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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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34 勇ましき者



 ダンスホールの開かれた扉の前に立ったエリノアは、その先に見える目の眩みそうな世界に圧倒される。

 ホールをぐるりと囲んだ窓硝子には、外の夜闇が艶やかに輝いて見える。その上に広がるのは女神への賛美を表すという天井画。中央には巨大なクリスタルガラスのシャンデリアがぶら下がっていて、エリノアは、以前それを同僚たちとともに一つ一つ必死に磨いた時のことを思い出した。


 ──まさか……己がこんな風に見上げることになろうとは。

 

 王族用のエントランスはダンスホールよりも少し高い位置にある。

 階段を降りた先には、既に多くの来賓たちが集まっているようで、その賑やかな声は上にも伝わって来た。

 だが、官がブレアの入場を報せると、ホールは一瞬にして水を打ったように静まりかえった。


 ──そこに──密やかな、ヒソヒソ声が聞こえたような気がして。エリノアの表情が陰る。

 その小波のような声の中には、来賓たちの様々な感情が混じっているような気がして──……それは、けして、ブレアにとって好意的なものばかりではなかった。

 エリノアは一瞬感じた気後れを、拳の中に閉じ込めるように、強く手の平を握った。

 

(……っ私は……怯まないぞ……! き、貴族が何よ……私なんか、元魔王と魔族と一緒に暮らしてるんだからね!!)


 ざまーみろ! 

 ……とは……、ただの意味不明な虚勢ではあったが……、エリノアはひとまず足を踏ん張って。ぷるぷる軸を失ったように震える足をなんとか奮い立たせたのだった。


 二人はこの入り口を潜った後、来賓たちの視線降り注ぐ階段を下り、そして、国王や王妃、そのほかの王族たちの待つ壇上まで歩いていかなければならない。……それは、今のエリノアにとって、とてつもなく気の遠くなるような作業のように感じられた。

 藁にもすがる思いに駆られたエリノアはとりあえず祈った。


(……この際……魔王でもいいから……ご加護を下さい……! ブラッド……! 私の忠誠心が強固な殿下の盾になりますように……!)


 ……正直その祈りは……ブラッドリーに届けば届くだけ、ブレアの加護が目減りしていきそうな気もしたが……ツッコミ役は不在である。

 エリノア自身、絶対ブレア様の足踏みますと宣言したものの、この大舞台で、それはやはりやってはいけないことのような気がして。

 家名を名乗らせてくれたタガートの為にも、無様な真似はする訳にはいかないという気持ちも緊張に拍車をかけた。


(……メイナードさんに、絶対転ばない魔法とかかけて貰えば良かった……)

 

 げっそり斜め向くエリノア。に、

 不意に、ブレアがクスリと笑う。

 エリノアは、ハッと顔を上げた。

 隣に立っていたブレアは、穏やかにをエリノアを見ていた。


「……心配か?」


 気遣う言葉に一瞬きゅんとしたが、エリノアは、我に返ってスサッと白々しくブレアから視線を外した。


「…………いえ? 全然? 全然です。ご安心下さいブレア様、私め、将軍家の末席に据えさせてもらった身ですもの」

「……」


 根性見せます! ……と、拳を胸の前で握って見せるエリノアの額には、しかし正直にも大量の汗が滲んでいて。ブレアはそうか、と瞳の色を和らげた。

 彼女の様子は、勇ましいのにどこか笑いを誘う有様ではあったが、とりあえず、娘がブレアのためになんとか奮起しようとしていることは伝わった。

 武人気質のブレアは、元より勇気のある者や、果敢に挑もうとする者が好きだった。


「……そうだったな」

 

 ……それは、なんとなしに口を突いて出た言葉だった。

 口にしながら、ブレアは思っていた。


 ──この者は、最初から、“勇ましき者”だった──


「──……ん?」


 はたと……自らの心に表れた言葉に疑念が浮かぶ。しかし、それがなんのことか分からずに、ブレアは怪訝に眉を顰めた。

 不思議に思ったブレアは……不意にその答えが、彼女、エリノアにあるような気がして、娘の顔を食い入るように窺った。

 必死な瞳、丸い額。ふっくらと柔らかい頬は、赤くなったり青白くなったりと忙しくて──……


「、!?」


 ぼきり


 ブレアの頭の中に鈍い音がした。

 木の枝を折るようなそれと重なって一瞬大きな樹影が過ぎる。騒めく不穏な空気と、高らかに鳴り響く鐘の音。

 同時に──暗い部屋と、その奥で爛々と光る緑色の輝きが思い出された。


「っ……」


 それを“見た”瞬間、身体に叩きつけられたような衝撃が甦り、ブレアは己の胸を手で押さえた。

 その胸に小さな影がポツリと現れる。

 何故かは分からない。ただ、その影は、エリノアに対する小さな不信感のようなものだった。


(……これは……、何故……)


