表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
66/365

35 困惑の舞踏会


 その舞踏会は、いつになく静かなものとなった。


 二人がダンスホールへ入場すると、そこにいた全ての人間が、息を呑んで、ある意味ぎょっとして彼らを迎えた。

 普段近寄りがたい噂の付きまとうこの国の第二王子が、きちんとパートナーを連れて来たことも珍しかったが、それよりも。

 その表情がいつになく柔らかであったことが彼らをとても驚かせた。

 ブレアがこうした場に現れると、いつも相手の令嬢は緊張で青白い顔をしていたし、ぎこちない動きでドレスの裾を踏みまくり、今にも泣き出しそうな顔をしていたものだ。

 申し訳程度に重ねられた手を見ては、観衆の中から同情の声や失笑が漏れるのもいつもの事で──


 しかし。

 この時、来賓たちが見守った薄い色のドレスを纏った娘は、額に大粒の汗を滲ませていたものの、口を真一文字に結び、瞳はまっすぐに前を見て。表情はとても勇ましかった。

 時折──ブレアに足元を気遣われると、口元が照れ照れとむず痒そうに歪む。

 その顔は……それが決して誰かのおしきせではなく、娘が娘の意思をもってブレアの隣にいるのだと表しているようでもあったし、不意に見せる初々しい様子は、見た者を何となくくすぐったい幸福な気持ちにさせた。

 その気持ちは隣で娘をエスコートするブレアも同じなのか……

 彼女の方を見る時には、必ず彼の口角が持ち上がる。心なしか……眼差しも優しくて……

 これまで、舞踏会、夜会の類いで、第二王子が令嬢たちにどのようなふうに接して来たのかをよく知る貴族たちは、戸惑いを隠せなかった。


 更に彼等の動揺を誘うのが……二人の背後である。

 二人が国王の元を目指す後ろには、彼等を守るように、猛獣……いや、威圧感の塊のような長身の三名がのしのしとついて歩く。

 一名は、“クライノート王国の獅子”と称される、将軍タガート。そしてもう一名は、その娘ルーシー・タガート。

 二人は周囲を見据えるように(特にルーシーが酷い。『何か文句あるんだったら噛み付くわよ』という顔を)して、王子と令嬢の後ろを、まさに、獅子の親子さながらに悠々と闊歩する。

 その後ろ何やらやけっぱち気味で憮然とついて行くもう一名は騎士のオリバーである。

 体格の良いその三人を従えた第二王子の威圧感たるや……ブレアと共に王太子派を公言する貴族、高官たちすらも一体何事かと息を呑む始末である。

 自然、来賓たちは皆、王子のパートナーの令嬢が誰なのかがとても気になった。

 だが、その答えを知る者は多くはなかった。

 唯一それを知っているのは、そこで忙しく働く使用人や、警備を担当している、もしくは貴族に連なる者として会に参加しているオリバーの仲間達だけで……

 しかし、使用人達もオリバーの仲間達も、それをざわめく来賓たちに漏らそうとはしなかった。勿論、職務中に無駄口を叩けなかったという者もあるが……多くの者たち(特にオリバーの仲間、ブレア大好きっ子たち)は、堅物の第二王子のその様子がいかに貴重かよく心得ていた。悪戯に半端な噂を流せば、ブレアやエリノアの為にならないことをよく分かっているのだ。

 皆思った。そこに芽生えたほのかなものを、今、余計な横槍で摘み取る訳には行かない。

 ある者は、ブレアの為に。ある者は王室や彼を気遣う国王、王妃の為に。

 そう、無言の決意がダンスホールの中に密やかな団結を生んでいた。


 そんな彼等に見守られながら……

 二人は、王族達の居並ぶ手前まで辿り着いて、立ち止まる。

 壇上には、ぽかんとした顔の国王と王妃の顔が見える。

 それを見たエリノアが一瞬身震いしたのを感じて。ブレアは優しくエリノアに微笑んで見せた。

 

 



「…………まあ……」


 と、言うのが王妃の最初の一言であった。


 とは言え。それは、ブレアが国王たちに口上を述べ終えて、エリノアと共にダンスの輪に加わって行った後のことである。既に、その驚きをもたらした二人は、壇上にない。

 だいぶ長い間唖然としていた王妃は……ハッとした。


「あら!? 驚き過ぎてお相手の名前を聞いてなかったわ!?」


 王妃は困ったような顔で隣で同じく唖然としたままであった国王を見上げる。


「陛下……」

「うむむ……確か、エリー……エリア……?」


 国王も額を手で押さえる。

 傍にいた他の王族たちも、彼らのパートナーも……誰もが娘の名を思い出せないらしく、困惑の顔でお互い顔を見合わせている。

 すると、


「陛下、エリノアです。エリノア・タガートと申します」


 傍に残っていたタガートが胸に手を添え頭を下げながら恭しくそう告げると、王妃が手をパチンと叩いた。(因みに……ルーシーは、周囲を威圧しながら二人について行った)オリバーはそのルーシーに『ちょっと顔かしなさい』的に連れて行かれた……)


