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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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43 弱点




「……それ、本当?」


 オフィリアは信じられないという顔で取り巻きを睨む。

 彼女に、たった今仕入れた情報を耳に入れに来た令嬢は、固い顔でうなずいて見せた。

 それを目にしたオフィリアは不快そうに柳眉をひそめ、どうしたのかと聞いてくる周りの者に冷淡に返した。


「ハリエットが……あの使用人に着させる為に、自分のドレスを用意させているんですって」


 すると周囲からは、やはり彼女と同じような不快な反応が出てくる。


「ハリエット王女のドレスって……自国お抱えの腕のいい職人が仕立てた高価なものばかりって聞きますよ、そんなものをよく……」

「王太子殿下から賜った上等な布地であつらえたものや……ほら、この間オフィリア様が手に入れたがっておられた隣国産の織物……あれも結局手に入れたのはハリエット王女でしょう? あれだって今回の為にドレスにしたって聞いたわ」


 嫌だわと言い合う令嬢たちは、要するに、己たちより身分の低いものが、自分より高価なドレスを身につけるのが嫌なのである。

 王女の持ち物ともなれば、それは最高級のものであるはずで。普通は、上の者の目を気にして、ある程度序列を守った装いをしてくるのが社交界の暗黙のルール……というか。彼女たちが気の強いオフィリアに対していつもそうせざるを得ず。本当はそこに鬱憤を溜めている令嬢たちは、よけいに苦々しい思いだった。

 令嬢たちのざわめきを無言で聞いていたオフィリアは、形のいい爪を噛んで、吐き捨てた。


「……癪に障るわね……ハリエットも、あの娘も……」


 王太子の婚約者ハリエットと、第三王子の婚約者のオフィリア。派閥の問題を別にしても、なにかと彼女と比較されるオフィリアは、ハリエットのことをよく思っていない。

 そしてオフィリアは、先ほど自分好みの男に『姫』と呼ばれ庇われた娘を思い出すと、胸がとてもムカムカした。

 尖った顎を少し上に向けて。なにかを考え始めたオフィリアに、取り巻きの一人が「でも」と、おずおずと言う。令嬢がこのような顔をしている時、なにを考えているのかは、取り巻きたちには大体分かっていた。


「あの殿方も二度目はないって言ってましたし……ルーシー・タガートも厄介です。あまり手をお出しにならないほうが……」

「……」


 その言葉に、オフィリアはふんと笑う。


「どうせあの男もタガート家の人間でしょ? なら……タガート家が手出しできないところから手を出せばいいだけよ」


 オフィリアはそう言うと、報せを持って来た娘に使いに行くようにと命じた。




「……へえ……」


 その耳打ちに、クラウスは使いの者を振り返る。

 話していた来客と目礼で別れたクラウスは、愉快そうに笑いながら歩き出した。

 

「それはそれは……ぜひ、挨拶をしておかないとね」


 なにかとてもいい玩具でも見つけたかのような顔で。第三王子は側近と共にくるりと身を返し、ホールの出入り口を目指した。

 と、その途中、なにかを見た彼の足がピタリと止まる。

 ――出入り口のそばに、彼を待ち構えている者があった。


「おっと……これはこれは……」

「……クラウス、どこへ行く……」

「……兄上ですか……」


 そこに厳しい目で立っていたのは、ブレアだった。


 ブレアは――エリノアと別れてから。この弟にはよく目を光らせておかなければと感じていた。

 エリノアは自分のパートナーとしてここに来た。今はタガート家の家臣がそばにいるらしいとはいえ、普段必要以上に自分に絡んでくる弟が、ブレアと離れたエリノアに手出しをしないとは言い切れない。

 ――少なくとも……王女の手配で着替えてくるだろう彼女が、ブレアの傍に戻って来るまでは、この弟を監視するのは己の役目だと思った。既にオリバーたちにも、第三王子派の側近や貴族の子息達に不審な動きがないか見張るよう命じてある。

 静かに弟に視線をやると、おやおやと笑みが返って来る。


「兄上自ら番犬ですか? 涙ぐましいですねぇ……」


 言いながらクラウスは、とても愉快でたまらないという顔をした。

 自分を見る兄の目は、静かだか、いつにない気迫に満ちている。そこに彼の守りたいものの存在を感じ、クラウスは、兄に新たな弱点が出来たことを確信した。


「ふふふ……私はちょっとご挨拶に伺おうとしただけですよ。どうやら私の婚約者が失礼してしまったようですのでね。それに……兄上がそんなに惚れこんでおられるのなら、なおのこと私も彼女の人となりが気になりますから」


