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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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4 だって何となく似てたから…とエリノアは言った。


 ――思春期。


 一般的に言って、八歳ごろから十八歳くらいの少年少女に訪れるもの。

 もちろんその時期や程度は人によってさまざまだろうが、それは皆に等しく訪れる。……なるほど、魔王だって例外ではないわけだ。


 エリノア自身は、あまり思春期にいい思い出がない。

 なぜならば、その時期はちょうどエリノアが父と家を失った時期と重なるからだ。

 思えば、タガートの妻と彼女が揉めた時期もその頃にあたる。

 あの頃は、エリノアも急激な環境の変化に翻弄されていて。とにかくブラッドリーを守るために気が尖っていた記憶がある。

 もちろん、おかしなことを仕出かしたというわけではないが、世の中みんな敵だ、自分が一人で家を守るんだ――と、息巻いていたのは確かだった。

 今思えばあれもエリノアなりの思春期というか、反抗期の一種だったのかもしれない。

 だからこそエリノアは恐ろしいのだ。こんなまぬけな自分すら尖らせた恐ろしい物が、ブラッドリーに!? なんとも恐ろしい話ではないか。


 ――だって今、彼は“魔王”なのだ……


 おまけにこういうワードでどうしても思い出すのは、この度正式にエリノアの姉となったルーシーだ。

 万年反抗期の彼女の尖りようは、いっそ清々しいほどに突き抜けている。

 彼女の場合は父親に対するツンデレファザコンを併発しているからとにかく厄介で……


 と、それを聞いたコーネリアグレースは相変わらず歯にきぬ着せぬ物言いをする。


「あらぁ、じゃあ陛下は、思春期+魔王+シスコン? どうしましょう、おほほ、すごーく面倒くさそうっ」

「!?」


 なんだそのうきうきしたテンションは、とエリノアに眉を顰めたが、確かに言っていることはその通りであった。

 昨晩見せつけられたような魔王の力を使ってルーシーみたいなことをやられたら、はっきりいって身がもたない。

 エリノアは青い顔でハッとした。過保護系姉には悲報にあたる事実に気がついた。


「……ブラッドリーの反抗対象って……もしかしなくても私!?」

「あの……」

「……つまり……これが俗に言う姉、離れ……?」


 エリノアの頭の上にガーンと何やら古典的な音が鳴る。

 しかしブラッドリーは現在十六歳。もしこれが本当に思春期や反抗期というものであるとしても、遅過ぎるくらいだ。


「でも……だとしたら、これは……めでたい……こと? けど……」


 ショックを受けるエリノアの頭の中には走馬灯のような風景がさらさらと流れていく。

 可愛い顔で微笑むブラッドリー。いつでも健気に笑い、「姉さん」「姉さん」と慕ってくれた――……


「あの、主様!」

「おわっ!?」


 走馬灯に涙ぐんでいると。不意に呼ばれて走馬灯がパチンと弾けるように消えて行った。

 見れば――聖剣の宝石のような瞳が不思議そうにエリノアを覗きこんでいる。


「……大丈夫ですか? 主様」

「あ……ご、ごめんね」


 エリノアは、そうだったと慌てて聖剣に手を差し出した。

 彼女たちは今、コーネリアグレースの皿洗いを手伝っていたところだった。

 女豹婦人が洗った食器類を聖剣が布で拭き、それを受け取り棚に戻すのがエリノアの担当だ。婦人との長話に気をとられ、すっかり手を止めてしまっていた。

 聖剣の手には、もういくつもの食器が載せられていて。エリノアは急いでそれをそれぞれの置き場にもどしていった。すると、聖剣はコーネリアグレースから新しくフォークを受け取って、再び楽しそうにそれを拭きはじめる。

 聖剣の長く美しい髪はエリノアが後ろで一つに結わえ、作業用にエプロンを貸してやった。

 ニコニコして物珍しそうにフォークを眺めているさまは子供のようだが、そうすると人形のように美しすぎる聖剣の顔にもいくらか血の気が通ったようになり、少しだけ人間らしく見えるような気がした。

 その様子にちょっとほっとして。

 エリノアも聖剣に微笑みかけた。


「……手伝ってくれてありがとう、初めてなのに上手ね」

「お役に立てて何よりです」


 礼を言うとにこりと微笑み返されて、存外落ち着いた返事が返ってくる。

 と、洗い物を終えたコーネリアグレースが気がついたように言う。


「そうだわエリノア様、よろしいんですの? その坊ちゃん」

「え?」

「呼び方です。まさか“聖剣”とは呼べないでしょう?」

「あ」


 エリノアは口と目を丸く開けた。

 そういえばそうだった。事情を知らない者の前で彼を「聖剣」などと呼んでしまったら、大ごとである。


「まあ今はまだ自分のことを剣として認識しているようですから、家から出さないでおくこともできるかもしれませんけど。でもリードちゃんは家に入ってくるでしょうし、これだけエリノア様を慕っているのですから、ずっと家の中っていうのもあり得ないでしょう?」


