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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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39 王女の勘違い


 それは、全く見覚えのない男だった。

 肩の上で揺らされる不安定さから、思わずその頭にしがみ付いてみたものの、訳が分からなくてエリノアは顔の表情をこわばらせた。

 しかしおかしなことに、まったく見覚えのないはずのその男は、エリノアが頭に無造作につかまっても別段嫌そうな素振りは見せなかった。

 だからエリノアはもしかして、と脳内を懸命に検索する。

 もしかして、この人は……騎士オリバーの仲間か何かなのだろうか。養父のタガートを除けば、エリノアに、こんな筋骨隆々な知り合いはオリバーたち“ブレア大好き党”以外にはいない。


(でも……こんな目立つ人、いた……?)


 エリノアにはやはり心当たりがない気がして。肩の上から、段々離れて行く──唖然と自分たちを見送るハリエットに目線で助けを求めた。

 ──やっぱりこの人、王女様と人違いをしているのでは……!? と、いう意味を込めたつもりだった。


 が。

 ハリエットはその視線を受けて、ハッと可憐な唇に手を当て「……ああ……!」と、言った。

 そうなのね! と、何かを察したらしい彼女は手を叩く。


「きっとあの方……タガート家の家臣なのね!」


 あんなにしっかりしがみ付いて。余程親しい間柄なのね、と、ホッとした様子のハリエットは、去って行く大男とエリノアに、楚々とした様子で手を振っている。(それを見たエリノア、ギョッとする)

 途端、傍でオフィリアが、うっと顔をしかめた。


「え!? ル、ルーシー・タガートの……?」


 上がった名に、取り巻きたちも恐々と表情を見合わせる。

 彼女たちはルーシーが少々苦手だった。家柄で言えば、勿論ルーシーよりもオフィリアの方が上ではあるのだが、何かと国王の覚えもめでたい将軍タガートを父に持ち、自身の拳的な意味でも強いルーシーは、オフィリアたちもあまり敵に回したい相手ではない。(怖い)(※まだ『子供のケンカ』と笑って済まされる時代に、ちょっかい出して逆に散々思い知らされた。)


 オフィリアは悔しげに、その他から頭一つ抜け出した男と、肩の上に軽々と担がれた娘の後ろ姿を目で追った。


「……な、何なのよ……! 本当に、タガート家は目障りね!!」


 肩を震わせて怒っているオフィリアに、でも……と、誰かポツリと言った。


「随分……逞しくて見目の良い殿方でしたね……」


 その呟きに、令嬢たちが一瞬黙り込む。


「…………………………そういえば、そうね……」


 長い沈黙のあと、オフィリアが思わず、といった様子で頷く。──実は……食料状態が良いこの国の貴族令嬢たちは、割りに身長の高い娘が多い。当然貴族子息たちも身長が高い傾向にはあるのだが、その豊かな暮らし向きの男たちは、特に働く気もなく、身体を鍛えることもなく、悠々自適に貴族ライフを満喫していることが多い。そういう者たちは大抵が身長はあっても逞しいとは言いがたい。

 勿論、中にはしっかり武芸に励んだり、王国軍で身を立てようという者もいる。

 しかし、令嬢達よりも高身長で、きちんと筋肉を備え、かつ我侭なオフィリアたちが満足するほど“顔がいい”貴族男性というのは貴重な存在で……


「それから言えば先ほどの男はなかなか──……」

 

 と、言いかけて、令嬢は、ハッと歯噛みした。

 その悔しそうな様子に──だからこそ余計に腹立たしいと思っているのだな、と、それを傍で見ていたハリエットは呆れ果てている。

 話によれば、オフィリアは本当は体躯のいい男が好みなのだそうだ。しかし、結局は親の決めた第三王子との婚約を選んだ。可哀想な部分もある気がするが……普段、その虎の威を借るような彼女の立ち振る舞いを見ていると、同情できないと思うハリエットであった。


 と──そこへ、ブレアと王太子が戻って来た。

 グラスを手にした王太子は、傍にオフィリアたちがいるのを見て心配そうに王女を見る。


「ハリエット……どうかした?」


 すると、王太子とブレアの姿を見た彼女たちは、慌てたようにそそくさとその場から去って行く。

 それをため息交じりに見送って、どう説明したものかとハリエットが悩んでいると、ブレアが怪訝そうに彼女に問う。

 

「あの、王女、エリノアはどこですか?」

「それが……ちょっとオフィリアたちが問題を起こしまして。わたくしを庇ってドレスを汚してしまったんです」


 クラウスの婚約者の名を聞いて、ブレアの眉間に皺がよる。その手はすぐさまグラスを傍のテーブルに置いて。ブレアはエリノアを探そうと身を翻すが──それをハリエットが呼び止める。


「彼女ならタガート家の家臣が連れて行きました」

「……タガート家の……?」


 足を止めたブレアの肩に、王太子がぽんと手を乗せる。


「そう、それなら将軍かルーシー嬢に一言かけておこう。きっと代えのドレスが無くてお困りになる」


 舞踏会用のドレスというものは、やはりそれぞれの娘の体型に合わせてあつらえるものだ。国王主催の舞踏会ともなると、招かれた者は皆、こぞって金をつぎ込んで、専用の仕立て屋に何ヶ月も前からドレスを仕立てさせる。

 ゆえに、その値段も相当なもので、余程の上級貴族でもなければそのような代物には、あまり予備という考えはない。

 今回、急に参加が決まったエリノアなら尚更、それがあるとは思えなかった。


 ……だが。

 現在他国からクライノートに滞在中の王族、ハリエットならば話は別だ。

 王太子に微笑みかけられたハリエットは頷くと、ブレアの顔を見上げる。


「ブレア様、わたくし、当家の者に言って何か用意させて来ます。傍におりましたからだいたいの身長も分かりますし……彼女とわたくしの身長差なら何とかなると思います」


 彼女はクライノートへの滞在期間中、王太子と共に参加する様々な行事のために、多くのドレスや装飾品類を王宮に持ち込んでいる。


「王女……」

「あの子はわたくしを守ってくれました。必ず、ぴったりのドレスを用意致しますから、そう将軍にお伝え下さい」


 お願いしますと頭を下げるハリエットに、ブレアは一瞬ためらいを見せた。王女の瞳はエリノアに対する謝意に満ちているが、彼は出来ればすぐにでもエリノアを探しに行きたかった。

 しかし王太子の言うことも尤もで。汚れた衣装のままエリノアをここに連れ戻すなどということは、彼女に恥を掻かせない為にも出来ぬ話だ。けれども……ブレアのパートナーとして参加している以上、エリノアは、国王に挨拶もなしに会を去ることも出来ないのだ。

 

 ブレアはそれらを加味して、ため息混じりに「……分かりました」と頷いた。


(エリノア……)


 ブレアは一瞬その姿を探すようにホール内を見渡して。足早にタガートの元へ急ぐのだった。


  



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