26 麗しきタガート嬢、再び
美しき巻き毛の令嬢は、豪華な布張りの椅子の肘掛にもたれるように座って、そして気だるげに言った。
「……あぁー……もう面倒臭い……」
苛立つ令嬢の声には、思いっきりの実感が篭っていて。地の底から湧き出でるような声にはドスが効きまくっている。はっきり行って……ガラが悪い。
令嬢は素敵なドレスを身に纏い、すんなり長い足に美しい靴を履き、髪だって今日も素敵にカールしているが……
如何せん。そのガラが悪く不貞腐れたような表情が頂けない。
そんな令嬢の傍で──
エリノアは、両手で顔を覆ってシクシク泣いていた。
「あ゛ー、クサるわぁ……ねーエリノアぁ、……代わってくれない?」
「お、お嬢様ぁ!! ……かっ……勘弁して下さいよぉ!!」
エリノアは蒼白な顔で嘆いている。
さて……
どうしてこのような事態になったのかというと……
それは一通の手紙から始まった。
ことの始まりは、その日の昼食後。
普段通りエリノアが、ブレア付き侍女として食後に使う茶器一式を王子の居間に届けた時のことだ。
広い居間の奥。
部屋の主ブレアはゆったりとした長椅子に座り、何やら難しそうな書物を読んでいた。
そんな知的な横顔に少々ときめきながらも、エリノアが傍を通り過ぎようとすると……ブレアが、エリノアに目を留めて、声をかけたのだ。
「……そういえば、ルーシー・タガート嬢が、今日の練習会にお前も連れてこいと言ってきたぞ」
「え?」
エリノアは、聞き慣れたツンデレファザコン嬢の名に、ギクリと身体を揺らす。
……何だかとても嫌な予感がした。
しかし、そんなエリノアの戦々恐々とした様子には気がつかず……ブレアは続ける。
「お前たちは親しい仲だったのか? ルーシー嬢はお前に練習を見て欲しいそうだ」
ブレアは少し意外そうな顔をして、傍のテーブルの上から一通の手紙を取り上げて見せた。
「わ、私めが……? で、でも……」
エリノアは戸惑って手を止める。
練習会とは、もうすぐ催される舞踏会のダンスの練習会のことである。
そこには他の王子やパートナーである令嬢も参加するのではと思ったエリノアは、そんな所に自分が行って大丈夫だろうかと困惑した顔をする。
と、その懸念は伝わったらしい。ブレアは、首を横に振った。
「本日の練習会は前回上手く踊れなかった我々の為のもので、他の王子たちは参加しない。……応じてやったらどうだ? 手紙には令嬢の精神安定に必須により必ず連れてこられたし……と書いてあるぞ。何やら非常に必死な文体だ」
「…………は、はぁ」
エリノアの脳裏には、ルーシー嬢の麗しい姿が思い浮かんだ。
想像上のルーシー嬢は、赤い巻き毛に彩られた顎を少し上にあげ、腰に手を当てて、鋭い目でエリノアを見下ろしてくる。
そして、やけにゆったりとした威圧的な口調で言うのだ……
『……エリノア……? 来なかったら……どーなるか……分かってんでしょうね……?』
『私、泣くわよ』
……と。
……行かねば実に、後が怖いことになりそうな予感である。
(…………ル、ルーシー姉さんったら……!)
……とりあえず、行ってやらねばなるまい。……ハンカチ多めに持って行こう、とエリノアはため息をついた。
(はー……もしかして……私めのこのブレア様付き侍女という配属は……ルーシー姉さんのこういう事態を見越したタガートのおじさまの、娘思い過ぎる策略……?)
あり得る……と、エリノアが、ひっそりげっそりしていると……
ブレアが、それに、と続ける。
「私も……お前が来てくれると助かる」
「え?」
それを聞いたエリノアはドキリとして顔を上げる。
見れば、ブレアがじっと自分のことを見つめていて。それに気がついたエリノアは、カッと頭に血がのぼるような気がした……
が、
ブレアは真顔で言った。
「あの令嬢は何かと激情家でな……あからさまな敵意を向けて来たかと思えば、激しく泣いて土下座しようとしたり……私が少しでもタガートを褒めれば壮絶に睨まれる。……正直扱いに困っている」
「……………………」
…………ルーシー姉さん……っっっ!
エリノアは、手で顔を覆って、心の中で大いに嘆いた。
ルーシーは王子の前に行ってもあの調子なのか……、と。
「うぅ……」
「……おい、大丈夫か?」
エリノアはげっそり蒼白な微笑顔を上げて……ブレアに、ぐっと拳を握って見せる。
「大丈夫です……ブレア様……お嬢様は多分……タガート将軍の件は、喜んでます……」
「………………あれでか」
ブレアは思いっきり不審そうであった。
お読みいただき有難うございます。
めんどくさくて可愛いルーシー嬢を早く書きたくて連投です(●´∀`)ノ




