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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
一章 見習い侍女編
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6 下っ端の覇気

 目を点にして真っ青になっている娘を放し、ブレアが立ち上がる。


「私は今見た事実を国王陛下に報告しなければならない。勇者よ、名を名乗れ。共に来──」


 ブレアがそう言って腰を抜かしたようにへたりこんだままのエリノアの腕を引き上げようとした。

 と、その言葉に、エリノアが、かっと目を見開いて覚醒する。


「無理!!」

「……」

「は! いえ、申し訳ありません殿下、その……無理でございます!!」


 思わずの反論だったのか、エリノアは一瞬口に手を添えて慌てたが、それでも引き下がりはしなかった。

 娘の涙は未だ乾ききってはいなかったが、緑色の瞳が宝石のように強い輝きを滲ませて、ブレアはその中に見え隠れする覇気に驚いた。しかし、とブレアは低く問う。


「…………何故だ、建国以来の栄誉だぞ。何故拒む」


 ブレアたち王国内外の多くの戦士たちが喉から手が出るほどに欲したその誉れ。

 建国時の国王は、女神の勇者となった者には高い地位を約束していて、今までその約束が成ったことはなかったが……おそらくそれは現代でも有効だろう。

 もし勇者がその女神に認められた力でなんらかの手柄を立てれば、騎士団長や将軍職ですら叶わぬ夢ではない。

 何故ならば、“女神の勇者”という知名度は伊達ではない。

 この大陸では、クライノート王国だけに止まらず、女神信仰は広く浸透している。

 それは女神の威光がこの国だけに留まらないことを示していて、その加護を持った唯一の戦士ともなれば、その処遇とて破格のものとなるはずだった。

 聖剣を得たものは、女神の加護と民心とを一手に集めることが予想され、ゆえに──もし──王子の内の誰かがその聖剣を抜いたとしたら、次の王座は確実だとさえ言われていた。

 ブレア自身は早くに実兄である王太子の支持を表明していて、あまり王座には興味がなかったが……それは王子という立場にある以上無視できない事柄だった。

 もし、王太子以外の王位継承権を持つ誰かが聖剣、もしくはそれを抜いた“女神の勇者”を手中にすれば、王太子の立場が危ぶまれ、王宮内は確実に厄介な状況と化すに違いない。


 ブレアとしては──こうなった以上、幾ら目の前の娘がおよそ勇者らしからぬとしても。腕が白魚だろうが表情筋しかまともに備わっていなかろうが──聖剣を抜いた者として、この娘を保護、もしくは確保しておかないわけにはいかなかった。


 けれども……ブレアの目の前にしゃがんだ娘は、その千年の誉れを手にしたとは思えない表情で──勝気な瞳に涙を滲ませ首を振る。


「──殿下、わたくしめには無理でございます」

「……無理?」

「ご覧になればお分かりでしょう? わたくしめは単なる王宮侍女で……女神の勇者などという大任を拝するような者ではありません」

「……それは女神が決めること。お前が判断することではない」


 ばっさりと切り捨てられたエリノアは、なんでよりによってこの王子に目撃されてしまったのだろうと悔やむ。

 第二王子ブレアは、己にも、他者にも厳しいことで有名な男だった。

 黙々と鍛練に打ちこみ成果を上げるその姿勢は、体育会系な性質あふるる軍部の中や、ちまたの戦士たちの間ではすこぶる評判がいい。だが、その反面、厳しい姿勢は見る者に畏敬の念に近いものを抱かせてしまうのか、かなりの美丈夫にもかかわらず、若い女性たちなどには少々遠巻きに愛でられることが多い。

