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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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32 ブレア落胆す。


 どうした、とブレアが呟く。


「もしや、ルーシー嬢に強要されたのか? 本当に無理に養子にされたのか!?」

「ちょっと!?」


 手を取って、最初に何を言うかと思ったら。ブレアがまず心配そうに言ったのはそれだった。

 まあ……昨日の様子では、エリノア自身が『それは出来ない』と悩んだ様子を見せていたのだから仕方ない。が……

 エリノアは思わずカクリと膝を折って。抗議の声は、勿論ルーシーのものである。

 父タガートにそれを窘められた令嬢は、ジロリと父親を睨み──どうやら──反抗対象である父がそこにいることで、いつもよりかなり強気割増気味になっているらしい。

 ルーシーは、先ほどクラウスの取り巻きを黙らせたタガートの叱咤を一睨みで跳ね返す。


「おっさん(※タガート)黙ってて!!」

(→タガートが精神ダメージを受ける)

(→オリバーとクラウスがギョッとする)

(→エリノアが「お嬢様!!」と、鬼顔で目を吊り上げる)


「…………」※ブレア


 ルーシーは猛々しい調子で、微妙そうな表情のブレアに反論する。


「それじゃあ私が無理強いしたみたいじゃない! 私じゃないわよ、その子が養子にしてくれって頼みに来たんだから!」


 言い放ち、令嬢は「ふん!」と、そっぽを向く。……タガートが気が遠くなったような顔をしてよろめいた。オリバーが慌ててそれを支えている。


 しかし言い放たれたブレアはというと、令嬢の礼を欠いた態度よりも、その言葉の方が気になったらしい。

 ブレアは目を丸くしてエリノアを見る。


「……お前が? 何故……」


 ブレアは今まさにエリノアに、ダンスのパートナーになってほしいと申し込みに行こうとしていたが、エリノアの身分を変えてまで、という考えはなかった。

 多少の騒ぎは覚悟で、そのままのエリノアで参加してもらえれば、と──いや、エリノアに申し込むこと。それ自体に、ブレアは意義を感じていた。

 何かの障害で、実際には舞踏会で共に踊る事が出来なくても、己がエリノアと踊りたいのだという意思を示しておきたかった。


 それなのに。

 ブレアは娘に家名を捨てさせるという大きな犠牲を強いたような気がして戸惑った。

 意表を突いて現れた娘の手を思わず取ってしまったものの──ブレアは、はたしてこのまま共にダンスホールの中に入っていいものかと頭を悩ませる。

 するとエリノアは、ルーシーに向けていたイガイガした顔を収め、彼ににっこりと微笑みかける。


「お嬢様がすみません殿下……でも、そうなんです。今回は、私めでもこうすれば……タガートのおじ様にご助力頂けば、少しはお役に立てそうだったので……そういう事にさせて頂きました」

「しかし……そのような事で……」


 ブレアが困惑した様子を見せると、ちょっと肩を落とした(※ルーシーのせい)タガートが説明をする。


「まあ……そもそも以前に一度、私はこの者と弟とをタガート家の養子にと手続きを進めておりました。それをもう一度数年ぶりに動かしただけです。……ので、そう大した労力では」

「……なる、ほど……」


 しかし、とブレアの表情は晴れない。

 だがエリノアは、いいんです、とすっきり笑う。


「トワインという家名を名乗れなくなるのはずっと嫌でした。でも、もう、私も子供ではないので。少なくとも、何も出来なかった子供の頃よりは、選ぶ力がついたと思いました」

「選ぶ……?」


 ブレアが問うと、エリノアは少し大人びた顔で頷いた。


「──はい。家名で、今は亡き父と繋がるか……それとも、父の意思を継ぐことで繋がって行くか、という事です」


 その言葉にブレアは瞬き。エリノアは、父の姿を思い浮かべながら、続ける。


「私の父はトワイン家の当主としての誇りを胸に、ずっと国に仕えさせて頂いておりました。でも……父が誇りに思っていたのは……きっと家名だけじゃなかったと思うんです。国王陛下や、国を支える事そのものにも、父は喜びを見出していたはずです……だから……」


