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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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3 うなだれる犬と、思春期の魔王

 

 今回の出来事で――……

 彼の心の中には単純に前世の人格が蘇っただけ、とは言い難い変化が起きていた。


 今までは、父の仇としてその名しか知らなかった王子クラウスと母のビクトリア。

 だが今回、実際に二人を目にし、彼らの身勝手さを目の当たりにすると、彼の心の中では憎悪がより明確なものとなってしまった。

 昨晩彼は、ビクトリアの命を本気で奪うつもりだった。

 己が親と家を奪い、路頭に迷わせた子供だった娘を前に、もう一度それをしてやろうと嘲った女。

 耳障りな声で、姉を罵っただけでも許しがたいのに。それが……あろうことかその大切な姉の職場、王宮に側室妃として君臨している。


 更に案じられるのが、今のエリノアの立ち位置だ。

 今回の舞踏会でエリノアは、はっきりとブレア側の人間だと側室妃たちに認識されてしまった。

 そればかりかブレアのあの様子である。

 きっと、誰の目にも王子の想いは明らかだったに違いない。


 あのような場でそれを公にしてしまった以上、今後、エリノアがクラウスたちのようなブレアの政敵に目をつけられることは必至だった。特にビクトリア妃の無慈悲な人格を知ってしまった今は――……


「……ブレアめ……」


 彼は憎々しげにその名を漏らす。

 いくら姉がタガート家の養子に入ったとはいえ、相手は王族で、姉は恐らく侍女の職をやめない。それは危険ではないか。あまりにも。


「……やはりあの者たちはいずれ排除しなくてはならないな……」 


 ダスディンでありブラッドリーである少年は、暗い顔でつぶやいた。

 こんな存在の自分だ。きっとまともでない方法でも出来ることがあるはずだ。


 そう感じて、それから彼の顔が不意に凪ぐ。


 ……きっと姉は止めるだろうが。


 それでも。

 女神の布いた清らかな道徳になど、従う気はさらさらなかった。


「……守ってみせる。邪悪でも」



 ……それはなんとも重苦しい響きだった。



     * * *



 ――ズン……と、落ち込む犬がいる。

 

 両前足を揃え、その上に頭をうなだれさせた白い犬が。

 犬らしからぬ消沈した様子は、まるで世紀末を迎えたかのようである。


「…………」

「ご、ごめんヴォルフガング、私が膝で寝ちゃったせいで……」


 その傍で身をかがめ、慰めている寝間着姿の娘はエリノアだ。顔はまだ洗っていないのか、クマやら涙の跡やらでボロボロなのだが……それを彼女に寄り添った聖剣が、二人の様子などお構いなしで幸せそうに布でぬぐっている。

 うなだれたヴォルフガングは、そのままの姿勢で萎れた声を出す。


「……いや……俺が……不用意に変化を解いてしまったからな……陛下がお怒りになるのも仕方がない……」


 今朝ほど。

 本来の獣人態でエリノアと共に眠りこけていたヴォルフガングは、つい今しがた主人ブラッドリーの怒りを買ったばかりだった。

 いや、一緒に寝ていた程度なら、ブラッドリーも怒りはしなかっただろうが……


 ――それはエリノアが泣き疲れて眠ってから小一時間ほど後に起こった。

 扉の向こうから、「ふぁあ」と間延びしたあくびの声を聞き、姉が目を覚ましたのを察した少年魔王。

 彼はすぐさま姉の部屋の戸を開き、中へ飛びこんでいったのだが……


『ねえさ――……!?』


 姉を呼ぼうとした直後、ブラッドリーの顔色がさっと変わる。


 ……寝台の上に仰向けに横たわったまま、大あくびをしている姉。

 その頭はヴォルフガングの大きな膝に乗せられていて……

 いただけならば、まだ良かったのだが。


 自らの逞しい片腿に頬杖をつき、あぐらの中にできた窪みにエリノアの頭をすっぽりと収めたヴォルフガング。そのほのぼのすやすやしている白犬魔物の――大きな手のひらが――……

 寝相の悪い姉の、めくれた寝巻きの上着と下穿きの隙間に覗く、腹。白く柔らかそうなその素肌の上にあったのは……


 本当に本当に運が悪かったとしか言いようがない……


 瞬間――……辺り一面が眩い紫色の光に満たされて。ドンッと家を揺るがすような落雷の音がした……



 ヴォルフガングは痛恨という顔で言い募る。しおしおと倒れ切った耳がなんとも痛々しい。


「いや……俺は……俺は別にわざとお前の服の中に手を入れたわけでは……!」

「分かってる、分かってるから……」

「こんなことになるならば……うさぎのままお前の枕にでもなっておればよかった……っ!」

「や、眠ってる間のことだから仕方ないし……それに私も子供の頃からあんまり寝相よくなくて……お腹なんていっつも出て…………なんかごめん……」


 一人と一匹は、共に肩を並べうなだれた。


 ちなみに家の前の広場に大きな雷を落とした張本人、ブラッドリーは既に家にいない。

 その瞬間は無言でかなりの怒気を放っていたが……エリノアが必死で釈明をしているうちに、彼は姉にも何も言わぬまま家を出ていった。

 今日弟がモンタークの商店に手伝いにいく予定があることは承知しているが、そんな弟の素っ気ない態度にも若干ショックを受けているエリノアである。


「……ブラッドがなんにも口きいてくれなかった……」


 エリノアがしょんぼりしてそう漏らすと、それに同調するようにヴォルフガングが呻く。


「う……陛下に消されるのならば本望だが……お叱りも頂けないのは……俺は嫌だ! 陛下!」

「あ……」


 嘆くヴォルフガングは、そのままダッと駆け出して。ブラッドリーを追うように、わぉーん……っっ! ……と、遠吠えしながら家を出て行った。


「ヴォ、ヴォルフガング!?」


 弟の傍に行ってしまったらしい同志(※ヴォルフガング)の抜け駆け(?)に、それを慌てて追いかけようとするエリノア――……を、ガシッと首根っこ捕まえて引き止めるコーネリアグレース。


