48 偽魔法使いコーネリアグレースはリード推し。
「ノア? ブラッド?」
きょとんとして現れたリードは、エリノアとブラッドリーの姿を見つけると、あれ? とそのままの顔で言う。
「俺、家にいたと思ったんだけど……」
どういうこと? と首をかしげる、そののどかな顔を見た姉弟(?)は――……
速攻でコーネリアグレースに詰め寄った。背後でヴォルフガングが呆れている。聖剣はエリノアのドレスを、はしっと掴まえたままである。
「コーネリアさんんんっ!?」
「コーネリア……」
ひきつるエリノアと、怒りの滲むダスディンの暗い顔。
二人にすごまれたコーネリアグレースは、けれども余裕のある顔でニンマリ笑う。
「あーら? 何ですのお二人ともそんな怖い顔して。おほほ、そのお顔……まさかリードちゃんにお見せになる? お見せになるの?」
ほほほと、勝ち誇った顔で言われた二人がぐっと言葉に詰まる。そこへ、リードがやって来た。
「ちょ、おい、人が倒れてんだけど……あれ!? エリノア? ど、どうしたんだその格好……」
リードは倒れた人々を見て慌てていたが、エリノアのそばまでやって来ると、見慣れぬドレス姿に気がついて。一瞬ぽかんと目を丸くする。……が、その顔は見る見るうちに赤く上気した。
「リ、リード、あの……これは……」
エリノアがどう状況を説明したものかと言葉を詰まらせていると、不意にリードがはにかむように破顔した。
「ぇっと……その、に、似合ってるぞ……綺麗だな」
「う……」
その言葉に。そのストレートさに、エリノアがたじろく。
周囲の状況はそれどころではないとは勿論わかっている。が……普段リードはあまりそういう評をエリノアには向けてこない。
『頑張ってるな』と、兄っぽいことを言ってくれたり、『そういう顔は嫁の貰い手が……』と、親目線っぽいことを言われるのがせいぜいで……
嬉しそうな顔で言われると、どうしていいのか分からなくなった。
「あ、あり、ありがとう……そ、そんなの初めて言われた……」
せっかく着飾ったのだ。褒められるとやはり嬉しくて。
ルーシーやタガートと身支度をした時はあまりに慌しすぎてそんな言葉を交わす暇も無かったし、パートナーたるブレアは残念ながら、口下手すぎる。彼の胸のうちがどうかは別として、現状彼が気の利いた台詞をエリノアにかけるのはどうにもハードルが高い。
エリノアがしどろもどろになりつつ返すと、リードは照れくさそうに頬をかく。そういう反応をされると尚更エリノアも気恥ずかしかった。
そんな――二人の初々しいやりとりを見たダスディンが、隣でわずかに複雑そうな表情を見せた。
――と、エリノアから気まずそうに目をそらしたリードが、そんな彼に目を留めて、あれ? と声を漏らす。
「ブラッド……? なんか感じ変わったか……?」
「! ……いや……」
「? 変だな、なんか……筋肉がついた……? いや、身長が伸びた……わけでもないか……うーん」
「……」
リードは、ダスディン化したブラッドリーに近づくと、その隣に立って己と身長を比べてみたり顔を覗き込んだりしてみては、怪訝そうに首を捻っている。
と、そこへ、そのコーネリアグレースが三人の間に割り込んでくる。
「おーほほほほ、ご歓談中ちょっと失礼致しますわよ。リードちゃん安心してね、あの転がってる者たちは、ただ眠っているだけだから」
「ああ、コーネリアさん」
リードに名を呼ばれたコーネリアグレースは、青年に微笑みを返す。そして、たっぷりした身体を反らせ、思いがけないことを言い出した。
「それより。ね、ほーら、リードちゃん本当だったでしょ? あたくし、正真正銘、魔法使い」
その言葉にエリノアが、「は!?」と、目を剥いているが――リードは「ああ」と朗らかに頷いた。
「あーこれコーネリアさんだったのか。すごいな、俺、転送魔法とか初めてかけられたよ」
証明したくて俺に魔法をかけたの? コーネリアさんすごいなぁ、でもここどこ? 何であの人達寝てるの? ……と、不思議そうに辺りを見回すリード。エリノアはハラハラした。リードもまさか、自分が王宮に連れてこられたのだとは思いもしていないのだろう。
