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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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50 勇者の危険性

 

 少し時は巻き戻る。


 それはブラッドリーとリードが転送されて帰宅して行ったあと。

 エリノアもまた、彼らと同様、コーネリアグレースの転送魔法によって聖殿前の庭に送られた。

 ブレアやルーシーのことが気がかりではあったが、彼らはメイナードとヴォルフガングに任せた。

 二人を魔物に預けて大丈夫だろうか――……とは、もう思わなかった。

 どうやら……エリノアの中には、彼らに対する一定の信頼が生まれつつあるらしかった。



 そうしてコーネリアグレースと共に聖殿の庭にやって来たエリノアは、大木を前に聖剣の説得を試みた。

 辺りは暗く、天高く輝く月以外の明かりは何もない。

 時折回廊のほうを巡回の衛兵が通りはするものの、それも今宵は舞踏会のために人員を割かれ、王宮の端のこの場所は警備が手薄になっているようであった。


 聖剣を説得するならば、今、この闇に乗じて、これしかない。

 朝日が昇れば、聖殿には神官たちや使用人も行き来する。そうなればきっと、聖剣が消えていることが王宮の者たちに知られてしまう。


 うす闇の中でも、大木にはいつか見たものと同じ、聖剣が抜けた隙間がぱっくり開いているのが見える。

 それを目にすると、エリノアは嫌でも焦ってしまうのだが……聖剣は、そこへ戻ることを断固として拒むのだ。その不毛なやりとりを、コーネリアグレースが呆れた顔で見守っていた。


 あのね、とエリノアが言う。


「何度も言うけれど、私は勇者になったつもりはないの。それにあなたがここに刺さってなかったら、国のみんなが悲しむわ。お願いだから戻って、頼むから!」


 エリノアは懸命に懇願するが、聖剣はやはり嫌だと言う。

 聖剣は美しい色の瞳にいささか恨めしそうな色を浮かべてエリノアを見る。


「私の居場所は主のおそばだけ。ここで待っていても主は迎えにどころか、顔も見には来てはくれなかったではありませんか」

「顔って……そもそも私が選ばれたというのが間違いなんじゃないの? 勇者っていったらもっと強そうで、勇壮でまっすぐな瞳をしていて、正義感と決意に満ちていて……でなかったら、せめてどこまでも純粋で優しくて、底抜けに善良で人々に愛されそうな……とか……」


 エリノアが一般論的な勇者像を並べ立てるとコーネリアグレースが頷いている。


「ま、そういうイメージありますわよねぇ。最終的にはそばにいる女性全員を知らず知らず魅了している、みたいな」

「ですよね!?」


 しかし聖剣はムッとしたように首を振る。


「何ですかそれは……」

「いえ、えっと……巷に溢れる勇者像と言いますか……ほら、千年も勇者が現れないから、皆熱望しすぎてそれぞれこんなじゃないかなぁ……っていう……創作……?」


 実際、巷にはそういう書物も多くある。

 大人たちが子供に語る寝物語の延長線上のようなものだ。皆、現れた勇者が繰り広げる勇敢な物語やロマンスを待ち望んでいるのだ。

 エリノアはため息をつく。


「……みんな待ってるんですよ、立派な勇者があなたを抜いて現れてくれるのを。……私みたいな侍女じゃなくて」


 エリノアは、どこか自分の台詞に情けなさを感じながらそう言った。

 それは、自分が取るに足らない存在だと言っているようなものだ。たとえ本当にそうだとしても、気分のいいものではない。

 ――不意に、オリバーに言われた言葉を思い出した。彼はエリノアに、ブレアのそばにいるには弱すぎると断じた。


「……」


 少し沈んだ気持ちでエリノアは、己の手を強く握る。


 けれどもそんなエリノアの言葉に聖剣は瞳を険しくする。

 少し怒っているのか、橙色の目が鮮やかさを増していた。


「誰がそんなことを? いえ、誰がどう言おうが関係ありません。間違ってなどいない。私の勇者はあなたです」


 強い言葉に、一瞬エリノアは言葉を失いながらも瞳を瞬く。

 だが直ぐにハッとして、困ったような顔をそばで見ている女豹婦人に向ける。


「コーネリアさん……」


 どうしたらと、すがるような娘の情けない顔を見ると婦人は苦笑して。そばの草の上でのんびり二人の話を聞いていたコーネリアグレースは思わぬことを言い出した。


「思うのですが――……エリノア様、その聖剣……連れて帰ってはいかが?」

「え……!?」


 その言葉にエリノアは耳を疑った。聖剣はその隣でパッと嬉しそうな顔をしている。

 婦人がそんなことを言うとは驚きだ。魔王の配下である彼女が、敵である女神の授けた剣を受け入れろとは。


「え? コーネリアさん? な、なんで……?」


 戸惑って返すと、コーネリアグレースは言う。


「ああ、陛下の御身のことなら大丈夫ですよ。その者は今のところ私達に対して敵意もないようですし、そばにいても陛下が聖剣の主と同じ血統の肉体を持つ限りは。影響は……まあ、聖に満ちた気配が胸糞クソ悪いとか。その程度でしょう」


