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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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24 魔王、我慢する



 ──その時モンタークの店は、異様な繁盛ぶりを見せていた。


 店内は何故かやけに人相の悪い者たちで埋め尽くされている。

 ゴロツキ風の男。怪しい身なりの女、黒づくめの老女など……

 それは明らかに、普通の雑貨や食品を扱うモンタークの商店には不似合いな客層で。


 彼らは商品を物色するふりをして、ちらりちらりと不審で熱量の高い視線を同じ場所に送っている。

 そんな視線を一身に集めているのは……


 ガタイの良い、どう見てもカタギではなさそうないかつい男性客──の……その向こう。


 ──いかつい男性客Aは屈強な野太い腕を差し出して、ゴクリと喉を鳴らし“彼”の言葉を待っていた。

 と、“彼”が振り返る。


「え……このリンゴですか? そうですね……ヴェルデブルグ産なので甘くて歯触りもシャキリとして美味しいですよ。パイなんかでしたら、こっちの小ぶりな品種の方がおすすめです」


 少年は、その年代特有のどこか中性的な顔でにこりと微笑んだ。──途端、自ら問いかけたはずの男性客が怯む。

 向けられた顔は一見穏やかだが……──笑っているはずなのに……どこか薄寒い悪寒を誘い、仄暗く、いかつい客の心臓を貫いた。

 前髪の隙間から覗く緑色の瞳は、強い陰の気配に満ちていて。それでいて、抗い難く引きずりこまれるような魅惑の力を輝かせている……


 暗い双眸を直視した男は一瞬気が遠のきかけた……が。その瀬戸際に、少年店員──ブラッドリーの声に呼ばれ、意識を引き戻される。

 

「……お客さん……どうかされましたか?」

「え!? い、いえ、別に……??」


 静かな瞳の少年に問われた男はうろたえながら首を振る。……彼も、自身がどうしてこんな滑稽なことになっているのかが全く理解できていなかった。

 彼は今、目の前の少年を恐れていた。

 華奢で素直そうな風貌の、どこにでもいそうな少年である。

 それなのに。男はどうしても少年の視界に映り、そしてその前に存在していたいと思ってしまう。存在して──ひれ伏したいとすら。


 男がどうしていいか分からずに、ぽかんと少年に見入っていると、少年が「……リンゴどうなさいますか?」と、冷たい顔で微笑んだ。……その瞬間に彼が感じた、ゾクゾクとした高揚感は言いようのないもので──……


「は、はい……! か、買います! 勿論です!」


 ガタイの良い男性客Aは、どこか乙女な反応でブンブン頭を縦に振り……気がつくと、ブラッドリーから山のようなリンゴを買っていたのだった……

 



「……」

「陛下ぁ、めちゃ顔恐くなってますよぉ」


 その後、何度も同じ様な客の対応に追われたブラッドリー。

 ため息を零すと、その肩に、再びグレンが飛び乗って来た。

 黒猫がこっそり主人に耳打ちすると、ブラッドリーは冷酷な目でそれを見返した。


「……」

「怒りで高まった魔力の制御が上手くできてません。魔の気配に吸い寄せられて、なんか変な連中が集まって来てるじゃないですか」

「……」


 指摘されたブラッドリーの瞳が険しくなる。

 だが──そうなのだ。ブラッドリーは今現在、とても怒っていた。

 原因は当然のように、エリノアとブレア王子の一件だった。

 その一部始終(ちょっとグレンの脚色付き)を聞いたブラッドリーは……

 

 現在、営業スマイルを浮かべたまま、背後に暗黒を背負っている。

 

