40 白い髪の男
──その出入り口は、給仕に入る者たち専用のもので、潜った先の準備室もダンスホールのきらびやかさとは打って変わった質素な造りとなっている。
白髪の男がエリノアを抱えたままそこを通ると、いきなり入って来た大男と、抱えられたドレス姿のエリノアを見て、そこにいた使用人たちが皆、ギョッと立ち止まった。
ダンスホールを横切って、散々貴族連中の好奇の目に晒され尽くしたエリノアは、男の肩の上で既にぐったりしている。最早、その担がれ方は、荷物のような扱いである。
エリノアはうわごとのように「すみませんすみませんお忙しいところお騒がせしてすみません……」と、驚いている者たちに向け漏らしつつ……げっそり「姫って言ったくせになんだ……」と、その扱いの意味不明さと不当性を思っている。
しかし、男は立ち止まらない。
彼は人々の視線を気にする素振りも見せず、瀕死のエリノアを担いだまま、準備室を抜け、更にその先の使用人用通路を抜け、そこにある木の扉を押し外へ出た。
そこには石造りの小さな水飲み場があって、いつでも水を使えるようになっている。
ここに来てやっと、男はぐったりノビ気味のエリノアを、肩の上からゆっくりと下ろした。
「え……?」
水場の石の縁に座らされたエリノアは、きょとんと男の顔を見る。男はすっと、身を屈め地面に膝を突くと、エリノアのドレスを忌々しそうに見た。
小麦色の肌に、純白の雪のような髪を背に流した男だった。髪は礼装に合わせてか、耳の後ろをきっちりと編み込んでいる。たてがみのような髪は悠然として雄々しい。しかし何分、黒い瞳が激しく不機嫌そうに細められているもので……その威圧感にエリノアは仰け反った。
しかしだ。聞くべきところは聞いておかねばなるまいと、エリノアは恐る恐る問う。
「あ、あの……あなたは一体どちら様……」
「……全く……なんという幼稚な……」
「え、すみません」
問い終わる前にそう言われ、思わず謝ると、不快そうにジロリと睨まれた。
「お前のことではない。先ほどの娘たちのことだ」
「あ、ああ……」
不機嫌そうなのは自分に対してではないのだろうか。エリノアは少し安堵する。すると、男は決まりが悪そうな顔になった。不機嫌そうだった眉間が僅かに和らいで、彼はエリノアに、すまないと呟いた。
「……え? 何がですか?」
エリノアは迷った。
公衆の面前で思いきり御輿のように持ち上げられた件だろうか、それとも姫とか言っておきながら、男の服を気遣った時、容赦なく頬を押しやられた件だろうか。
しかし、どうもそう言うことではないらしい。
男は大きな背を少し、しゅんと丸めて言う。
「陛下に必ずお前を守ると約束した。防げず、すまん」
「へ、いか……?」
それを聞いて、やっとエリノアの停滞ぎみだった思考が徐々に働き始める。
すると、すぐ傍に見える眉間の縦皺と、黒い瞳には見覚えがあることに気がついた。
低い響きの憮然とした喋り方にも、そういえば馴染みがあって──……
エリノアは、白いタテガミのような髪にハッとした。
(……もしかして………………)
「……………ヴォルフガング……?」




