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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
61/365

30 気づき



 ──どうしてあんなことを言ってしまったのか。


 ブレアはそれをずっと考えていた。 


「……」

 

 勿論ブレアは彼女が自分のことを心配してくれていたことはちゃんと理解していた。

 ブレア自身が己の風評をどう思うかはまた別として……彼女が、己の名誉が傷つかぬようにと案じてくれた事はブレアも素直に嬉しかった。しょんぼりと落とされた薄い肩を見ると、思わず吸い寄せられるように手が伸びそうになったが……


 『ブレア様と踊るなんて』と、言われた時には──妙な苦さがあった。

 胸は何かが詰まったように重くなり、それでつい、問い詰めるような言い方をしてしまった。

 幼稚な言葉であった。


「……あれでは、まるで子供ではないか」


 普段ならどんな噂であれ聞き流せるはずが、それが上手く行かず、何故か娘の言葉の一つ一つが気になった。

 どうにも……最近己の様子がおかしいような気がして。

 今なお続く胸の重さも、そこから来ているような予感がするのだが……


「ん……? なんですかブレア様」


 ブレアが零した呟きを拾い聞き、階段の途中で供の騎士が顔を覗き込んで来た。

 熊のようななりをした騎士は、今日はぱりっとした正装を身に纏っている。


「誰が子供なんです?」


 不思議そうに眉を持ち上げてくるオリバーに、同じく正装に身を包んだブレアは、きっちり腕を組んだまま、問う。


「……いや……オリバーお前……女が気になったことはあるか?」

「…………、…………、……何ですかそれは……そう言う話なら、もうちょっとライトなノリで言ってくれませんかね……」


 王子の生真面目な顔に、オリバーがもうちょっとで吹き出すとこでしたよ、と苦情を申し立てる。


「そりゃあ、ありますよ男ですから。それに……今はどうしたらブレア様にダンスのお相手女性を見つけられるか……それが心底気になってます」


 オリバーは言ってから、この男にしては困りきったという表情をした。


「なんの事を仰っているのか知りませんが……本当に、今夜の会……またお一人で行かれるんですか? パートナーを断るなんて……王妃殿下がガッカリなさるじゃないですか……」

「……お前、さては此度の件、母上から話を聞いていたな……?」


 どうやらオリバーは……今回のブレアの舞踏会のパートナー候補が、皆、彼の縁談相手だったと知っていたらしい。

 その指摘に、オリバーはわざとらしい調子で「何の事ですか?」と、人を食ったような顔で苦笑する。


「……まったく……」

「それはこっちの台詞です……ダンスが上達しなかっただなんて見え透いた嘘を……あーあ、将軍のお嬢さんは癖がありそうですが、体育会系で見所もありそうな気がしたんですけどねぇ」


 騎士の落胆した様子に、ブレアは呆れている。

 今回彼は、母である王妃がそういうつもりだったのだとは知らなかった。

 それなのに、己の護衛騎士はちゃっかり王妃と通じていたのだ。


「……てっきり母上はもう私の縁談は諦めたものと思っていたのだがな……」


 ブレアが階段を上りながら難しい顔でそう言うと、オリバーはそんな訳ないでしょうと呆れる。


「自分の王子がクラウス様……ひいては側室様陣営に攻撃されてるのに、それを王妃様が見過ごし続けるはずないじゃないですか。そこら辺はお妃としての覇権争いにも通じますし」


 “覇権争い”と言う言葉に、ブレアは一層嫌そうな顔をする。


「……母上には己のことは己で対処するゆえ手出し無用と言っておいたものを……」

「……殿下がさっさとやりかえさないから周りがやきもきするんでしょう! クラウス様を野放しになさったりするから……!」

「仕方あるまい、本当に下らぬこととしか……」

「殿下自身がそうでもね! 王妃様や俺達にとってはそうじゃあないんですよ!」


 護衛騎士は恨めしそうな顔でブレアを睨んでいる。そんな男の様子に、ブレアはため息をついた。


「……はぁ、まあ、今回は相性が悪かったと思って頂くしかあるまい。私のような愛想もない者に、そう簡単に連れ合いが見つかるとも思えんな。……無理強いする訳にもいかぬ」


 真顔で返す王子に、オリバーも大げさなため息をつき返す。


「ああ~……クラウス王子の勝ち誇った顔が目に浮かぶ……」

「……嫌なら離れておけ」

「やですよ! どうせ今回も嫌味を言われても言いたい放題にさせておくつもりなのでしょう!? 心配でとてもじゃないですけどお一人に出来ません! これだから、侍女頭たちに過保護とか言って鼻で笑われるんですよ、俺達は!」

