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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
56/365

25 リードは羞恥ダメージに崩れ落ちた


 黒猫がため息をついた時、店の裏からリードが戻って来た。


「悪いなブラッド一人にして……ん? なんでこんなに混んで──て、どうした!?」


 店の裏手から戻って来たリードは、まず店内の人の多さに驚いて、それからブラッドリーの顔が殺気に満ちているのを見て、さっと青ざめた。


「どうしたブラッド、つらいのか!?」

「……リード……」

「悪かった! 俺、代わるから奥に行ってちょっと休んで来い!」


 どうやら──

 配下に対する殺気を湛えたブラッドリーの表情も、リードの目の偏ったフィルターを通すと……病弱な少年の、いたいけでつらそうな表情に見えるらしかった。

「……こいつやっぱ変わってるな……」と、いう目でグレンが棚の上から呆れたようにリードを見ている。


「ただい──ぅおっと!? うわっ、こりゃあどうしたこっちゃ……」


 その時、リードの父も外から戻って来て。彼もまた、店内の人の山に目を丸くしている。

 リードはそんな父を振り返ると、ブラッドリーを脇から支えて声を放った。


「ごめん、親父。ちょっと裏でブラッド休ませてくるわ!」

「おう。ブラッド坊ちゃん悪かったなぁ……こっちは大丈夫だから、しっかり面倒見てやんな。必要ならお医者の先生に来てもらえ!」


 店主は頼もしく頷くと、客の方へと慌ただしく駆け寄って行った。




「リード……僕、大丈夫だよ……」


 店の裏に引っ張っていかれたブラッドリーは、困ったような顔で兄貴分の青年にそう言った。

 しかし、リードは首を振る。


「いや、大丈夫じゃないだろ、あの客の数……ごめんな……俺まさかこんな時間に店がここまで混んでるなんて思わなくて……」


 普段、こんな夕方前の半端な時間に、モンターク商店があそこまで混雑することはまずない。

 申し訳なさそうな顔をするリードに、ブラッドリーの険しかった表情が少しだけ和らいだ。


「ううん……僕は大丈夫だよ(僕のせいだし)。……ところでリード……」

「ん?」


 リードが休憩用の椅子にブラッドリーを座らせると、少年は、少しおずおずとした目で青年を見上げる。


「こんな時に何なんだけど……急ぎでお願いがあるんだ……」

「なんだ? 水か? 先生呼んでくるか!? 言え、なんでもしてやるぞ!」


 ブラッドリーが疲れで体調を崩したと思っているリードは、過保護モード全開でその顔を覗き込む。そんな青年に、ブラッドリーは真剣な顔で言った。

 

「有難うリード。あのね、早く──……姉さんに告白してくれない?」


 ──瞬間……ブッと、盛大に噴出す音がして。

 続いて、ゲホゲホと激しい咳き込み音。

 

「……っ、ゲホッ……!? はぁ!? な……な、なん、なんだって……?」


 リード青年の頬に浮かび上がった血色は、あっという間に耳にまで広がった。

 急に何をという彼の凝視に、ブラッドリーは真顔だ。


「出来るだけ早急にお願いしたいんだけど」

「っ!? 、!?」


 ブラッドリーは戸惑うリードにきっぱりとそう言って。

 しかし、次の瞬間には、少年はしおしおと俯いた。その暗い表情には、リードも眉を顰める。


「ブラッド? ……どうした? 何かあったのか……?」

「……だって……早くしないと姉さんが…………姉さん、最近気になる男が……いるみたいで……」


 言い切ったブラッドリーは悔しそうなため息をついた。

 と、同時にリードは息を呑み──そして一瞬の間をあけて、戸惑いのにじむ声で問い返した。


「…………エリノアに……? ……本当なのか……?」

「……」


 ブラッドリーが頷くと、リードがもどかしそうな顔をした。

 やり場のないように一瞬彷徨わせた手を、青年は、己の口元にやった。


「…………そう、なのか……」

「前にも言ったけど……僕、姉さんの相手はリード以外にはいないと思ってる。リードは親切で仕事も出来て、料理も上手で、それに……身体も健康でしょう? 本当は……僕が姉さんを守って行きたいけど……僕は、どうなるか、分からないから……」


