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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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27 お嬢様とエリノア


 ──その男女は睨み合うように向かい合っていた。

 互いの長い手足は無駄のないキレのいい動きで行き来する。

 その迫力たるや、凄まじく……無風のはずの室内に、時折煽られるような風が湧き起こる。

 ──と、女のヒールが事の終止符を打つように、カッ……と美しいホール内に音を響かせる。


「…………」


 二人の動きはほぼ同時に止まり──女はほんの一呼吸の間、ひたりと男を見据えてから──勢いよく振り返った。

 その先──部屋の隅には、明るい窓の傍に一人の王宮侍女の姿があった。

 猛禽類を思わせる瞳で刺された侍女は、思わず怯んだように押し黙る。


「どう!? エリノア!?」

「……」


 女──ルーシー・タガート嬢に続き、男、王子ブレアも無言のままにエリノアを振り返る。

 感想を求められた娘──エリノアは……

 にっこり頷いた。


「──え─……その……何だか──…………決闘を見ているような気になりますね……」


 笑顔は笑顔だが……なんだかげっそりひきつっている。

 

「お嬢様……ブレア様……それ、本当にダンスですか……?」




 

 他に人気のない部屋の隅で、据えてある長椅子に身を沈めている娘がむすっとした顔で言った。


「あ~もうやってらんないわぁ」

「ちょっとルーシーお嬢様……何というお行儀ですか……」


 人がいないのをいいことに手足を投げ出すようにしている令嬢に、エリノアは目くじらをたてた。

 練習会の休憩時間。レッスン室の控えの間に下がったルーシーは、椅子を見ると、まるで飛びつくように身体を投げ出した。

 令嬢は、豪華な巻き毛を振り乱してプリプリしているし、ドレスの裾から伸びる足は、今にも靴を無造作に蹴り投げてしまいそうな様子である。どうにもこうにも子供のような癇癪感が漂いまくっているが……何度も言うが、ルーシーはエリノアよりも年上である。


「タガートおじ様がご覧になったら巨体を折ってお泣きになりますよ!?」

「だぁって……いっくら練習してもブレア様と私じゃまるで対決なんですもの、何なのよ! あの男、私に喧嘩売ってるの!?」

「ちょっとお嬢様……! 殿下に向かって……それに多分喧嘩売ってるのはお嬢様の方ですよ……」


 エリノアは、げっそり呆れた。


「……思うにお嬢様……全てはお嬢様のブレア様に対する敵愾心がダダ漏れなのが原因なのでは……せっかくブレア様に土下座を止めていただいたのに……」


 先日の練習会での失態の件を、今日もブレアに土下座で謝ろうとしたルーシー嬢。


「快くお許しいただいたのに、今度は喧嘩売ってどうするんですかお嬢様……」


 そのアグレッシブなところ何とかなりませんかとエリノア。すると一気にルーシーの瞳が鷹のような目に変わる。


「快く~……?」

「あ! お嬢様! その顔やめて! お嫁の貰い手が……」

「何か快くよ! 鉄仮面すぎて怖かったわよ! 私、繊細なのに……怖すぎて思わず飛び上がって威嚇しそうになったわよ!」

「お嬢様……ビビり……」


 思わずエリノアが言うと、キッとキツめに睨まれる。


「気にくわないの! パパはすぐにブレア様ブレア様ってうるさいし、ブレア様はすぐにパパを王宮に呼び出すし……」

「……仕事がありますからね」

「パパはそれに犬みたいにすぐ応じるのよ!? ゴッツイおっさんが娘を差し置いて王子王子って……なんか不愉快じゃない!?」

「……ゴツイおっさん……」


 おじ様かわいそう、とエリノアは、ルーシーの機嫌の悪さにため息をつく。

 しかし、どうして今日はここまで令嬢の機嫌が悪いのかというと……

 ──実は。

 この度ルーシーは、正式に、次の舞踏会でブレアのダンスの相手を務めることが決まってしまったらしい。

 候補者は他にもいたようなのだが……


「……本当はこの練習の相手だって私以外にも何人かいたのよ? だけど、他はみぃんな次々と辞退しちゃって」

「えぇ……? そんな、どうして……」


 不満そうな令嬢の言葉にエリノアの眉が驚いたように持ち上がる。

 エリノアはブレアのことがとても心配になった。候補者の多くが辞退を申し出てきたと聞いて、その時ブレアはどう思っただろう。


(……ブレア様……傷ついたりしてないかな……)


「……」

 