「……それはすまんな。だが付いて来る気なら諦めろ」

「く……っ、ご令嬢たちの中に少しくらい好みの方はいらっしゃらなかったんですか!? お願いですから、もうちょっと間口を広げて下さいよ!! 俺なんか……女なら誰でも好きですよ!!」

「…………」

「あ! そんなゴミ虫見るみたいな目で見ないで下さい!」


 途端、ジロリと見られたオリバーが嘆く。


「……煩い。私にも好みくらいは──……」


 と、言いかけて。ブレアはふと、脳裏に浮かんだ姿に思わず足が止まる。


「…………」


 それが誰か分かった瞬間、何故か一人赤面してしまったブレアは……

 またそこで真面目に考え始めた。……何なんだこれは……と、眉間には、深いシワがよっている。どこまでも生真面目な男である。


「……?」

「はー……」


 しかし、そんなブレアの小さな異変には気がつかず。

 ちょっぴり涙ぐんだ騎士は、階段の終わり、その先に“あるもの”を見つけて、げっそりと指差した。


「ブレア様の潔さは素晴らしいですがね……ほら……居ましたよ……殿下の可愛い弟君が……」

「…………あぁ、」


 その姿を見つけ、ブレアも現実に引き戻された。

 オリバーの投げやりな視線の先──ダンスホールのエントランスには、話題の第三王子クラウスが立っていた。

 こちらも正装に身を包んだ第三王子の隣には、これまた華美に着飾った彼の婚約者が立っている。それを取り囲む大勢の貴族の男女は、彼等の取り巻きたちであろう。

 クラウスはいつも沢山の取り巻きを引き連れて歩いているが、本日は、彼の婚約者である公爵令嬢方の取り巻きもいるらしい。その数も合わせると……エントランスはまるで彼等に占拠されているようである。


「……賑やかだな」

「賑やか……? 我が物顔じゃないですか、邪魔な……表に回れよまったく……」


 そもそもこちら側は王族用の特別なエントランスである。表側の大勢の来賓が使用するエントランスと比べるとやや手狭な造りになっているし、本来は、王族やそのパートナーだけに許された場所である。

 護衛のオリバーとて、ブレアを送り出したあとは、別の入り口を使用する必要があり、そこをクラウスの取り巻きたちが好き勝手に使っていいはずがない。……のだが。

 話によれば、こうしたクラウスの振る舞いを、国王の側室が許可しているとのこと。

 その側室はブレアの母とは仲が悪い。あまり下手にブレアがクラウスに干渉すると、事は側室と王妃を巻き込んだ大きな事態に発展してしまう。さらに妃達に板ばさみになった国王が困るのも目に見えていて……

 あまり家族内に不和を生みたくないブレアにとっては頭の痛い問題であった。


 クラウス、ひいては側室の威光を笠に着て、舞踏会前の高揚感に浮かれた若者貴族たちはエントランスで傍若無人に振舞っている。居合わせた王宮の使用人たちも、彼等にあれやこれやと言いつけられて非常に困惑しているようだった。

 その横柄さを目撃したオリバーは、毒のある顔で「迷惑な、」と吐き捨てるように言った。

 と、それが聞こえたのか……


 クラウスの取り巻きの中の一人が、ブレアたちに気がついた。

 その男に耳打ちされたクラウスは……兄の姿を視界に捉えると、途端、含みのある笑いを口の端に乗せる。

  

「……ほーら御覧なさい。さっさと入場すればいいのに。あれ、わざわざのブレア様待ちですからね」


 ほーんと、可愛い弟君ですねぇ……と、オリバーがげっそり厭味を吐いている。

 その顔にはやはり、はっきりくっきり「めんどくせーな!」と、書いてあり……ブレアがそれを目線で嗜めると、同時にクラウスたちがぞろぞろと傍へやって来た。

 もちろんクラウスは本日もその一番先頭で胸を張っている。


「これはこれは……こんばんは兄上」

「ああ……息災かクラウス」

「ええ、今日は良き夜ですね」


 ブレアにうやうやしく頭を下げた後、クラウスはわざとらしい微笑みを顔に浮かべる。


「おや、どうなさったのです? お隣にむさ苦しいデカブツの姿しか見えませんが。まさか、それが今夜のパートナーですか?」

 

 途端第三王子の背後からは、さざ波のような笑い声が漏れる。クラウスの隣に寄り添う令嬢も、扇の向こうで肩を揺すっている。

 その蔑みを含んだ響きには、“デカブツ”呼ばわりされたオリバーが、それでも表向き騎士として平静を保ちながら……鉄仮面の下、細い声で呪い言葉を吐きまくっていた。

 傍にいて勿論それが聞こえたブレアは、やれやれと思いながらも、弟の顔を見る。


「……まさか。この者にはきちんと別にパートナーがいる。私は此度は辞退することにした。踊りは相変わらずの腕前なものでな」

「またですか。護衛にすら相手がいるのに、兄上はタガート家の娘にも匙を投げられたと? 味方の娘にすら見放されたとはなんと情けない。ああ……勿論、これは兄上のことを心配して言っているのですよ?」