 コーネリアグレースがそう言うと、聖剣は自分はあくまでも道具だからと返した。


「主様が敵と思わぬものには刃は向けません」


 割り切った発言に、婦人は、はん! と一瞬邪悪な表情を聖剣に向ける。しかしエリノアは、いや違うちょっと待てと手を上げる。


「いえ、そうではなくて……勿論それも気にはなりますけど……コーネリアさん、聖剣ですよ? だってこの人あなた達の敵でしょう?」


 魔王から国を守るために、女神から与えられた剣。それをブラッドリーを溺愛する彼女が受け入れるとは信じがたい。

 聖剣を受け入れてしまえば、エリノアはもれなく彼女達の敵になってしまうのではないのか。

 もしくは――彼女はそれを狙っているのかと、不安と疑惑が過ぎる。


 だが、コーネリアグレースは肩をすくめる。


「そりゃあ、本当なら陛下には聖剣に近づいて欲しいわけではありませんのよ? 女神の側の出方は我々にも分かりませんからねえ。思惑の分からぬものが寄ってくるのは気持ちが悪い」


 コーネリアグレースの青い瞳が、エリノアから離れない銀の髪の男を見る。


「まあでもその聖剣は過去の大戦の後に生み出されたものですからね。別に陛下を傷つけた剣でもありませんし、あたくしはなんとも思いませんの。ま、目障りですし、一緒に暮したら毎日偏頭痛ぐらいにはなるかもしれませんけど……聖なるものなんて、程度の大小はあれど巷にもないことはないでしょう?」

「偏頭痛って……」

 

 エリノアは驚いた、婦人はすでに聖剣が我が家に来ることまで想定している。

 確かに、こうエリノアから離れないのでは仕方ないかもしれないが……何故だろうと怪訝に思う。だが、その訳はすぐに明かされた。


 ただですねぇ、とコーネリアグレースは言う。


「その目障りさや不可解さを差し引いても、手元にあったほうがいいのではないかという理由がございます」

「理、由?」


 婦人は教壇に立つ教師のような顔をすると、それをエリノアに向けた。


「はい。ではもし今エリノア様がその剣を放棄し、勇者であることも放棄したとしましょう」

「は、はい……」


 急に堅い調子になった婦人に、エリノアも戸惑って身を正す。聖剣も不思議そうな顔をしながらも、エリノアに倣った。コーネリアグレースはそんな二人に指を振ってみせる。


「すると――女神は、再び勇者の選定を行うかもしれません。現状、そうなる可能性は非常に高い。はい、それはなぜでしょう?」


 示されたエリノアが戸惑ったように答える。


「え? ええと……すでに世界にはブラッドリーが……魔王が目覚めてしまっている……から?」

「はいご名答。そうです。魔王が存在する限り、それを抑えようと女神が勇者を立てる危険性は大いにあるとあたくしは考えます。……で、あなた様はそれでよろしいとお思いですか?」

「え……」


 コーネリアグレースの問いにエリノアは戸惑った。エリノアはもちろんそうなるはずだと思っている。というか、きっと自分とは別に、正当で相応しい勇者がいるのだと。

 だが、コーネリアグレースは今、“危険性は”と言った。それはなぜか。

 婦人は厳しい顔で続ける。


「そうなれば、確かにあなたは聖剣から解放されるでしょう。でももし、おっしゃるような勇者然とした強そうで、勇壮でまっすぐな瞳をしていて、正義感と決意に満ち溢れた勇者が現れたとしましょう。すると……その者はどうしますか?」

「……ぁ……」


 指摘されたエリノアが目をまるく見開く。気がついた。


「そうか……その人は……」


 呟くと、コーネリアグレースが頷く。


「そう。その者は、ブラッドリー様の討伐に乗り出す可能性があるのです」


 今はまだ世間に“魔王”の存在は知れていない。だが、これまで抜けなかった聖剣が抜け、勇者が誕生すれば、人々はどう思うだろう。きっと、喜ぶばかりではないはず。こう考える者もいるはずだ。


『これは魔王復活の兆しではないか――』と。


「……そうか……なんで気がつかなかったんだろう……」


 その正しく選ばれた勇者はきっと自分とは違う。正当に、魔王を傷つけることを厭わない者なのだ。

 エリノアは言葉を失った。自分ではない者、人々に望まれる勇者とは、自分の弟を討つことを目的とする者。

 その器ではないとか弟の敵にはなれないとか。それを拒絶する事しか考えていなかった。それに思い至らなかった自分の浅はかさを痛感して。エリノアは情けなく思った。

 たしかにブラッドリーはここの所度々危うさを見せる。

 だが、それでもエリノアは弟が“勇者”に討たれるなんて、絶対に嫌だった。


 呆然と視線を落としてしまったエリノアに、コーネリアグレースが慰めるようにその背を撫でる。


「あたくし共にとって、エリノア様が稀有な存在なのです。聖なる力を得ながらも、魔王を守ろうとする……でもきっと、次にその力を得る者は違うでしょう。その者が立派な勇者であればあるだけあなたの弟君は窮地に立たされます。本来、“勇者”と呼ばれるものは、そういう存在ですから。人間社会の脅威となる魔王を討つ。――それが、あたくしたちの敵です」


 エリノアが返す言葉もなく黙っていると、彼女は静かな目をして続けた。


 もし、と。



「……その、あなたが手放したあとの聖剣を、もし――……


 ……ブレア王子が握ったら。あなたはその時どうしますか?」









…あと数話で物語の転換期、一区切りつきそうです。

突破して、人間態のヴォルフガングとほのぼのしたい…という願望(笑)を持っています。

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