「ぅぐっ!?」

「駄目、エリノア様。駄目。あれは放っておいて大丈夫。それよりも寝間着のまま外に出て、通行人若者Aとかに目撃されてはまた大変なことになりますわよ」


 


 

「……魔王も魔物もややこしい……」


 身支度を終え、朝食も食べ終えたあと。エリノアがげっそりつぶやくと、それを拾い聞いたらしいコーネリアグレースが不思議そうな顔で彼女を見る。


「? なんですの? ややこしいって?」

「いえ……ブラッドリーも今はダスディンだとかなんだとか、内部が複雑なようだし……みなさんも色々と姿を変えられるので何扱いしたらいいのかよくわからなくなってしまって……」


 それに、寝起きからいきなりの騒ぎで、昨晩の事件についてブラッドリーと話すタイミングをすっかり逃してしまった。魔王ダスディンの件、ビクトリアの件や聖剣の件、勇者の件などなど……話すべきことは山とあるというのに。

 エリノアはしゅんとする。


「……私がきちんと夜寝ておかなかったのが悪いんですけど……」


 そうすればきっとブラッドリーと話をすることも出来たし、ヴォルフガングに迷惑をかけることもなかったのに。

 台所の棚の前で、しょんぼり背中を丸めながらそう言う娘に、コーネリアグレースが一瞬、思うところがありそうな顔をする。が、婦人はやれやれと首を振り水桶の中の洗い物に視線を戻した。


「…………まあ、昨夜のあの騒動ですもの仕方ありませんわ。今日はエリノア様もお休みですし……話は陛下がお帰りになってからでも……陛下はひとまずリードちゃんの昨夜のご様子も気になっておいでのようですから」


 婦人の言葉にエリノアは、そうだったそれもあるんだった、と頭を抱えた。


「ぁああ……」

「扱いの件は、陛下はともかくあたくしどもは魔物ですからね。魔物として扱っていただけたらよろしいんじゃありませんの? 犬もうさぎも仮の姿ですから、まったく警戒しないのも乙女としては無防備ですわよ。そこにつけ込むのがあたくしたちの手ですし……まあ、ヴォルフガングはグレンと違って長年陛下一筋の頑固者ですからそう危険はないと思いますよ」


 ただ、とコーネリアグレース。


「ブラッドリー様のことですけど……」


 ため息混じりの婦人に、エリノアが顔を上げる。


「今は、エリノア様のまわりにだんだん男性が増えてきて陛下もちょっと戸惑っておられるんじゃないかしら。ずっと姉弟二人きりで支え合ってこられたのでしょう?」

「え、ええ、そうです……」


 エリノアが頷くと、婦人は「だから」と続ける。


「陛下も愛ゆえに複雑なんですわ。やっと健康体を手にして、さあこれからは自分が姉を助けよう! ……と意気揚々と決心した時に、よその男にその役目を奪われては……やはり複雑でしょう? 逆だったらどうです? 可愛がっていた弟が、ある日突然どこからか女を連れてきて、彼女に夢中になり姉をかえりみなくなる……ヤキモチ焼きません?」

「……、……、……、……焼きます」


 熟考した末に、エリノアは強張った顔できっぱりと言い切った。

 そ、そうかと愕然とすると、コーネリアグレースが、ね? と、生暖かく笑っている。


「あたくしも経験があります。仔沢山ですから」

「ほ、本当だ、わ、私絶対寂しくなってしまう気がする……!」


 棚にすがってうなだれる、やはりこちらも重症気味ブラコン姉エリノアに、婦人は、まあ、と続ける。


「例えそうなっても、エリノア様は相手の女に雷落としたりはしないでしょうから、やっぱり陛下のエリノア様愛はアレだと思いますけど。ま、陛下もエリノア様もお年頃なんですもの、仕方ありませんわ」

「う、ぅう……」


 呻くエリノアに、今度は婦人がなぜかうきっとした様子を見せる。


「……何気にあたくしも初遭遇ですけど――これはもしかして――魔王様の思春期到来なのかもしれませんわね」

「しっ……!? し、思春期の……魔王……?」


 エリノアはギョッとして。尚更に顔と身体を強張らせた。

 それはなんという不穏さを放つ言葉の組み合わせだろうか。

 吞気におほほと笑う女豹婦人の言葉に、エリノアはなんだかとてつもなく不安になった。






当家の勇者の前途は多難そうですね。

ゆっくり解決していってもらいましょう(^_^;)


そして書き手も若干忙しいのでゆっくりめで更新させていただいております!(>_<;)

誤字報告等、本当にありがとうございました!

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