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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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6 うっかりものの勇者



「は、そうだ!」


 エリノアが大きな声をあげた。

 何をしていてもすりこみされたガチョウ……いや、子供のようにエリノアの後をついて回る聖剣テオティル。

 いっそ、とエリノア。 


「コーネリアさんの魔法とかでサイズ変更するという手は!? 子供サイズなら私いけそうな気が……」


 もしそうなればご近所さんたちにだって、親戚の子供を預かったとかなんとか言い訳もできる。

 しかし……

 意気込むエリノアに、コーネリアグレースが首を振る。


「何言ってるんですの無理ですわよ。聖なるものの形に魔なるあたくしたちが手を出すなんて。それにねえ、エリノア様……そんな危険な……」

「へ……? 危険……?」


 何が? というエリノアに婦人はアイメイクばっちりの厳しい目を向ける。


「危険ですわよ! 今――……この陛下とエリノア様の家に、そんっな……ショタみたいな生物が来たら!」

「しょた?」※聖剣

「………………」


 何を言い出すのかと思ったら。

 真剣な顔であまり耳慣れない単語を出してきた婦人にエリノアは、ガクッと身体を斜めに崩す。背後に立っていたテオティルは不思議そうに首をかしげていた。

 いやしかし、とエリノア挙手。


「で、でも……まだ子供のほうが外に出ても外聞がいいというか……」


 エリノアの背後にぬっと佇む美青年テオティル。

 エリノアから彼までの距離――……ほぼゼロ。

 隙あらば、エリノアの傍へ傍へとやって来るテオティル。装備されたい願望がよほど強いのか……それともまだ己の姿をあまり理解していないのか……どうにもエリノアのパーソナルスペースをぐいぐい侵略する彼は、もちろんエリノアと手を繋ぐのも、寝室や風呂場へ侵入するのもためらわない。その躊躇のなさにもはやエリノアも「この子は剣だしな……」「物だしな……」と、ある意味毒されつつある。……だが、とエリノア。


「家の中はまだしも、これを外でやられたら……はたから見たら私たち、昼間っからいちゃつきっぱなしのバカップルじゃないですか……!?」


 しかし婦人はエリノアのきっぱりと首を振り、テオティルを指差す。


「駄目ですよ、この顔なんですよ!? これが縮んだらそりゃあ可愛いちびっ子になるに違いないじゃないですか! そしたらエリノア様……間違いなく情が三十倍くらい割増になるでしょう? お分かりにならないんですか!?」

「は?」


 戸惑うエリノアに、コーネリアグレースはビシリと指を突きつけた。


「エリノア様……あなた様は弟属性生物に、弱い!」


 仰々しく指摘されたエリノアが、うっと怯む。


「そして絶対に子供にも弱いタイプ! ゆえにその策は下策と言えるのです……見た目に惑わされて甲斐甲斐しく世話でもしようものなら、陛下の嫉妬は百倍増! 現状、ブラッドリー様から弟という唯一のポジションを奪うのはあまりに危険。あまりにも無謀!」

「ぽ、ぽじ……?」


 エリノアは目を剥いている。


「もうその人外はエリノア様が、主人らしく、きちんとお躾になられませ?」

「し、しつけ……?」

「そうですわよ、だってあなた様の剣なんですもの。傍にはべりたいなら命令は聞くべし。主人を困らせない。そうきちんと教育するのです。それが配下というものです。制御できない武器など危険物そのものではありませんか」


 コーネリアグレースはそうやや面倒そうにそう言って。それからふいにエプロンのポケットから懐中時計を取り出した。


「――あら、エリノア様のお喋りに付き合っていたらもうこんな時間」


 ……言いいながら……コーネリアグレースは手を持ち上げたかと思うと、どこからか愛用の金の棍棒を取り出した。その禍々しさに驚くエリノアをよそに、婦人は棍棒を逆さに持って……脅す気が万全、という顔でエリノアにそれを向ける。


「う!? ちょ、」


 コーネリアグレースは、エリノアの頰を棍棒の持ち手側の先端でグリグリ圧し始めた。……一応通常攻撃に使うほうでない柄を使っているところに微妙な優しさが見え隠れする。


「や、やめ……」

「ほぉらエリノア様、もうここはいいですから。暇ならリードちゃんの店で食材でもお買い物してきてくださいな。あたくしこれでも日中は忙しいんですのよ。聖剣問題はそちらで解決してください。青春ですもの。自分で考えるのも若人の大切なお役目ですよ。さーて、今日の陛下のお昼食はどうしようかしらね~」

「う……うぅ……コーネリアさんんっ!」


 ……そうして。エリノアは鼻歌混じりの女豹婦人に棍棒で台所を追い出された。




 ――ということで。


 エリノアはテオティルを連れてモンタークの商店に向かうことになった。


 コーネリアグレースに買い物も頼まれたが、それよりも、今朝怒った様子で家を出て行った弟と、昨日の騒ぎに巻き込んでしまった幼馴染のことが気掛かりだった。

 それに自宅に増えてしまった新入りテオティルを、普段から姉弟によくしてくれているモンターク家の面々に紹介しておくのも大切だ。もちろん本当の事は言えないのだが……だからこそなんの心構えもなく、モンタークの店に行くのがためらわれて。

 家を出たエリノアは、商店の裏口からは少し離れた物陰から、どうしたものかと不安げに店のほうを覗いていた。

 今は家を出るのにも勇気が要った。

 しかしおそるおそる見回す街中は、ひとまずまだ騒動になっているということはなかった。

 王宮の女神の大木から聖剣が消えたとはいっても、まだその話は王宮の城壁を越えてはいないのだろう。

 少しだけほっとしたエリノアは、ふと、背後に立つ青年にあのねと言った。


「……そんなふうに女の人のスカートを持っちゃ駄目なのよ……見えるじゃない? いろいろ……」


 呆れて言ってやると、背後の青年――聖剣テオティルは、エリノアのスカートの後ろを掴んだまま、不思議そうな顔をする。その顔がいかにも本気で分からないというふうだから困ってしまう。


