47 ダスディン王の愛玩動物?
『とりあえず、この場所を他から隔絶させます』
とは誰が言ったのか。
とりあえず……
とりあえず……
「……うぁつくるしい!!」
ぎゃんっと、エリノアが両手の拳を掲げて鬼顔で怒ると――拒絶された美形が傷ついたような顔をする。
「あるじ……」
「主違う! こら! 子犬みたいな顔しても駄目だぞ! いちいちゴロゴロひっついて来ない!」
しゅーんとした美形の――聖剣(人間態)にエリノアは厳しい。
何せこのヴォルフガングよりも犬っぽい美形の男は、エリノアが歩けば後ろに張りついて。しゃがめば横にぴったりとくっついて来る。
じっとしていても暇があればいそいそと密着してくる有様で……隙あらば、エリノアの腰もとをもの欲しそうにじっと見ている。
――現状、この場を、大勢の人々が倒れたこの廊下をどうにかしなければならない時に、それは非常にうっとうしい。せめていつものメイド服ならまだ動きやすいものを、今は着慣れないドレスを着ているということもあって、ただでさえ動きにくいというのに。そこに絡まれてはたまらないのだ。
今、王宮では舞踏会が開催中で。メイナードが何とかしてくれるとは言うものの……いつこの惨状が誰かに見つかってもおかしくはない。早くなんとかしなければと焦るエリノアは、それもあって聖剣を名乗るこの人物に厳しいのだった。
しかし聖剣は困ったように言う。
「だって……私、本性が剣だから……」
本来は、主人の腰もとにぶら下がっていたいのだとか。一人で歩いているととても落ち着かず、心もとないのだと言う。
「主様、装備してください……」
「無理です」
美しい顔で悲しそうに言われた言葉を、エリノアはバシッと真顔で切った。
「気持ちはわかりますが(?)、できるわけないでしょう!? あなた、私よりおっきいのに! いや、違う! 今はそれどこじゃないんですったら!」
エリノアは、倒れているブレアとルーシーを介抱しながら憤慨している。
二人は……二人に限らず、倒れた人々は一向に目を覚ます気配がない。
「……メイナードさん、本当に大丈夫なんですか……?」
エリノアは涙目で、この場の唯一の希望メイナード老将を見た。
老将はいつも通り穏やかな顔でぷるぷるしながら頷いた。が、そのぷるぷるした指はしゅんとエリノアの後ろに佇んでいる聖剣をさす。
「え?」
「おいまぬけ、メイナード殿が、その面倒な聖剣をどっかにやれと言っているぞ。そばにいると力が弱まって術がかけられんと」
憮然と通訳するのはヴォルフガングである。人間に化けている魔物は、呆れ果てたと言う顔で聖剣を見ている。
『とりあえずこの場を隔絶させる』と、言った冒頭のセリフはメイナード(通訳・ヴォルフガング)である。
現在この広い王宮のダンスホールの廊下は、老将の力で他から切り離された空間と化している。
そこでメイナードはこの場でブラッドリーの力を目撃した者たちに、お得意の忘却術を施そうというのだが……
聖剣をどこかにやれと言われたエリノアは戸惑う。
「え、でも……どうやって……」
ヴォルフガングの顔を見上げると、男は諦めたような顔で聖剣を睨む。
ヒヨコのようにエリノアについて回る銀の髪の男は、とても彼女から離れそうな気配はない。
「……仕方ない、お前がどこかに連れて行くしかないだろう」
「え、だって……ブレア様やルーシー姉さんを置いてなんて……それに……」
エリノアは不安げな顔で、離れた場所でグレンと共にいるブラッドリーを見る。
その冷淡な顔はずっと忌々しげにエリノアにまとわりつく聖剣を睨んでいる。弟らしくない大人びた表情は、おそらく、その中身がまだダスディンのままだからであろう。
エリノアは困った。弟を置いても行けるはずがない。
できれば彼には早く家にでも帰って欲しいが、今のあの様子で、はたして彼はエリノアと別れて素直に帰ってくれるだろうか。
「む、無理よ、だってブラッドリーが……」
と、エリノアがヴォルフガングを見上げた時。天井方向から、ひゅるひゅるひゅー……と、何かが落下してくるような音がした。
「おまかせあれぇ~」
「へ……?」
歌うような声につられて上を見ようと――したら。次の瞬間、ドスンッという大きな振動に地面が揺れる。
「う!?」
「よっと」
一体どこから現れたのか。廊下の大理石の床材をぶち割りそうな勢いで落下して来たのは、コーネリアグレースだった。
大柄な身体に黒っぽい紫色の服を着て、背には大きな金の棍棒が。
なぜかこちらも人間態で現れた婦人は、エリノアに向かってにっこり笑ってポーズをとる。
「陛下はあたくしの担当ですわ」
「コーネリアさん!」
「おーほほほほほ」
コーネリアグレースは軽やかにブラッドリーの前に飛んで行くと、あらまぁとダスディンを見た。(……因みに、ダスディンの背の後ろには、母が怖いグレンがビクビクして隠れている)
「ま、陛下お戻りになっておしまいになられたの? あたくし、幼生(※カエルの幼生、おたまじゃくしのような意)のようなブラッドリー陛下が可愛らしくてお気に入りなんですけど」
「……私はエリノアのそばを離れる気は無いぞコーネリア」
現れた婦人に対し憮然と言うダスディンに、コーネリアグレースは狡猾そうに笑う。
「あーら陛下ったら、このあたくしにそんなこと言っていいのかしら……おーほほほ――……出でよ! 陛下の愛玩動物!」
コーネリアグレースの言葉に、皆が「は?」と、言う顔をする。
と――……
そこにボフンと、煙をまといながら何かが召喚されて来た。
姿を現したのは――――
「……あれ?」
そのきょとんとした声に……ダスディンの顔が、あっと崩れる。ついでにエリノアも。
驚愕した魔王と姉は叫んだ。
「リっ!?」
「リード!?」
「あれ? ノア? ブラッド?」
きょとんとした青年は皿洗い中だったのか、丸皿と布巾を手に首をかしげている。
「俺……今家にいたと思ったんだけど……どこだここ?」
のどかな顔できょろきょろしている青年の後ろで、コーネリアグレースが高笑う。
「コ、コーネリアさんっっ!!」
青ざめたエリノアの悲鳴が上がる。
「おーほほほほほほ!」
目的の為なら手段を選ばない女、魔王の元乳母コーネリアグレース。
本日もママンは、物凄い勝ち誇りようである。
お読み頂きありがとうございます。
しばし更新お休みいただいてました。ちょっと色々ありまして…頭が真っ白になってました。
だいぶん脳の働きが回復してきましたので、またあまり間をあけ過ぎないように頑張ります٩( 'ω' )و
※追記です。
文中のコーネリアの台詞「幼生のような~」は「妖精」ではなく、魔王の「幼生」、つまり、蛙で言う所のオタマジャクシのような~という意味で、コーネリアはブラッドを愛でています。オタマジャクシです。笑
文章力低くてすみません(><;)