 エリノアが思わず胸を手で押さえると、そんな彼女にルーシーが続ける。


「ほら、私、この間ブレア様のロクでもない噂をわざわざ私に教えてくれた令嬢たちをシメたじゃない?」


 その言葉に、ブレアのことを慮ってしんみりしていたエリノアの顔色が変わる。


「…………お嬢様……!? なんか当然のようにさらっと怖いことおっしゃってますが……それ私め聞いてませんからね……!?」


 何やってるんですか! と、エリノアは怪奇顔でルーシーに迫る。


「シメたって……!? シメたって何!? お嬢様!?」

「……あんた相変わらずホラーねぇ……いいから聞きなさいよ。それで令嬢たちをシメて吐かせたら、どうやら噂の出元はクラウス様の関係者なんですって」

「! ……クラウス……王子様……?」

「そ。だから、今回の突然のパートナー候補者たちの辞退も、私を怯えさせたあの噂も、きっとブレア様に当てつけたクラウス様の仕業よ。パパにも確かめたの。第三王子は前々から頻繁にブレア様に陰湿な嫌がらせをしてるって、怒ってたわ」


 それを聞いてエリノアは困ったような顔をする。

 噂とは、王宮内に蔓延しているブレアの様々な良くない風評のことである。エリノアも、実際に王子と接する前は、王子がとても怖い人なのだとすっかり勘違いしていた。


「でも何でそんなこと……」

「さあ。派閥争いの一環なのか、それともただ単に腹違いの兄を見下したいのか……そう言う噂がなければ、はっきり言ってクラウス様よりもブレア様の方が見目もいいし、武芸にも秀でておいでだから、娘たちの評判が良くてもおかしくはないのよね……」

「だからって……」


 エリノアは何だかとても腹が立った。

 もし本当にそんな理由でブレアを貶めているのであれば許せないと思った。

 と、そんなエリノアに、ルーシーが猫なで声を出す。


「……ねぇ、そこで相談なんだけど……エリノア……あんた、私と代わってくれない?」

「……は? ……か、わる? 一体何をでございますか……?」


 突然の申し出にエリノアがキョトンとしている。


「勿論ダンスよ、ダンス。舞踏会。ブレア様のパートナー」

「は、ぁ……?」


 エリノアは、またルーシーが変なこといいだした、と生暖かい目で令嬢を見た。


「だって! 試しにってエリノアもブレア様と踊って見せてくれたじゃない? エリノアのダンス、私より上手いとは思わないけど……でも、ブレア様のパートナーとしては、はるかに様になってたじゃないの。ね、エリノア」

「それは……お嬢様が喧嘩腰だから……」


 語尾にハートをつけて甘えたように手を握ってくるルーシー嬢に、エリノアが呆れたような顔をする。


「……何言ってるんですか無理に決まってるでしょう……私にお嬢様のフリをしろって事ですか!? それは……激しく公開処刑ですよ!? お嬢様とわたくしめの体型がどれだけ違うと思ってるんです!?」


 エリノアは、ルーシーの抜群のスタイルを見てややキレる。

 令嬢の手足はすらりと長く、胸も大きくウエストも細い。そんなルーシーがブレアの隣に並ぶと、それはそれはため息が出そうなくらいの美男美女ぶりで……はっきり言って幼児体型気味のエリノアは、それを見た後でルーシーに替わって自分がブレアの隣に並びたい、とは、とても思えなかった……

 正直、それで少し落ち込んでいるエリノアである。

 エリノアがムッとしていると、ルーシーは大丈夫よぉ、と手を振る。


「何も私の影武者になれって事じゃないの。むしろ、代理と分かってもらわないと困ると言うか……私、足を怪我したことにでもするから。代理の妹ですって言っときましょ? ね?」

「…………あーはいはい、もう馬鹿なこと言ってないで。舞踏会はもう明日なんですよ? 休憩時間終わったら早くブレア様のところに行ってくださいね」


 エリノアは、付き合ってられないと、サイドテーブルの上にあるティーカップに茶のお代わりを注ぐ。が……

 ルーシーは椅子に座ったまま身を起こすと、肘掛に頬杖をつき、据わった瞳で言った。


「あら……私は本気よエリノア……」

「へ……?」


 エリノアが顔を上げると、令嬢は冷静な顔でエリノアを睨んでいる。冷静、と言うか冷酷に光る目にエリノアが怯む。


「え……何お嬢様……目が怖い……」


 エリノアは引きつった。

お読み頂き有難うございます。

ルーシー嬢が何やらとんでもない悪巧みを…でもとんでもないのが楽しい…^^;


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