「そう、そうだったわ! ごめんなさいね将軍……息子があまりにも別人のようだったから驚いてしまって……」

「心中お察し致します」


 然もあらんという顔で頷くタガート。


「しかし……ブレアが相手を連れて来たのは嬉しいが……」


 国王が不思議そうにタガートと、ホールで必死な様子で踊るエリノアとを見比べる。


「お前にもう一人娘がいたとは初耳だが……?」

「あらぁ……! ではまさか隠し子なの?」


 愉快そうに王妃の隣から言ったのは側室のビクトリア妃である。ビクトリアは「将軍もおやりになるわねぇ」と、ころころ笑う。

 それに対し、タガートは「まさか」と、憮然と返す。


「あの娘は当家の養女です。昔の配下であった伯爵の娘で……この度正式に迎え入れました」


 言いながら、タガートは含みと棘のある顔をした。昔、この側室に多くの配下が潰された過去を勿論タガートは許していない。が、側室ビクトリアはそれを鼻で笑って、派手な羽根扇子を顔の前でゆったり揺らす。

 

「あらそうなの? それは残念」


 将軍は眼光鋭く側室を刺し、側室もそれを迎え撃つ。獅子と大蛇が睨み合うかの如く、一瞬二人の間に火花が散った。


 ……そんな二人の不穏さを他所に、王妃は嬉しそうにニコニコしている。

 

「今日はなんて喜ばしい日かしら! ブレアがちゃんと相手を連れて来たなんて。騎士たちとばかり過ごすものだから心配していたの。あの子ったら……あんなに丁寧に女性をエスコート出来たのねぇ……あ……涙が……」


 感慨深そうにウルウルしている王妃の言葉に、国王もしみじみと踊るブレアを見た。


「……確かに……あの様子は、ただ事とは思えぬなぁ……」


 息子は控えめな表情ながら、とても楽しそうに踊っている。それは──驚いた周囲の者たちの踊りがぎこちなくなる程に。

 はっきり言って、今現在ホールの中できちんと踊れているのは、ブレアたちと、共にホールに向かった王太子たちのペアくらいのものである。その他の者たちは、どうにもブレアたちが気になってしょうがないらしい。気もそぞろでステップを踏むものだから、彼等の踊りは決してうまく行っているとは言い難い。パートナーの足を踏む者も続出である。


 王妃は歓喜した。


「いいわ……いいわね! タガート! ぜひお嬢さんをブレアの妃に──」


 と、王妃が言いかけた時だった。

 その声に割り込むように、愉悦を滲ませた言葉が放られる。


「──それはお止めになった方がよろしいかと思いますよ」


 興奮してタガートに詰め寄った王妃を、せせら笑うように現れたのはクラウスだった。 

 クラウスは婚約者を引き連れて、国王たちの前にまで進み寄る。

 途端、側室ビクトリアの顔が綻んだ。


「クラウス! よく来ましたね! 遅かったじゃないの!」

「ご機嫌麗しゅう母上。申し訳ありません、ちょっと急に情報収集が必要になりまして」


 そう言うクラウスに、王妃が怪訝そうな顔をする。


「王子、どう言う意味なの? だって、ブレアが女性相手にあんなに嬉しそうだったことがこれまであって? あの子を逃したら……」


 そんなの惜し過ぎるという王妃に、クラウスはにやりと笑う。


「そうは言いましてもねぇ」


 鼻で笑うような言葉には、王の傍で控えていたタガートが剣吞で不審げな視線を第三王子に向けた。が、クラウスは、それも分かった上で、挑発するような、意地の悪い顔で言った。


「あの娘、兄上の侍女だそうですよ」

「……侍女……?」


 どこからそれを仕入れたのか。既にエリノアの所属を耳に入れたらしいクラウスは、勝ち誇った顔をして王妃を見ている。

 王妃は目を瞬いて、国王と共に顔を見合わせた。







お読み頂き有難うございます。

ご感想とっても嬉しかったです!

夏休みシーズン、書ける時に頑張って書きます!来週は帰省で難しいかも…(^_^;)


余談ですが…王妃を書きながら、案外ブレアの、天然ぽいところはこの母から…? と思ったりしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