 ブラッドリーは自分という存在にずっと不安を抱えていた。

 魔王として本性を取り戻して、確かに自分は病とは無縁の身体を手に入れた。けれども、自分がいつまで己と対照的な、聖剣という力を手にした姉の弟でいられるのかは……分からない。


 いつか、自分が魔に呑み込まれる日が来るかもしれない。

 いつか姉の聖の力に消される日が来るかもしれない。


 ──姉弟に何かがあった時、消えるのは必ず自分でなくてはならないと、彼は決めていた。


「……だから、その後のことも僕は考えておかなきゃ……」

「…………ブラッド?」


 暗い声に、束の間呆然としていたリードが我に返る。

 青年は大きな衝撃を受けてはいたが、目の前で暗い顔をしている弟分のことを放ってはおけなかった。リードは心配そうにブラッドリーの顔を覗き込み、彼の話を聞く。


「姉さんが幸せになったらいいと思う。でも、僕はリードたち以外の人間が好きになれない。王宮の奴らは特に……あいつ等が父さんにした仕打ちを僕は忘れない……! そんな奴に、姉さんを託すなんて無理だもの……」


 少年の口が吐き捨てるように言うさまを見てリードは驚いたような顔をする。だが、彼はすぐに何かを振り払うように優しい笑顔を作った。

 青年は床に膝を突き、椅子に座る少年と目線を合わせると、その頭に手を置く。


「……ブラッド、俺は何も特別な男じゃないぞ。世の中、俺なんかよりいい男で、善良で、健康な奴ってのは大勢いる。俺を好きになってくれたんなら、きっと他にもお前が好きになれる男だっているはずだ」


 少年の頭をぐりぐりと撫でながらリードは笑う。それを聞いたブラッドリーは少し不満そうな顔をして青年を見た。


「……そんなこと、ないよ」


 ブラッドリーは胸の内で、己が繰り返して来た長い長い人生を思い出しながらそう言った。魔王という存在ゆえか……その中で、彼がこんなに気を許した相手は、姉を除けば他になかった。


 言ったきり無言になってしまった少年に、リードは苦笑と共に息を吐く。


「有難うなブラッド。でもな……これ、俺が言うのは簡単じゃねぇんだけど…………いくら俺がエリノアのことが好きでも、エリノアが誰を好きになるかは、それはエリノアの自由ってもんだ。……だろ?」

「……」

「たとえどんなにエリノアがお前を溺愛してても、それはお前じゃなく、あいつ自身が決めることだと俺は思う。……王宮の奴ってお前、ひとくくりにしてるけど……その中にも、悪い奴も、とびきりいい奴だっているんじゃないか?」

「…………」

 

 言い聞かせるような穏やかな声に、ブラッドリーは視線を下に落としたが……その頭は少し戸惑った後──小さく頷くそぶりを見せた。……リードの言葉だからこそ、そう出来た。


 青年はそんな少年に、よしと頷いて、明るくその肩を抱く。


「じゃあ、お前がエリノアの為にしてやれるのは、エリノアが選んだ男を受け入れてやることだな。エリノアのことを支えていきたいんだろう? だったら、度量の広い男になれ」


 ──その言葉には、どこか切なさがにじんでいるような気がして。ブラッドリーはリードの顔を見上げる。

 リードの笑顔に曇りはない。だがそれでも、ブラッドリーは、そこに悲しみを見た。

 ……だというのに。

 どうして彼はこんなふうに言うことが出来るんだろうとブラッドリーはため息をつく。その顔は所在なさげで、細い肩はすっかり落ちてしまっている。


「そうだね……でも……姉さんの一番が僕じゃなくなるのは……凄く……つらい……これって駄目なことなの?」


 ブラッドリーは苦しそうにそうリードに問うた。

 ずっと自分を守ってきてくれた姉が好きで好きで堪らない。そんな姉の目が、別の男に向けられてしまうのかと思うと、ブラッドリーは途方に暮れてしまった。考えただけで、胸が痛かった。


