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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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45 凶刃のさなか


 弟が、こんなに彼女たちを憎んでいたとは。


 それを思いやってやれなかった自分に、エリノアはひどく失望して、そうか、と悔やむ。


 自分はまだ、“ブラッドリーを守る”という目的に夢中になって日々を生きることができた。

 困難でも、つらくても、それはある種の心の支えであった。


 でも、病に苦しみ、寝台に繋ぎとめられる日々に身をやつしていた弟に、その救いはあったか。

 痛みに苦しみ、熱に浮かされる暗たんとした日々の中で、その心に、父を死に追いやった者たちへの憎しみの芽が育っていたとしても、不思議ではない気がした……


 エリノアは悲しくなりながらも、浅く息をして弟を険しい目で見る。


 どうすれば弟の正気を取り戻すことができるのか。

 ブラッドリーがひどく彼女たちを憎んでいたとしても、これは駄目だ。

 聖人みたいなことを言う気はない。だが、このままでは、自分と弟はもう以前のように二人よりそって生きていくことができなくなる気がして。

 エリノアは、ビクトリアの恐怖の声を背後に聞きながら考えた。

 緊迫した精神の中で、もがくように思考を巡らせて――焦りに喘いだ時、


 ふと、エリノアはあることを思い出した。


 愛想のいい、愉悦に満ちた声が遠くで何かを言っている。


 それは――グレンの…………



『――あなたの弟君は……』


『――我らが魔物の王、――――……の――…………』





「――、――、――ダスディン……!」

「!」


 閃いた瞬間、エリノアは顔を上げて叫んでいた。

 その呼び声に、弟の姿をした“彼”が一瞬身を震わせる。

 ビクトリアだけを見下ろしていた目が、エリノアを見上げ、瞳に驚きを宿す。


 エリノアは、もう一度呼んだ。


「ダスディン……もう、やめよう」

「………………エリノア」

「憎しみがあるなら、まず、私と話そう、私と解決しようよ……」

「…………」


 お願いだからと言うと、ダスディンの瞳と共に、周囲の短剣が揺らぐ。

 剣の殺気が和らいだような気がして、エリノアがほっとした時――……


 恐怖に駆られた声が、その安堵を切り裂いた。




「化け物!」




 ――ビクトリアの声だった。


「!?」


 エリノアは、その声に“彼”の心がスッと己から引いていくのが手に取るように分かった。

 その感覚に、身がすくむ。


「ビクトリア様!」

「何をしているの! 今すぐ将軍を連れて来なさい! 騎士たちはどうしたの!?」


 ビクトリアは、血まみれであいつを殺せと喚く。

 甲高い興奮した声に、エリノアはビクトリアの傍に膝をつく。


「ビクトリア様……お願いです落ちついて――……」


 と、その瞬間。

 頬に焼けるような熱さを感じて。瞳には火花が散った。


 どうやら――ビクトリアに思い切りひっぱたかれたらしい。


「ノア!」


 エリノアが衝撃に目を瞬かせていると、ルーシーの叫ぶ声が聞こえた。

 ビクトリアは、憎悪の全てを向けるような顔でエリノアを睨んでいる。


「触るな汚らわしい! お前があれを連れて来たんでしょう!?」


 金切り声に、どうしてこの人は、と苦々しく呆れる。確かにそうかもしれないが、なぜこの状況下で火に油をそそぐようなことをするんだろう。

 そんなことしたら


「死ぬしかないね」

「っ!」


 冷たい声にぎくりと背が凍る。


「ダスディン、待っ……」


 振り返ったエリノアの視線の先で、彼が腕を持ち上げた。

 その身は弟の細い身体の筈なのに、なぜか掲げられた腕はひどく力に満ちていた。

 それに呼応するように短剣の群れが殺意を噴き上がらせると、思わずエリノアはビクトリアと群れとの間に身を乗り出す。が、背後のビクトリアはそれでも足らぬとエリノアの腕を引き、自らの前に盾として押し出した。


 押されたエリノアに――その背後の身勝手な仇に怒りに燃えた視線が突き刺さり、彼の手が振り下ろされる――


 その一瞬に。

 

 ――誰かが飛びこんできた。


 怒りに満ちた手が下されると同時に、誰かが――ビクトリアの腕からエリノアをもぎ取って自らの腕の中に収め――……

 


 その、翻る金糸を見て、エリノアが驚愕を顔一杯に広げた。


「! ……ブレ――」


 ブレア様! 


 ――と、続けようとした悲鳴が消える。

 彼の胸に抱きこまれたエリノアには、ブレアの肩越しに、彼の頭と、ダスディンの黒い刃の群れが重なって見えた。

 自分たちを取り囲み、今にも降り注いできそうな黒刃の前に、

 魔王が放った禍々しい凶刃の最中に、


 ――ブレア様がいる――……!


 エリノアは、全身がすくんで。


 引き裂かれそうに心臓が痛んだのを感じた。

 悲鳴とも怒声ともとれない響きがその口から出て。


 空にとどまっていた数多の短剣が、たった一人の手のひらに従って走った瞬間、


 エリノアの中で、ブラッドリーに対する愛情やブレアに対する感情、ルーシーを守らなくてはという気持ちと侍女としての使命、様々なものが駆け巡った。


 ――真っ白な頭の中に、微笑むルーシーがいて、ブレアがいて――ブラッドリーがいる。


 この人たちに何かあったら、生きてはいけない。


 ――泣きたいくらいそう思った。




 咄嗟にブレアを押しのけようとした手の甲が、こんな時に激しく痛く……熱い。


 その瞬間――鋭い金属音が幾重にも重なって。

 エリノアの耳をつんざいた。





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