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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
52/365

22 ブレアは反省した(真顔で)


「……失敗した……」


 戸のない作業部屋の入り口から、こっそり中を窺いながらグレンはつぶやいた。

 その視線の向こうではブレアに足首を手当てされているエリノアが、椅子の上で天井を仰ぎ、泡を吹きそうになっている。

 ブレアが接近してきても、気がつきもせずにベラベラ喋り倒しているエリノアに注意を促したつもりだったのだが……そのせいで余計に変なことになってしまった。

 面白くなさそうに部屋の中を眺めながら、グレンはちろりと舌を出す。


「………………姉上の足、舐めるくらいにしとけばよかったかな……?」

 

 いや、それはそれで……と、突っ込んでくれる優しい突っ込み役は不在である……


 ※ ※ ※



 飛んでる意識のどこかで、エリノアは、おうじって、なんだっけ……? と、ぼんやり思った……


 おうじって、王子様って……

 こんな、下っ端の足を手当てしてくれたりするものだったかな……!?

 と、思って。エリノアはすぐにそんな馬鹿な、と己に向かって突っ込んだ。ちなみに、その顔はひどく赤い。

 それもそのはずで……

 今、エリノアの目の前──やや視線より斜め下では。

 王子たちの中で一番厳めしい顔と評されるブレアが……椅子に座ったエリノアの足首を持ち上げて。そこに浮かび上がった赤い小さな歯形を冷静な顔で眺めている。ついでに言うならば、既にそこは彼によって消毒されている。

 ……今、王子は、どうやらそれが何の動物の歯形なのかを見分しているところらしかった……


 エリノアは、苦悩した。

 ロングタイプのメイド服は、足首を持ち上げられると裾が必然的にめくれ上がって来る。が、ブレアは肌の上に残る痕ばかりを見ていて、そんなことには気がついていない。

 明らかに、その目に他意はない。

 それどころか、真面目に自分の足の心配をしてくれているらしい男の表情を見ると……そんなこと──ブレア様、太もも見えそうだから足を放して下さいませんか、などと……わざわざ申告する方が何だか非常に恥ずかしいことのような気がしたのだ。

 

(……むしろ、ブレア様は“太ももあらわ”の可能性について気がついていらっしゃらないのかもしれないし……いや、そもそも手当てしてくださる方を相手に私が意識しすぎ……?)


 エリノアは項垂れる。

 

「…………ぅ、ぅう……」


 エリノアは、ひとまず耐えた。

 ひたすら耐えることにした。

 



 ※ ※ ※


「ん……?」


 ブレアは、ふと、エリノアの側に膝をついたまま背後を振り返った。

 気がつくと、同じ室内にいたはずの年配侍女の姿が消えている。

 一体どこへ、と、周囲を見回そうとするが──その前に、間近で呻き声が聞こえてブレアはその呻き声の主へと視線を戻す。

 そこでは、椅子の背もたれに身を預けた娘が、ぐったり(げっそり)した赤い顔でぶるぶると震えている。

 今にも魂が抜けそうな顔つきである。


「……おい、大丈夫か?」

 

 額に手をあててみると「ぅひっ」と、娘が息を呑んで飛び上がった。触れた場所はいやに体温が高い。


「熱があるな……体調を崩したのか……?」


 ブレアは冷静な顔でエリノアの顔を覗き込んでいる。ただし、その眉間は少々怪訝そうでもある。

 先ほど、ブレアがこの娘を見た時は、彼女は普通に同僚と会話をしていたように見えたのだが。

 娘の足首に残る獣の噛み痕も大したものではなかったし、出血もない。


「?」

 

 ブレアは首を傾けた。まさかそれが自分のせいだなんて思いもしなかった。


 ──それはブレアが、王太子の執務室から己の居所に戻ってきた時のことだった。

 その日の午前、王太子の執務室には、ブレアを始めとした王太子派の重鎮や高官などが集められていた。

 話し合われたのは、最近の第三王子派の動向だ。

 不穏な動きを見せているという弟王子の話は、子細を聞けば聞くだけ頭が痛くなるようなものばかりで……

 その上、気難しい重鎮相手の議論は、なかなかまとまらず。

 やっとのことで己の居所に戻って来た頃には、ブレアは自分がいつになくとても疲弊していることを感じたのだった。

 実は人一倍一族のことを気にしているブレアは、家族間の不和にとても頭を悩ませている。

 半分とはいえ、同じ血を分けた兄弟が、どうしてこうも分かりあえないのか。それを思うといつでも深い深いため息が零れ落ちた。


 ブレアはもういっそ、この後の予定を全て放り出して、今すぐ鍛練場にでも転がり込みたいと思った。

 無心に剣でも振るえば少しは気も晴れるのではないか。

 