 お話してみたいのですと笑う弟に、ならばとブレアは表情も変えずに言う。


「それは私の前で。私の居らぬところでむやみにあの者に近づくのはやめてもらおう。今も、これからもだ」

「おや、心外です。私が彼女になにかするとでも?」

「可能性はあると思っている」


 きっぱりと言い切られ、クラウスが身体を折って笑い始めた。


「お珍しい! 今まで私がなにを言っても歯牙にもかけなかった兄上が。彼女のこととなると随分と私を気にかけてくださるようだ!」

「……」


 喜色さえ浮かぶそのさまに、ブレアは憮然と弟を見やる。ややこしいことになりそうな予感がした。

 クラウスは身を正すと、兄に向かってにっこりと微笑む。


「ええ、ええ、いいでしょう。では兄上のお言葉に従い、私はここで彼女を待つことにいたします」


 薄く細められた三日月形の瞳は愉悦に輝き、「今回は」と、含みのある言葉をそえる口もとは意味ありげに歪んでいた。

 



 ――同時刻。


「……さあ……ハリエット様がお待ちよ! ……お前たちっ! 行くわよ!」

「はぁ〜い♪」

「……」※エリノア

「……」※ヴォルフガング


 鬨のような勇ましき声にうきうきとついていく黒髪の少年。……その背後で無言の二人。


 ――雄々しい令嬢と愉快な仲間たち一行(約二名水びたし)は、王宮内のハリエットの控えの間まで、楽しい行軍を始めようとしていた。

 ルーシーが現れたことで、使用人用通路を使うことができなくなった一行は、別の入り口から王宮内へ戻る。

 本当は、髪同様、ヴォルフガングにドレスも乾かしてもらえないかと思っていたが、これもまたルーシーが現れたことで不可能となった。エリノアとヴォルフガングは、湿り気たっぷりなドレスと礼装姿で王宮内の廊下を急いだ。

 こんな格好だ。なるべく人目につかぬようにと思ったエリノアではあったのが……先頭を行く二人がいやに雄々しいやら、楽しげやらで……

 とてもではないが忍ぶことなどできなかった。

 必要以上に周囲の注目を集めてしまったエリノアは(濡れた我が身よりルーシーたちの様子のほうが恥ずかしい)やや傾いて歩いている。それを気がかりそうに見下ろしながら、その後ろをヴォルフガングが歩いている。


 そこへ——カツカツとキレのいいヒールの足音が近づいて来た。

 音はまだ少し離れている。しかし、己がこの王宮の主人だと主張せんばかりの堂々たる音を、侍女職に就くエリノアは敏感に察知した。ハッとして。エリノアは慌てて前を歩くルーシーとグレンの腕を引き止めた。


「お嬢様!」

「お姉様とお呼び。何よエリノア」

「エリノア様?」


 振り返った二人はきょとんとエリノアを見る。背後のヴォルフガングもどうしたのかと怪訝そうにしていた。


「こっち! 廊下のはじに下がってください!」


 エリノアは慌てて三人を広い大理石の廊下の隅に追いやろうとするが……

 巨体+頑固者+ひねくれ者……の扱いに手間取っている間に、その足音はエリノアたちのすぐ間近に迫って来てしまった。


「あらあらあら……そこにいるのは……ブレアのパートナーの“使用人”じゃ、なくって?」


 鼻にかかるような高慢な声に、エリノアがしまったという顔をして。ルーシーとヴォルフガングがムッとした顔で振り返った。が……

 そのとたん、ルーシーもまた、慌ててその場で淑女の礼をとり、頭を低く下げた。(その下で舌打ち)

 エリノアも、ヴォルフガングとグレンを己の背後に追いやってから、それに倣う。(もちろん舌打ちなし)

 ……この場合、エリノアは魔物二人を現れた者たちから隠そうと庇ったのだが……

 はっきり言って、ヴォルフガングの巨体はエリノアの背に隠しきれるような代物ではなかった。思い切り、はみ出している……

 さらに、ヴォルフガングがエリノアを『使用人』呼ばわりした者に対し、犬のような唸り声を上げようとして。それに気がついたエリノアが、慌ててその口もとに手を伸ばす――……が、届かなかった。


「…………」


 哀れにも、あわあわしながら己の口に向かって手を延ばし、ぴょんぴょん飛び跳ねる顔の青い娘を、ヴォルフガングは唸るのも忘れ、思わず無言で見下ろした。


 すると、そこに高笑いが響く。

 エリノアの間抜けな様に、侮蔑をこめたような笑みを浮かべ――……現れた集団の中心で、女王然と扇子を揺らした女、側室ビクトリアは……息子そっくりな嫌味な顔で鼻を鳴らした。


「これが第二王子の相手なんて、世も末ね」




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