 そんな主人を見て、当然グレンはウキウキわくわくしているわけだ。しかし……

 今回ブラッドリーは、その怒りを、以前と比べかなり我慢していると言っていい。


 姉が王子に抱きかかえられ、共に王宮を徘徊していた……と、聞いた時──正直その唐突な二人の急接近の意味が分からないと思った。

 理解できず……考えた末、王子が権力を笠に着て姉に無体なことをしたのではととても不安になって。そしてとても腹が立った。

 何せ、報告役のグレンが、己がエリノアに噛み付いた件はなかった事にして、部分的な報告を故意に怠っている。

 故に、“ブレアがエリノアの手当てをした”という部分をすっぽぬかしたグレンの半端な説明を聞いたブラッドリーには、それが王子の一方的な行為のように聞こえてしまった。

 それを裏付けるように、先ほど早退して来たエリノアも『意味が分からない』と混乱した様子を見せていて……

 この状況下では、ただでさえ姉に他の男が近寄るのを嫌うブラッドリーが怒るのも無理のない話ではあった。


 話を聞いたブラッドリーは、一瞬、町の半径数十キロほどを焼け野原にでもしてやろうかと思った。もちろん王宮込みで。

 しかし……

 兄のように慕うリード一家の店での暴挙は絶対に許されないし、ましてや怒りに任せて魔物を呼び出すなどということも出来ない。

 かと言って……姉に「きちんと働いて来てね」と、期待をかけられている以上は職場を放棄して王子のところに乗り込むというわけにもいかなかった。

 メイナードにも『今を大事と思うなら、幼いままに力を振るうべきではない』と諭されたばかりである……


 そうして。

 やり場のない怒りを燻らせ続けながらも、ブラッドリーが黙々と労働をこなしていると……モンターク商店の中はいつの間にか人相の悪い客で一杯になっていた……



「あ~やれやれ。これまた沢山集まりましたねぇ」


 店内を見渡したグレンがけらけら笑う。

 ──人間の中にも、魔物と同様に負の力に魅了されやすい人種というものが存在する。

 彼らはブラッドリーがなんなのかはまったく理解してはいないが、強力な魔王の引力に逆らえず、ふらふらと商店の中にさ迷いこんでくるのだ。


「面倒だな……」


 ブラッドリーが険しい顔で呟いた。

 リードの為と思ってなんとか客の前では営業スマイルを維持しているが、腹の底では怒りがたぎったままである。


「どうします? 追い払いましょうか?」


 グレンの提案に、しかしブラッドリーは首を振る。


「面倒だけど……ここはリードの店だ。客として来ている人間に乱暴なことはできない……売り上げにもなるしね……」


 ブラッドリーは、珍しくげっそりとため息をついた。

 事実、ここ一時間の売り上げは、普段の1日分の売り上げを軽く超えている。それはいいのだが…… 

 間の悪い事に、これらはちょうどリードと店主が二人とも配達に出てしまったというタイミングでの出来事であった……

 その忙しさは、まだ新人と言ってもいいブラッドリーにはかなりのものである。 


「……おじさんとリードは僕を信頼して店を預けてくれたんだ。その信頼を裏切れない」


 ブラッドリーは眉間に力を込め固い決意を口にした。……怒りやら忙しさやらで、うっすら半泣き状態だが、それを見たグレンが主のレアな涙にときめいている。


「(陛下が泣いてる~!! 可愛いぃ!!)……でも、さすがは陛下の魔力ですよぉ。いつもはこのくらいの時間は暇なはずなんですよね?」


 グレンが喉をゴロゴロ鳴らしながらブラッドリーの首元にすりすりする。が、


「……グレン……いつまで喋ってる。僕は忙しい、お前は家にでも戻ってて」

「え~そんなぁ……」


 声を潜めているとはいえ、いつまでも話しかけてくる黒猫に辟易したか。ブラッドリーは素っ気なく言い放つと、グレンを肩から下ろし客の方へ行ってしまう。

 グレンは不服そうに口を尖らせたが──それも仕方のないことだった。

 店はブラッドリーひとりではとても回らずに、普段は店の表や裏手で(リードに茶と肩掛けを持たされて)ほのぼののんびりしているメイナードまでもが駆り出されている始末である。

(メイナード、お会計担当。……どうやら、あまりの行列に、時折魔法で時間を止めるという裏技で荒技な方法を使っているもよう)

 とてもではないが、今は手伝いもしない黒猫のお喋りにいつまでも付き合っている場合ではない。


 邪険にされたグレンは、どうやらブラッドリーが以前のように魔物を呼び出すこともなく、構ってももらえなさそうだと、察し、つまらなそうな顔をして商品棚の上に登って行った。

 そこから悪党面の客人たちでごった返した店内を見渡して。

 ぼそりと一言。


「はー……もういっそ、ここにいるやつら全員魔障の餌食にして下僕にしちゃおっかなぁ。皆、結構気合の入った人相してるし、これだけいれば、何人かは生き残って陛下の忠実な僕になりそう──……」


 だなーと、軽口を叩いた瞬間……

 黒猫に、ブラッドリーの激烈な殺気が飛んでくる。


「……グレン、リードの客に、手を出すなよ……」

「えー……」

 

 離れているはずなのに、その主人のおどろおどろしい声だけは、はっきり聞こえたグレンだった……




 


お読みいただき有難うございます。

次話リード回…のはずが長くなりすぎて、分割の末、リード次に回ってしまいました(^_^;)すみません。。。

次話もチェックが終わり次第連投しておきますので(>_<;)気力のある方はご覧いただけたらと思います。


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