 リードは、そんな少年の顔を見て小さく苦笑する。何言ってるんだと。


「大丈夫だよ。多分、好きな奴ができてもエリノアの一番はお前だよ」

「……でも……」

「大丈夫」


 青年の手は、少年の黒髪を撫でる。

 

「一番が増えるだけだ」

「一番、が……?」

 

 ブラッドリーが意表を突かれたような顔をすると、リードはいつも通り頼もしい顔で笑う。

 その暖かな表情を見ていると──彼の言葉はすとんとブラッドリーの心の中に落ちて行く気がした。


「……」


 するとどうだろう、ブラッドリーの中に凝り固まっていた苦しさは、やっと行先を見つけたように、少しずつ流れていく。

 途端、異様だった周囲の空気も軽くなる。

 よどみが流れるように、陰鬱だった気配が消えて行くと、同時に──二人の場所からは見えない店の方でも変化が続く。


 表の店内にいたあまり善良そうではない客たちは、空気の変化を感じ取ると、皆一様にハッと我に返った。そして一瞬自分が何をしていたのか分からないというふうに戸惑ってから……そのうち居心地が悪そうにそそくさと店を後にして行った。

 店内からは、まるで蜘蛛の子が散って行くように人相の悪い客達が去って行き、その真ん中で、店主が目を丸くしている。


「……一体……なんだったんだ……?」


 静まり返った店内からは、信じられないくらいに品物がごっそりと減っている。

 当然──何気に仕事の出来る男メイナードは、きっちりばっちり代金を回収済みで、ほくほくした顔をしている。



 その頃店の奥では……ブラッドリーがしみじみと、リードはやっぱりすごいなぁ、と素直な感動を感じていた。

 自分のこの感情がとても子供っぽい嫉妬だということは彼にも分かっていた。でも、姉が離れていってしまったら……姉に何かあったらと思うと……いつも普通ではいられなくて。

 でもそんな感情が、今、彼のお陰で少し楽になった。


 ブラッドリーは、ちょっとだけ明るくなった顔でリードを見上げる。


「……リード……」

「うん?」


 やっと笑顔になったブラッドリーの顔に、リードが嬉しそうに笑い返す。と──

 ブラッドリーが再びきっぱりと言った。


「やっと姉さんを好きって認めたね」

「──? ……ん………………?」


 ?

 ……?

 …………?


 一瞬──

 リードがぽかんとした顔をして。真っ白になった。

 そして更にその数秒後、ガタタッと、何かが雪崩れる音がして。

 ……リードが、壁に向かって崩れ落ちていた。


「ばっ……」


 そこにあった品物をなぎ倒し、あっという間に再び赤面した青年は……

 じっと己を見つめてくる少年を前に動揺を隠せない。

 壁に手をついてなんとか少年を振り返ったリードは、思い切り口をどもらせた。


「……はぁ!? おおお、お、俺……そ、そ……そんなこと言ったか!?」

「うん言ったよ」

「…………!?」


 素早い切り返しにリードが愕然とした顔をする。顔には「嘘だろ!?」と、書いてある。

 それに反して、ブラッドリーの表情はすっかり朗らかである。


「嬉しいな。良かった……やっぱりリードは姉さんを好きでいてくれたんだね」

「う……」


 少年の容赦のない笑顔に、リードが羞恥ダメージを負っている。

 真っ赤な顔からは、ありえない量の汗が流れ落ちている。


「だって、別に姉さんが今誰かを好きでも、そいつと結婚するとは限らないもんね。ふふふ、人生に恋は一度きりじゃないもの」

「いやっ……あ、あのなブラッド……」

「良かったー」


 



…仲良しです。

まだまだブラッドリーのリード推しが止まりそうにありません。


男二人でイチャイチャ?ばかりしてますが、ブラッドリーには必要な成長かなと…我慢をおぼえろと。はい。


お読み頂き有難うございました。

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[良い点] リードかっこいい 大好きです
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