エリノアは、リードの純粋な称賛に気を良くしているらしい婦人の、ふっくらした腕を慌てて引き、小声で言う。
「ちょ、コーネリアさん! どうするんですか!?」
「だーい丈夫ですわよ、エリノア様。ちゃんと口止めはしときましたから。おほほ、あたくし昔、王国の魔法使いだった、という設定にしておいたんですの」
「魔!? い、いえそうじゃなくって……なんでこんな時にリードを……」
「あら、だってこの場合、他に陛下をなだめられるものがおります? 適任ですわ。リードちゃんの呑気さはもはや才能です」
「いやっ……でもっ」
慌てるエリノアに、婦人はまあまあ、と冷静な調子で続ける。
「だって考えてもみてくださいな。そこらに転がっている人間たちはメイナードが処置するとして、その幼児のような剣をどうにかするのはエリノア様の役目でしょう? で、陛下をお慰めするのはあたくし……ですけど、この場合、あそこまでお怒りになった陛下はあたくしだけだとちょっと荷が重そうじゃありません?」
「で、でもリードを巻き込むなんて……!」
婦人は大丈夫大丈夫、と手をひらひらさせる。
「陛下はね、とにかくリードちゃんのことが大好きですから。あたくしだけだと陛下は平気で破壊を行います。でも、リードちゃんがいれば無茶はしません。あれほど陛下のお守りとして最適な存在はおりませんのよ。エリノア様だって、さっさと事態を収拾してあの人間たちを助けたいと思いますでしょ?」
そうブレアやルーシーを示されて、エリノアは言葉に窮する。
「陛下もリードちゃんがいたら大人しく家に帰りますわよ」
「……」
確かに彼女が言う通り、リードの顔を見た途端弟の顔からは棘が綺麗に消えてしまった。その顔は、ビクトリアを冷酷な目で見下ろしていた時とは、まるで人が違ってしまったかのようである。
もしリードに危険がないという前提で、コーネリアグレースの力を、“ただの魔法使い”と彼に誤魔化す事ができるのならば――この際四の五の言ってられないのか――と、エリノアも迷い始める。
するとそんなエリノアに、それにねぇ、とコーネリアグレース。その指は聖剣を指差している。
「言いたくありませんけど、聖剣がそこにいるってことは、大木には今、それがいないってことですわよ?」
「!?」
お分かりですか? と言われ、エリノアが愕然と目を剥く。
「ぁ……ああああっ!?」
「女神の大木に聖剣が刺さっていないと判明したら……それこそ大ごとになるんじゃありません?」
「ひ、ひぃいいいいっ!」
「今は夜間ですし、人目にもつきにくいかもしれませんけれどねぇ」
指摘され戦慄いたエリノアは、己のドレスの裾を掴んでいる聖剣を振り返った。
「ちょ……聖剣! おうちに戻りなさい!」
エリノアの言葉に、聖剣はさらりと髪を揺らし、首を傾げる。
「? おうちってどこですか?」
「女神様の大木よ! あなたあそこから来たんでしょう!?」
「違います。家ではありません。私はあそこで主が迎えに来てくれるのを待っていただけ。剣とは誰かが使ってこそでしょう? 木になんか刺さっていたくありません。私の居場所は主様のそば。そこだけです」
「!? で、ぇええ!?」
「私は主様を待ち、千年の間ずっとあそこで待機しておりました。もう、待てません」
聖剣は真っ直ぐにエリノアの瞳を見つめ、きっぱりと言い切る。その様子からは、彼が今まで見せていた幼さがなりを潜め、表情からは確固たる意思が感じられた。神々しさすら感じるその姿に、エリノアが愕然としている。
「貴女は、私の勇者です」
「……っ!」
強い視線に、エリノアが一歩後ずさる。
――すると、不意に不思議そうな声がそこに掛かった。
「ノア……? その人誰だ?」
「はぎゃっ!?」
リードの声にエリノアが飛び上がる。
振り返ると、リードがエリノアと、エリノアにぴったりくっつく聖剣を見て怪訝そうな顔をしている。
「や、あの……この人は……」
エリノアが狼狽えている隙に、聖剣はドレスから手を離し、いそいそ嬉しそうにエリノアの手を握る。それを見たリードが目を丸くした。
「私は聖け……」
「あっ!? こら!」
嬉しそうに名乗ろうとする聖剣に、エリノアが慌てて飛びかかった。
