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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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2 眠れない夜とうさぎ、そして膝枕

 


 静かな早朝。

 天井近くにある、小さな明かり取りの窓の外はまだ薄暗い。

 寝台の上に腰を下ろしたまま、その四角い窓枠をまんじりと見上げていた娘――エリノアは、ため息をつく。


 ――まだ外は静かだ。まだ、街の人たちに騒ぎは伝わってきていない。


 そのことにホッとするような、じわじわ来る緊張に喉元を絞められているような。

 とてもじゃないが昨夜は一睡も出来なかった。


 ――昨夜――……

 舞踏会からの帰宅後も、とても大変だったのだ。

 タガート家の馬車を降りて、自宅に着くと、すぐに暗がりから聖剣が飛び出して来た。

 己よりも大きな男に思い切りタックルかまされ抱きつかれたエリノアは、本気で骨が砕けるかと思った。

 抱きつかれた瞬間エリノアの腕からはうさぎのヴォルフガングが慌てて逃げて行って。家まで送ってくれたタガート家の御者と従者も、突然現れた男にギョッとしていた。聖剣の頬ずり攻撃に耐えながら。あ、だめだ、これ……絶対タガートとルーシーに通報されるやつ、とエリノアは思った。きっと……後々大変なことになるだろう……


 だがしかし。この時は、そんなことに落ち着いて対処できるほどの余裕はなかった。

 従者たちをなんとか帰らせて、自宅に入ると案の定そこには……ブラッドリーがジリジリした顔で待ち構えていて。

 未だダスディン寄りの状態らしい弟は、姉の後ろに張り付いてエリノアのドレスの端を握りしめている聖剣の姿に眉間に血管を浮き上がらせていた。


『……やはり連れて帰ったか……』


 低い声にエリノアは身を縮こませたが……聖剣は呆れるくらいにあっけらかんとしている。


『当然です。私は勇者のものですから』


 その堂々とした素直さには、もはやどこか頼もしさすら感じるが……自慢げな聖剣の笑みに、ダスディンは壮絶にイラっとしたらしい。

 とたんに室内の空気がズンと重くなって。

 エリノアは慌てて弟にすがって止めた。


『もう――これ以上は家に入らないわよ!?』


 家はもう限界を超えている。

 魔物を呼び出すのはやめてくれ! ……と。





「はぁ……」


 昨夜のことを思い出すと、ため息しかない。

 昨日の晩は、色々と弟と話すべきことも沢山あるような気がしたが、『とりあえず今日はもうこれ以上何も抱えられない』と感じたエリノアはそのまま寝室に飛び込んだ。

 だが寝台に横たわってみても、やはりそれでも眠れない。今後のことを想像すると不安すぎて。


 長い長い夜が去り、朝を迎えた今も少しも眠気を感じなかった。疲労もかなりあるはずなのだが、頭の中がひりひりしていておかしなくらい目が冴えている。


「……これから、どうなるの?」


 げっそりした顔でエリノアは呟いた。

 エリノアは本気で女神に問いたいと思った。

 この狭い家に現在、人間二人(勇者・魔王)と、魔物が四匹、そして人の形をした聖剣が一人。

 そりゃあ魔物二人は犬と猫に化けてくれるからそうスペースは取らない。実を言うと、老将メイナードも普段は夜になるとどこかしらに消えていく。(多分――近くの木の上ででも寝ているのだろうとヴォルフガングが教えてくれた。それを聞いた当初は、いや、あんな老人を外で寝かせて大丈夫かとエリノアは慌てたが……どうもメイナードという魔物はそう言う存在らしい。)


 にしてもだ、新たに増えたのは聖剣という、ある意味魔物よりも意味の分からない存在だ。

 もちろん剣の姿なら、箱に入れるとかどこかに隠しておくとか色々と保管方法も考えられる。

 しかし……聖剣はエリノアの前に人の形で現れた。

 一体この不思議な存在を、どこにどう居させればいいというのか。

 そうエリノアが悩んでいると――……聖剣はキョトンとして、「壁にでも立てかけておいてください」、と……こう来る。

 困ったことにこの聖剣……女神に新しき身体を授けられて間もないせいか、からきし自分についても分かっていないふうなのである。まるきり今後も剣としてエリノアのそばにいるつもりらしい男に……エリノアはほとほと困った。