 ブレアの中に動揺が走る。

 エリノアは、ブレアが今一番不審を抱きたくない相手だ。

 それなのに……

 断片的な、記憶とも呼べぬようなその“何か”が、とても重要なもののような予感がして。ブレアの鼓動が激しくなった。

 

(私は……何かを……)




 ────忘れている……?



 ブレアの灰褐色の瞳が大きく見開かれた。

 記憶の端に……誰かの声が引っかかっていた。


 ──ほら、と呼ぶ声が聞こえる気がして──……


 しかし、その声はくぐもっていて最後まで聞こえない。


(……なんだ……私は、何を忘れている……? これは、この声は……)


 ブレアは思い出そうともがく。

 しかしそれは、不可解に難しい作業だった。

 すぐ傍にありそうなものなのに、どうしても深い霧の中に迷い込んだようにその姿が明確にならない。……そんな印象だった。


 また、ほら、と声がした。


 思い出せない気持ちの悪さにブレアが喘ぐように浅く短い息を吐いた時、

 開かれた扉の向こうに広がったものが彼の目に映る。


 ──ダンスホールの天井画。

 そこに描かれた、大きな大きな女神の大樹……


「っ、」


 それを目にした瞬間、記憶の中の樹影とそれが重なった。

 すると──くぐもっていた声が、少しずつ、鮮明になる。


 ──


 ──ほら、──


 ──ちょっと──………




 ……──ふかふか猫になってごらん?





 ──…………

 ──……

 ……

 。




「……………………」


 ブレアは……


 思わず黙り込んだ。


 脳裏に思い出した声は、間違いなく今目の前にいる娘のものだと思う。

 ……しかし……


「……………………猫?」


 なんだかとても重要なことを思い出しかけたはずが、ちょっと意味の分からないところを思い出してしまったブレアは、その不可解さにフリーズしてしまう。

 頭の中がぐるぐるした。なんだ猫って。


「……」

「? ブレア様?」

「あ……ああ……」

 

 気がつくと、エリノアがキョトンとした顔で己を見ていた。

 不思議そうに丸い緑色の瞳と、ふわふわと流れる黒髪を見ていると、ゆっくり考えていたことが薄れて行った。


「……どうか、なさいましたか?」


 エリノアは、まさか、王子までもが緊張し始めてしまったのかと不安そうな顔をしている。

 それに気がついたブレアは、いや、と(彼なりに慌てて)首を振った。


「少し、記憶が混乱していたようだ……」


 ブレアは、一瞬のこととはいえ、己が何故あんなに緊迫した精神状態に陥ってしまったのかが不思議だった。

 だが、思い出せた事柄が、あまりにも、意味を持たないもののような気がして。そもそも、ブレアの堅い人生に、“ふかふか”とか“猫”だとかいう単語はあまり登場してくるものではない。

 何かの思い違いか、と彼はそれを考えることをやめた。

 今からエリノアと共に、父である国王のもとへ参じなければならないという時に、一体何をと。


「大丈夫、ですか……?」

「……ああ、気にするな」


 ブレアは、心配そうに見上げてくるエリノアの額にかかった髪を指で避けてやりながら、娘を安心させるように笑む。

 心の中に不可解さは残ったが──今は、意味の分からない記憶について考えるより、緊張した様子のエリノアの不安をはらってやりたかった。己の為に気丈に握り締められた手を取り、柔らかく包んでやりたくて──ブレアはエリノアに向かって微笑みかける。


「──では、行こうか」

「──、はい!」







お読み頂き有難うございます。

…ブレアはいらんとこを思い出しました。


舞踏会…じりじり進んでます…長いですね…まだ入場しか…(><;)ぁあ~…


誤字訂正有難うございました!

ご感想、いっつも歓喜しております(*^_^*)

ちょっと間があきましたが、また頑張ります。応援していただけると嬉しいです♪

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