 彼がよく付き従っている王太子が柔和な美形であることも手伝って……その厳しいまでの堅物さが際立ってしまうのだ。

 侍女たちの間でも、「第二王子は素敵だが、怖い」と評判で……エリノアも、彼の前で身をすくませながらその世話を務めている同僚の姿をよく見かけた。

 だからよく思ったものだ。

 己がもし上級侍女に昇格しても、ブレア王子の担当だけはちょっと気が進まない、と。


(なのに……)と、少しエリノアは気が遠くなる。

 そんな素敵に怖い第二王子と、何ゆえ己はこうして対峙せねばならぬのか。


 しかし……ここで負けては、己は本当に聖剣を抜いた者として国王の前に連れて行かれてしまう。それがどんな騒ぎを引き起こしてしまうのかはエリノアにとて分かった。

 ここで引き下がっては、エリノアの侍女頭のしごきに耐えた数年間はきっと無駄になってしまうだろう。

 たとえ彼女が女神の勇者として祭り上げられたとしても、恐らくそれは本当に一時的なものなのだ。

 エリノアは、自分には勇者と称されるに値する素養は何もないと思う。

 ゴミ拾いならば負けないが、剣術どころか、武術は何もできず、さして頭がいい訳でもない。

 そんな──実力の伴わない勇者に多分世間はすぐに失望する。

 そうなれば、地道な努力を積み重ね、王宮でやっと手に入れたエリノアの居場所はきっとなくなってしまう。侍女達の仕事は王宮内で王族達の生活を安定させること。……騒動の元となるような侍女はいらないのだ。


 ──そんなことになってはなるものかと、エリノアはブレアの視線を真っ向から受ける。


「……殿下、お言葉ですが、こんなチビが聖剣抜いて、国民の誰が納得するんでしょうか!? 」

「……何?」


 一瞬黙ったかと思ったら、一気に勢いを増した娘の顔にブレアがわずかに目を見開く。


「国民たちはきっと出まかせだと騒ぎ立てると思います。だって、屈強な騎士戦士たちがこぞって抜けなかったものがですよ? 私だって絶対嘘だと思います!」


 しかし、その発言にブレアは冷ややかに瞳を細める。


「お前は、私の証言する事柄が国民に受け入れられぬと、そう言ってるのか?」


 しかし、エリノアは首を振る。


「そうではありません……! そりゃあ、殿下への民たちの信頼は厚いですよ!? 殿下が黒を『白だ』と言えば白だと信じるような方たちが大勢いることももちろん存じ上げております!」


 しかしですね!? と、エリノアは、得意の高速話術でブレアに圧を加える。

 その迫力にはブレアも思わず仰け反って押し黙った。ただ、眉間にはくっきりと縦皺が。

 もちろんエリノアはそんな事は気にしない。


「この結果は国民の望むところではないと思います。私はさしたる特技もないような侍女です。あ、口はよく動きますよ、ご覧の通り。ですがね、こんなのが勇者だとか言われて誰が喜びますか!? 腕は白魚の如きで口だけ達者って……私だって、『そりゃどんな勇者だ』って思います。きっと何かの間違いだと思うんです、殿下だってそうでしょう!?」

「しかし……」

「さ、殿下、心の声をよぉおくお聞き下さい、殿下のお心は“何故こんなチビの下っ端が聖剣を……間抜けな顔して腹が立つ”とか囁いているでしょう!?」

「…………そこまでは思ってない」


 ブレアの返答に、「そうですか!? おかしいですね!?」と顰め面で漏らす娘を──第二王子は些か変なものを見るような目で見ている。その、ブレアのわずかな引き気味な精神状態を見逃さなかった目ざといエリノアは、駄目押しとばかりにじりじりブレアににじりよる。

 

「殿下……お願いします……見逃してください……」

「おい……顔を整えろ。王宮侍女にあるまじき顔だぞ……」

「整いませんよ、必死なんですから!!」

「…………」


 その言い切りに、ブレアはなんと返していいのか分からなかった。何故ならば、彼の輝かしい王子人生において、こんなに奇妙な女は初めてだったのだ。




お読み頂き有難うございます。

だんだんエリノアの変人ぶりがいい具合に際立ってきましたね…

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