 聖剣はそんなエリノアに、彼女の寝床のそばに立てかけてくれと懇願したが、これにはブラッドリーが反対。

 結局……コーネリアグレースのとりなしもあって、聖剣はしぶしぶ居間の壁際で休むことになったのであった。


 さてそんなコーネリアグレースは、己が聖剣を連れて帰る助言をした責任もあってか、その晩は棍棒片手にブラッドリーの寝室前に仁王立ち夜通し警護。その息子グレンはどこかに行ってしまったらしく姿を見せない。聖剣を嫌ってどこか軒下ででも寝ているのだろうとヴォルフガング。

 普段そのグレンと犬の姿で居間で寝ているヴォルフガングは、どこかというと――……


 今、エリノアの布団の隅でじろりとエリノアを睨んでいた。……うさぎ姿で。


「……おい、まだ眠れぬのか。さっさと寝ろ。朝になってしまったではないか……おかげで俺も眠れん」


 もっふりまるくなったうさぎのその台詞は、もう昨夜から何度も聞かされているものだった。

 エリノアはため息をつく。


「寝られるわけないでしょう……いつ王国兵が町になだれ込んでくるかも分からないのに……はらはらしてとてもじゃないけど眠れないよ……」


 弱々しく言うと、ウサギの方でもため息をつく。


「全く……俺は陛下からお前をしっかり休ませるよう命を受けたんだぞ……」

「………………」


 やれやれと憮然としたうさぎの顔を見ていても、つゆほども癒しを感じなかったエリノアはすんとして「うん人選ミス」と思った。


「…………せめて羊なら……」

「あ゛? 何か言ったか!?」

「いえ、なんでも……(なんでこの人そんなにうさぎがお気に入りなんだろう……)」


 まあだがしかし。

 この渋いうさぎ相手ではエリノアも眠気は誘われようがないが、一人では落ち着かなかったのも事実。それにヴォルフガングをいつも通り居間で寝かせるのもかわいそうだと思った。彼もこんななりをして立派に魔物。聖剣のそばはつらいだろう。

 ヴォルフガングにはもうなんだかんだ色々と見られた仲でもあるし。その辺はエリノアも割り切った。


 そいうわけで今朝エリノアの部屋には眠れぬ人間が一人とうさぎが一匹。


 エリノアは、ハラハラしながら明かり取りの窓を見上げる。

 王宮はどうなっているだろうか、もう聖剣がないことに気がつかれてしまったのだろうか。それを思うと、とてもではないがのんきに寝ることなどできようはずがない。

 エリノアはふと思う。


「……この私が勇者……あ、あはは……」


 考えているとなんだか空虚な笑いが口から出て。代わりに身体はだんだん横に傾いて行く。

 そのまま感じる重責に身を任せていると、しまいには寝台脇の壁に頭がゴンッとぶつかった。だが、痛がっている心の余裕もなかった。


 ……と、


「……おい、」と、声がした。

 目の下がクマで落ち窪んだ顔で見下ろすと、ヴォルフガングが迷惑そうに彼女を見上げていた。

 なんだろうと見ていると、なんとうさぎはのすのすとエリノアの膝の上に乗ってくる。


「え……?」


 一体なんだと見ていると、うさぎはエリノアの膝の上に上がりきり、ピクピクする小ぶりの鼻からふんと息を吐く。


「お前、さっき俺のことを愛らしくないと思っただろう」

「……はぁ? ……いえ……そうじゃなくて、快眠性と癒し成分が低いかなって……」

「意味の分からん事を……羊だと? この俺様の繊細な毛並みを前にあんなもじゃもじゃのほうがいいとは無粋なやつめ……」

「………………」


 エリノアはしらっとした顔で迷った。あんたも大概訳の分からない事を言ってますよと。

 言ってやろうかどうしようかと考えていると、うさぎが何やら仏頂面のままちらちら見上げてくる。

 

「?」


 今度はなんだと思っていると、憮然とした声が放られる。


「…………どうした、撫でろ」

「…………………………、…………………………」


 ……なんだその撫での強要はっ!