 指摘されたエリノアは、聖剣を見上げる。


「あなた……何か名前はないの?」

「? 聖剣です」

「いや、それじゃなくて……何か女神様に授けられた個人名みたいな……」

「?」


 問いに聖剣は首を傾げて、ふるふると首を振るばかりである。

 それを見たコーネリアグレースが笑っている。


「あらあら特定の名は持たぬようですねぇ。ま、好きに呼べばいいのでは? エリノア様の剣なんですもの」


 婦人の言葉にエリノアは眉を八の字に歪める。

 いいのだろうか。女神の世界から来たこの神々しいものに対して自分が名をつけるなど。それはとても恐れ多いことのような気がした。

 しかし、呼び名がなければ困るのも事実だった。ずっと「ねえ」とか「ちょっと」だとか呼びかけるわけにも行かないし、ここで共に暮らす以上、絶対にリードに会わせないわけにはいかない。ということは、やはり名が必要なのだった。


「うーん……」


 エリノアは考えた。どんな名前がいいだろう。

 するとふと、聖剣の銀の髪と橙色の瞳を見て、脳裏にある者の姿が思い浮かんだ。


「あ……じゃあ……、テオティルで……」


 エリノアがそう言うと、聖剣が不思議そうな顔をする。


「? なんですか?」


 エリノアは聖剣と向かい合い、彼の、フォークと布を持った手を取る。


「あのね、これからあなたはテオティルと名乗ってくれないかしら。あなたが聖剣だってこと、周りには知られないようにしなければならないの」

「……テオティル?」

「そう……ダメかしら……」


 おずおずとエリノアが言うと――……

 途端、ぽかんとしていた聖剣の顔がぱぁっと明るくなった。


「主様が私に名前をくださった……!?」

「え……」


 聖剣――テオティルは頬を紅潮させて破顔する。


「ありがとう主様!」

「ぐ……!?」


 彼はエリノアを両脇からすくい上げるように抱き上げて、輝かんばかりの表情で最上の喜びを表した。(その拍子に彼の手から放り出されたフォークは空を舞ったが、コーネリアグレースが見事な手わざでキャッチして、何食わぬ顔で引き出しにしまい入れている。)

 子供のように掲げられたエリノアは目を白黒させた。

 聖剣は嬉しくて堪らないという様子で懇願する。


「主様、もう一度……もう一度呼んでみてください……」


 オレンジ色のうっとりした瞳で見上げられて。そこに滲む聖剣の喜びにエリノアはやや戸惑いつつも頷く。


「わ、分かった、分かったからテオティル……それとその主様ってのもやめて……これからはエリノアって……」

「はい! エリノア様!」

「だから……」


 様はいらないんだってば! と、エリノアが呻いた、その瞬間――

 エリノアの手の甲が眩く光る。

 それは歓喜する聖剣に呼応するように、これまでよりも鮮明な光を帯びていた。

 ……エリノアは知らなかった。実はそれが……聖剣に名を与えたことが……ある種の契約の完全合意を表すようなものであったということは。


 喜びすぎのテオティルに抱き上げられたまま、ぐるぐると身体を振り回されているエリノアにはそのことに気がつく余裕など微塵もない。何となくその仕組みを察したらしいコーネリアグレースが、ははーんと、生暖かい目をしていることも。


「ちょっ……め……目が回るっっっ!」

「勇者好き!」

「だ、から……っ、それも……駄目だっ――回さないで!!」

「……ふう、やれやれ。……外でやってくださらないかしらねぇ、邪魔だわぁ……」


 迷惑そうなコーネリアグレースの厭味にもめげず。

 テオティルはその後しばらくエリノアを離さなかった。何度も何度もエリノアに名を呼んでもらいたがり、終いにはエリノアに叱られたという。





 ――のちにコーネリアグレースが聞いた。


「で……因みに……どういう由来なんですの?」

 

 えーと、とちょっと目を泳がせるエリノア。


「……、……、……昔可愛がってた……ガチョウ?」


 ……羽は銀のような灰色で、クチバシはオレンジ色で。

 子供だったエリノアの後ろをいつもいつもついてまわっていたのだとか……





聖剣の名前問題でした。

いろいろ考えたのですが、銀の髪に因んだものとか、瞳の色とか。

でも安直過ぎるのもなんだし、エリノアも性格的にあんまりカッコいいものはつけないだろうなぁ、と悩み…結局、どこか弟的?で、素直っぽい名前を選ぶにいたりました。


次は、リード回…だと思います。


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[一言] ガチョウに地味に格好いい名前付けてたのか……
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