 エリノアの緑色の瞳は、まっすぐに主の顔を見上げている。


「私は道半ばでそれが出来なくなった父の為にも、自分でこうしたいと思ってここに来ました。殿下の威信を守ることは、トワイン家にとっても大切なことです」


 エリノアは、目線を下げて膝を折り、身体を沈めてブレアに淑女の礼を捧げる。


「殿下、未熟な私めですが、此度の舞踏会、姉の代理でお相手させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「……」

「今回の事……私にとっても、“そのような事”ではなかったみたいなんです……」


 恥ずかしげな言葉が、先ほど自分が『そのような事で』と、言ったことに対するものなのだと、ブレアもすぐに察する。

 その途端、ブレアは──……


 思わず、エリノアから顔を背けた。


「……」


 娘の瞳を見ていると、柄にもなく胸の内が甘やかな薔薇色に染まったような気がして。

 はっきり言って、ブレアには、まるきりどうしていいか分からなくなった。ただただ、自分の心象風景の有様が、これまで経験したことのない程に己らしくないということだけは理解して。ブレアは眉間に皺を寄せたまま戸惑い、やや、目が回りそうな感覚に陥る。


「……!? ?? ??」

「ブ、ブレア様? あ、あの、でも、勿論殿下がお嫌なら……」


 応答がない事を王子の不服と思ったか。途端エリノアの顔が、ぼっと燃え上がる。

 着飾って押しかけてみたものの……もしやこれは要らぬお節介であったか。そう思うと急激に恥ずかしくなった。

 勿論、エリノアにとってもここに来るまでには相当の勇気が要ったのだ。だが、昨日の別れ際、己の不用意な言葉で王子を不快にさせたことがとても気になっていた。

 それで、休日であった今日。結局いてもたってもいられずに、タガート家に駆け込んでしまった。

 しかしそれも──


(──全部……突っ走りすぎの的外れ……)


 暴走行為で王子を困らせてしまったかと思うと、エリノアの額には羞恥のあまり滝のような汗が流れる。

 ──と、それに気がついたブレアはハッと我に帰って。慌ててエリノアの手を引いた。


「いやっ、違う……!」


 身を沈めたままだったエリノアを立ち上がらせたブレアは、破裂しそうに赤い娘の顔を見る。


「嫌などということでは……」


 気まずそうな王子の顔には珍しく冷や汗が浮かんでいる。分かりにくいが、頬も微かに赤い。


「……」


 ブレアは言葉を切って、深呼吸をひとつ。

 それから決意を固めたようにエリノアを、見た。


「……嫌ではない。頼めるか──……エリノア」

「! はい!」


 名を呼ぶと、その瞬間にエリノアの表情が輝いて。


「……」


 笑顔になった娘を見たブレアは更に惑った。

 華奢な手のひらを取った己の手がいやに熱い。むず痒いような心臓と、浮き足立つような己の足が不安だった。

 そんなこととは露知らず……エリノアは背後で悪女の様相でガッツポーズをとるルーシーと、(ルーシーに“おっさん”呼ばわりされてちょっぴり涙ぐみながら)微笑を浮かべるタガートへ、やりましたよ! と、グッと拳を握って見せる。


「私……採用されました!!」

「頑張るのよエリノア! 私の為にも!(ここ強調)」

「はい! 私め、タガート家とトワイン家の為にも立派にお役目つとめて参ります!」

「…………………」(※ブレア、無言(自分はこんな調子で最後まで持つのだろうか、と案じている)


 そんなブレアに──すすす……と近づいて来たオリバーが半眼で、一言。


「……ブレア様……あの誘い方……本命に対しては落第点ですよ……?」

「……………………」


 その言葉には、あれが今の精一杯だったブレアは……

 自分の不甲斐なさに、やや落ち込むのであった。






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