 ……と、エリノアは思ったが。

 とりあえず、エリノアは大人しくその言葉に甘えることにした。

 ヴォルフガングの長い耳と耳の間の後頭部にそっと指を置くと、うさぎは気持ちよさそうに目を閉じる。

 みっちりした白い毛は指先に優しくて、毛並みにそってゆっくり撫でていると、なぜだかぼろぼろ涙が落ちて行った。

 エリノアの顔が、くっと歪む。


「…………強要されたのに気持ちよくって腹がたつぅぅぅっ!」

「……あのな……」


 泣きながら半ギレするとヴォルフガングがため息をついた。


「はぁ、お前な……あまり思い悩みすぎるな」

「そんなこと言ったって……弟は魔王になるし、自分は勇者だし、聖剣は押しかけてくるし、王宮には国宝無断持ち出しの状態よ!? ブラッドリーはビクトリア様を攻撃しちゃうし、そりゃあビクトリア様のあの仰りようには私もかなり思うところがあったけど……! でも……バレたらみんなでお尋ね者じゃないのよぉぉぉおっ、おまけにメイナードさんにも無理させちゃって……今は冬眠状態なんでしょう!?」

「……冬……いや、力を消耗したゆえ休眠がすこし長くなるだけだ」


 ヴォルフガングがぼそりと突っ込むと、エリノアは「お年寄りをこき使うなんて!」と、更に涙する。

 しかしあれはメイナードがブラッドリーの配下としてした仕事であるから、別にエリノアのせいではない。が、やはりそこはブラッドリーと姉弟意識の強いエリノアにとっては責任を感じずにはいられないらしい。

 というか、とヴォルフガング。


(こやつ……不眠で精神がかなり不安定になっているな……)


 どうしたものかと見守るヴォルフガング(うさぎ)の前で、エリノアは嘆く。


「ブレア様のお力になりたいと思って舞踏会にも押しかけたのに! そのブレア様やリードまで巻き込んじゃって……ルーシー姉さんは魔物に感化(?)されるし……今にも王宮から兵が来るかもと思うと緊張して喉から心臓が出てきそう! だいたい聖剣なんてどうやって世話したらいいの!? 何食べさせたらいいのよぉおおおおおお!」


 エリノアはそう言うと、ヴォルフガングの乗った己の膝に覆いかぶさるようにして身体を折り、堰を切ったように泣き出した。

 頭上でおんおん泣き出した娘に、涙の雨をぼたぼた掛けられながら。ヴォルフガングはやれやれという顔をしている。 


「……まあ、存分に泣け」


 さすれば少しは落ち着くだろう。

 エリノアの涙の降り注ぐ膝の上で、うさぎはそう苦笑した。


 ――そうして数十分後……

 エリノアの部屋には、すっかり泣き疲れ、そのまま眠りに落ちた娘の姿があった。

 寝息を立てる頬は、いつの間にか――うさぎから元の獣人態に戻ったヴォルフガングの広い膝の上に乗せられている。

 そのヴォルフガングもまた、娘を膝に乗せたまま腕を組み、自身も目を閉じている。どうやら――こちらもようやく眠ることができたようだ。

 すっかり朝日が昇った窓の外からは、優しい光が二人に降り注いでいるが、二人は少しも目を覚ます気配がない。

 室内にはなんともほのぼのとした空気が満ちて――……


 いたのだが。


 エリノアの部屋の外、扉前では。

 室内の平穏さに相反するようにピリピリとした剣呑な雰囲気が漂っていた。


 扉のど真ん前には薄暗い表情のブラッドリー(ダスディン)が木戸を睨んで立っているし、その後ろでは、心配そうな聖剣がうろうろうろうろ廊下を行ったり来たりしている。

 エリノアの泣き声が聞こえたあたりから、すでにここでずっと待機していた二人は、すぐにでも部屋に飛びこみたいという顔をしている。……が、


「エリノア様が起きるまでは絶対入室禁止令」を、「この家で姉弟の健康と安眠を守る第一人者」としての権限で発令したコーネリアグレースに止められ……今に至る。

 飄々とした女豹婦人は言う。


「散々心配かけたでしょう? この上お姉様にまだ心労をお掛けになる? あーら、お掛けになるの陛下?」と……

 そんなふうに姉を引き合いに出されると、流石のブラッドリーも元乳母の言葉に従わざるを得ず。


 そうして聖と、魔と。

 正反対の性質を持つ二人、こうしてエリノアが目覚めるのをジリジリと待っているという次第であった。


「………………ヴォルフガング……」(めっちゃ怖い)

「…………主……」(めっちゃ泣きそう)


 ……その光景を見てコーネリアグレースが笑う。


「なーんてスリルがある家かしら、うふふ魔界よりずぅっと刺激的」(恍惚)


 ……もちろん、後にブラッドリーに叱られそうになったヴォルフガングのことは、エリノアが必死に必死に庇い倒した……







…人間態のヴォルフガングでもいいかなと思いましたが、ここは、もふもふの膝を選択。



お読み下さり、あと誤字報告もいつも本当に助けられております!ありがとうございました!

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