 その見え透いた言葉には、オリバーの瞳が剣呑に尖る。が、ブレアはといえば、一言、「そうか」と、言ったきりである。

 ブレアがそうして頷くと……平然と返されたのが気に入らないのか、クラウスが鼻を鳴らす。

 顎をしゃくりあげて見下げるような目線には、ブレアの背後で呟かれるオリバーの呪いの言葉がより邪悪になった。


「父上もさぞかし失望なさることでしょうねぇ……父上は踊りがそれはそれはお上手なのに。兄上はその才能を受け継ぐ事は出来なかったのでしょうか。甲斐性さえあれば、相手くらいいくらでも見つかりそうなものですが。もしかして高望みしすぎておられるのでは? 身分が低い者になら、兄上の身分に群がってくるような者もいるかもしれませんよ」

「クラウス……下らないことを喋っている暇があるのなら、さっさと入場しろ」


 真顔なりに辟易したと言いたげにブレアが弟を促す。が、クラウスは、兄に向かって饒舌に動く口を止める気はまったくなさそうだった。

 ブレアたちも、クラウスたちにダンスホールへの入り口前を塞がれていては進む事もできない。

 それを分かった上で、クラウスは猫なで声で続ける。


「そう邪険になさらないで下さい兄上。たまには私の進言もお聞き入れ下さいよ。第二王子が弟に追い抜かれ序列も守れず、婚約も出来ず……少しくらい体裁も考えて下さらないと私も困るのです、同じ王族として」

「……そうか」

「ちゃんとタガートの娘には泣きすがって頼んだんですか? 誰にも相手にされない惨めな私と踊って下さいと」


 体裁を考えろと言っておいて、同じ口で配下の娘に泣きすがれと言う。


「……──」


 その言葉にブレアの眉がピクリと持ち上がり──それを見たクラウスは、途端、表情に歪んだ喜色を浮かべる。やっと兄の顔色を変えられたことが嬉しかったらしい。

 しかし、そのあまりの言いようには、ブレアの背後で耐えていたオリバーが、堪らず怒号を上げる。


「なんてことを……元はと言えば!!」


 憤った騎士が尊大な顔をしている王子に食ってかかり、クラウスの取り巻きたちが身構えた。

 クラウスもせせら笑うように顎を持ち上げ騎士の顔を睨んだ──……その時。


 傍で、ブレアが誰もが予想だにしない動きを見せた。


「…………、そうか……」

「え……?」


 ブレアの言葉の調子に、一瞬周囲の者たちが皆、きょとんとした顔になる。

 それは、何かの気付きに意表を突かれたとでもいうような、そんな晴れやかな響きを持っていた。

 ブレアは口元に手を添えて、何事かを一心に考えている。

 その顔は怒りに染まっているわけでも、弟を睨んでいる訳でもない。

 ただ、思案顔で腕を組み、ぽつりと言葉を漏らす。


「そういえば私は、頼まなかったな……」


 ブレアは思った。

 ……もしや、今回も頼めばよかったのだろうか、あの日のように。


 ──王宮舞踏会。

 はっきり言って、それはブレアには興味の持てない行事である。

 いっそ、騎士たちと共に警護にまわりたいと思うくらいで……

 もちろん、そんな事が許される訳はないのだが。

 しかし、着飾って貴族たちの前で踊る自分には違和感すら感じるのも事実だった。


 ブレアの灰褐色の目は、先に見える豪奢な白い大扉を捉えた。

 多くの衛兵や使用人たちが整列するその扉の向こうには、贅の限りを尽くしたようなダンスホールが広がっている。

 きっと中には着飾った賓客、貴族、高官たちが大勢集まっていることだろう。

 剣を振るほうが楽しいブレアには、そこで楽しいと思った記憶はない。

 だが、とブレアは思い出す。


(もし、そこで、)


 あの時のように過ごせたとしたら──


 その時、ブレアは幻のように、自分の手を取る白い手を見た。

 娘が“白魚”と言い張る腕から伸びる、柔らかなそれ。

 共に踊ってくれと請うた時、自分を見上げてきた、決意に満ちた美しい瞳の色を思い出した。


『絶対……足踏みますからね!』


 耳に甦る勇ましき言葉には、目の前が開けるような気がした。




 そうか、とブレアがもう一度呟く。


「そうか…………私は……あの娘を好いているのだな……」










…気づきました。お、遅い、!?

あれですね、ブレアはどうやら…てん、ねん…?こんな感じだとは書き手も予想だにしてなかったんですよ…(^_^;)



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