「セイケ……? 変わった名前だな……ノアの友だ――……」
と、そこまで言ったリードが、ハッと何かに気がついた……と、言う顔をした。
「もしかして……」
「へ?」※エリノア、聖剣の口を塞いでいる。
リードは思った。
なんだかわからないが、いつになく着飾ったエリノア。その隣にぴったり寄り添った見たこともないような美形の男。そして男はリードが見ている前で、なんの躊躇いもなくエリノアの手を握った……
と、いうことは……と、リードの顔がさっと曇る。
(……もしかして……こいつが……前ブラッドが言ってた……)
以前、早く姉に告白してくれと言ってきたブラッドリー。
その時彼は、エリノアには気になる男がいるらしい、と言っていた。
――なるほど、とリード。姉大好きのブラッドリーが、いやに男を睨んでいるわけである。
しかし、それでも二人を引き離そうとしていないのは、きっと男を想うエリノアを慮ってのことで――……
と、青年は早合点した。
「………………なるほど……」
とたん、ズーンと影を背負った青年に、エリノアもダスディンも何が起こったのかが分からない。
「え……何!? どうしたの!?」
「リード!? 大丈夫か……!?」
ダスディンまでもが慌ててリードの顔を覗き込む。
二人は今までこの根っから明るい青年が、ブラッドリーの病の心配をする以外でこんなに暗く沈んだ顔をするのを見たことがなかった。一体何がと慌てるが……
そんな二人に、青年は力なく笑う。口ではなんでもないと言う。が……ふと、己を覗き込んでくるエリノアのドレス姿を見るとその空色の瞳が揺れる。
(……ノア、こいつのためにこんなに綺麗に着飾ったんだな……そっか…………)
するとその顔が再びどこか哀愁を漂わせて。
それを見て慌てるのはエリノアとダスディンだ。
「コ、コーネリアさん! リードの様子がおかしいんですけど……!? 転送中にどこか怪我でもさせたんじゃ……!?」
「……はーん? ……怪我、ねえ……」
エリノアに服を引っ張られるコーネリアグレースは含みのある顔で生暖かく笑う。
と、ダスディンに気遣われながら、リードが苦笑する。
「いや、本当に何でもないって。俺、帰るよ……あ……何だっけ、救助に手が必要だから呼ばれたんだっけ……?」
あははと、コーネリアグレースの顔を見るリード。……なぜかエリノアと聖剣の方を見ようとしない。
「リ、リード?」
「ああ、救助とかそういうことではないんですのよ。リードちゃんにはブラッドリー様を連れて帰ってもらおうと思って。ブラッドリー様、リードちゃんと大人しく家にお帰り……いただけますわよね?」
コーネリアグレースは、にっっっこりと、ダスディンを見る。
「……!? …………、……く……」
姉も心配だが、様子のおかしいリードのことも気になる魔王は身動きが出来ず困惑する。
リードを兄のように信頼するブラッドリー同様、ダスディンの中にも、この青年に対する格別な思いが根付いていた。青年が普段、底抜けに明るいだけに、この突然の落胆ぶりは気がかりだ。
「コーネリア……」
ダスディンが悔しげに女豹婦人を睨む。
婦人は諦めあそばせ、とうなずいて見せる。
「エリノア様ならあたくしたちがちゃあんとお守りしますから」
「…………」
ね? と、いう婦人に————
結局、ダスディンはリードと共に帰宅を余儀なくされた。聖剣のことを威嚇しまくっていたグレンもいつの間にか猫に戻っていて、彼らについて帰った。
二人と一匹を家まで転送させた婦人は「はーやれやれ」と言う。
「これで一番厄介なお方が片付きましたわ」
「……」
確かに。
とんでもない荒技だった気もしないでもないし、リードの様子もかなり気掛かりだが……怒り狂っていた魔王を沈静化させるのには一応成功している。おまけに住処に追いやった。
「……」※エリノア・げっそり
「困った時のリードちゃん、ですわ。おほほ、あの子本当に便利ですわねぇ。私もエリノア様のお婿さんにはリードちゃんを推挙いたしますわ。身内にしておくと何かと助かりそうですもの」
「……、……」
お読み頂きありがとうございます。
ちょっと時間がありませんのでチェックは後ほど。




