は季節の変わり目など環境の変化で体調を崩しやすい。それに、心配性の弟の身体は、何より姉へ向ける心配による心労に敏感で……

 勇者職なんて、大事すぎて、未知すぎて、不確定要素が多すぎる。


「……ああ、私、どうして不用意に聖剣になんて触れてしまったのよ……」


 今更ながらそれが悔やまれる。エリノアはぐるぐる巻きのショールの中で呻く。頭の中は己を責める呪わしい言葉の数々で溢れかえっていた。


 ──と、そこへ「お、」と、短い男の声が聞こえた。

 次いで、のしっと頭に重みが掛かる。


「う……」

「お疲れ、ノア……なんでこんなもん被ってんだ? って、なんなんだよその顔は……」


 声でそれが誰か分かって、通りの端でエリノアはがっくりとうなだれた。

 エリノアの頭に手を乗せた男は、彼女の頭に巻きつけられているショールを怪訝そうに引っ張る。大きな手でむきむき……と、ショールから顔を掘り起こされた娘は、のろのろと顔を上げる。と、そこには説明を求めるような見慣れた碧眼。エリノアはため息をつく。

げっそりした娘の様子に男が首を傾げると、彼の栗色の髪がさらりと揺れた。


「……なんだよ……」

「……変装……してたのに……何故すぐバレる!?」

「はあ? 変装? ……おい、しかめ面はやめろって言ってるだろ、嫁の貰い手がなくなるぞ」

「……もう、それはいい……。我が今生には縁はなし。……ただいま……リード……」


 投げやりに応じると、エリノアの顔見知りらしい青年は呆れたような顔をした。



お読み頂き有難うございます。

もうすぐ、弟に辿り着ける……!(^_^;)

頑張ります、その後に控えるもふもふ目掛けて……!


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