 彼に掴まれたスカートは、普通に着れば膝下十センチは丈があるはずだ。が……その真ん中あたりをしかっと握られているものだから。二人の動きようによってはそれが大きくめくれ上がり、時折エリノアの太ももが世間様にあらわになる。

 意図的ではないにせよ、長身の男が街角で女人の服をめくり上げているなんて気になるではないか。

 世間の目というやつが。だってここは街中で――……


 だが。

 幸いなことに通りかかった町人たちは、皆エリノアの太ももなどよりも、彼女が連れたテオティルの透き通るような美貌に目を奪われているようだった。

 人々は誰もがテオティルに気がつくと、一瞬ぽかんと目と口を丸くして立ち止まる。

 ゆえにエリノアは自身の太ももが露わになっていても騒ぎ立てないのだ。

 誰も、そんなもの見てやしない。


「……ま……そうよね、私の太ももなんて誰も興味ないわよね……」


 まあ良かった、と。しかしうら若き乙女として若干の敗北感を味わいながら、エリノアはふっと、やや達観したような顔をする。

 しかしテオティルは言った。


「なぜですか? 私はとても興味あります。でも腿より腰のほうがいいです」


 言いながら、じっと熱心な視線でエリノアの腰元を見つめるテオティルの言葉に――それを耳に拾ったらしい遠巻きの観衆たちがギョッとしたように目をきょときょとさせている。エリノアは、「……それね、多分あんまり外では言わないほうがいいヤツよ……」と、神妙な顔で言った。


 まあ他意がないのは分かっている。彼のいう“腰”は、色気があるそれではなくて、装備してもらいたい部位ランキング一位としての“腰”である。しかしエリノアは思った……この頼りない腰のどこがいいんだろうか。


「はー(装備に向いてそうな)腰の強そうな戦士ならいくらでもご紹介できそうなんですけどねぇ……(※おそらくオリバーたちのこと)」

「いやです。エリノア様の腰でなければ何の意味もありません。エリノア様の腰は(聖なる力に満ちて)とても心地いいです。ずっと触れていたいし見ていたい」


 テオティルは一見知的に見える顔で、にこりとエリノアに微笑みかける。それを目にしたエリノアは、外見と中身の相違にやれやれとため息をついている。が……その会話を近くで盗み聞いていた観衆たちは皆顔を見合わせた。……どうやら、いかがわしい話と勘違いされたらしい。まあ、街頭でスカートをめくりめくられている男女の会話だ……勘違いされても文句は言えない。美形のテオティルがまたうっとりした目で言うから始末が悪い。


 しかしそんなことには気がつかないエリノア。

 モンターク商店のほうを心配そうに見ていた彼女は、テオティルのオレンジ色の瞳を見上げる。

 彼女には、どうにか穏便にこの聖剣をリードたちに紹介しておかなければならないという任務がある。


「……ま、とりあえずスカート下ろそうか? あと女の人の腰を物欲しそうに凝視するのもやめなさい。……テオはあれね、言葉も行動も、いろいろお勉強したほうがいいみたいね……」


 エリノアは思う。女神様もどうせ聖剣に手足を与えるならば、人としての常識ぐらい与えておいてくださればいいのに。よくもまあ、こんなに綺麗で、ここまで無知な生き物を単身世に放つものだ。下手をしたら、どこぞの悪人にでも騙されて、一瞬で色街とかに売られたりしてしまうのではないか。

 どうせこんなに突飛な存在なのだったら、メルヘンに世話係の妖精とかでもいてくれたら楽だったのだが。いやもしかして、この場合保護者として期待されているのは私なのか、とエリノア。


「…………やっぱり私が面倒見るしかないのね……はー……もういっそ、人ではなくてモモンガとかにしておいてくれたら、頭に張り付かせておくだとか方法もあったのに……成人男性なんてどうやって装備しろと……」

「エリノア様?」


 呻いているときょとんと覗き込んでくる聖剣の瞳に、エリノアはため息を落とす。よしと拳を握る。いつまでもうだうだしていても仕方ない。


「……そろそろ覚悟を決めてリードとブラッドの様子を見に行こう。あなたのこの服も……何かもう少し庶民的なものに変えなきゃね……とりあえずお金もないし、私が仕立てるしかないかな……」


 テオティルの官服のような服装は、はっきり言って町民に紛れこむにはあまり向かない。明日は仕事でもあるし、そのためにはさっさと買い物にも行ってしまわなければ。リードに言えば、何か服を貸してもらえるかもしれない。

 エリノアは己を奮い立たせて。勇ましく、いざ! と、モンタークの商店の裏口へ向かって足を踏み出した……



 が——……


 どうやら勇者はお忘れのようだ。


 ヒヨコのようにエリノアのあとをついてくる聖剣。

 握り締められたエリノアのスカート。

 そしてめくられたそこにちらつく肌色の……


 おそらく……。

 このままの状態でそこへ入ると――とてもとても大変なことになると思うのだが……


「どうか! 二人がいつも通りでありますように!」


 顔に緊張を貼り付かせたエリノアはそれどころではなさそうだった。


 心配と不安、そしてうっかりと。

 ハラハラした勇者は聖剣を連れて、モンターク家の商店へと乗り込んでいった……




お読み頂きありがとうございます。


連続の運動会が終わって、いろいろ……見ているだけなのにどうしてこう身体がばきばきになるんでしょうかねぇ…

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