 ──そんなふうに思っていた時だった。

 居所の奥へ向かう途中、ブレアの耳に誰かの話し声が届いた。聞き覚えのある声だった。

 ──気がつくと、ブレアの足は、その声のもとへ引き寄せられるように向きを変えていた。


 その話し声は、居所の入り口から少し進んだ場所にある使用人用の作業部屋から洩れ出てきているものだった。

 活きがよく上下する声に、そっと室内を覗くと、中の作業台の椅子に二人の侍女が座っている。

 二人はブレアには気がつかずに、会話を楽しみながら(?)何やら熱心に作業をこなしている。

 その片方、活きよく怒ったり消沈したりしている声の主を見て──ブレアの口元が僅かに緩む。

 感情豊かに娘が言いたいことを言いたいように口にしているさまを見ると、何故だか不思議と小気味良い。重苦しい気分に強張っていたブレアの肩から、ふっと力が抜けて。すると自然に安堵のため息が落ちていた。


 ……と、そこでふと、己の口元が緩んでいるのに気がついて。ブレアは我に返った。


(……私は…………何をやっているんだ……?)


 ブレアは珍しく、自分で自分に突っ込んだ。

 はたから見れば、自分の有様はまるきり立ち聞きである。王族としての品位にも欠ける気がして。そう思うと、急にきまりが悪くなった。


『…………』


 ブレアはその場から立ち去ろうと身を翻して──

 しかしその時、背後で年配の侍女が愉快そうに言った。


『──いいじゃない。オリバー様は来るもの拒まずだからちょっと苦労するかもしれないけど、決まった人はいないみたいだし、ご実家もそこそこ家柄が良いから狙い目よぉ。身長も高くて鍛えていらっしゃるから、割と若い子たちの中では人気があるのよ。熊みたいで可愛いって』


 すると、一瞬間があって、それから答える声がする。


『確かに熊だと思って見れば可愛げもあるような気も──……』


 配下に対する娘の肯定的な言葉を聞いた瞬間、思わずブレアの足が止まる。


(…………“可愛げ”……?)


 巨体の騎士を思い浮かべると、「どこがだ?」と突っ込みたい気持ちもあった。が、それよりも……


『……』


 胸には何故だかもやっとしたものが広がった。

 そうしてつい後ろを振り返る。と……

 

 その瞬間、突然、黒髪の娘が椅子から飛び上がり──……そして。


 今に至る。




「……」


 急に様子のおかしくなった娘を見ながらブレアは、どうしたものかと黙り込む。

 

 げっそりしている娘──エリノアとしては……ブレアに、あろうことか素足に触れられ(ついでに言うとストッキングも剝がれ)たばかりか、王族たる彼に、床に膝をつかせ手当てまでさせた──という大いなる衝撃を受けているわけだが……


 それはもちろんブレアには伝わっていない。(エリノアは、このお人は、何でも分かっているような精悍なお顔をなさっているわりに、こっち方面、つまり女心的なことはからきしなんだな……と薄っすら思う。)

 ブレアが感じていることはといえば、とりあえず意味がわからないが、これ以上娘の状態が悪化する前に、医者にでも見せなければ、というごく単純な心配で。

 そこでブレアは、エリノアをどこか仮眠室にでも移動させようと、ぐったりげっそりしている身体を抱きかかえようとした。


 ──と……

 ふと、ブレアの目が、娘が(藁にもすがる的に)手に握りしめたままの、あるものに止まる。

 椅子の上でげっそり脱力しているはずの娘は、ぶるぶる震えながらも、繕いかけらしいそれを力いっぱい握りしめている。

 それは──どう見ても、騎士用の上着で……


 それを見たブレアは、それが誰の仕業なのかを悟って眉間にしわを作る。


(また押し付けられたのか……)


 どうしてなのかは分からないが……何度言い聞かせても、オリバーたちは、エリノア・トワインにちょっかいを出す。

 オリバーはそれがブレアの為だと言って譲らない。

 長い付き合いのあの男たちをブレアはとても信頼しているし、命じられることをするばかりではなく、時には己にも臆せず意見を言うような者の方が、配下としては好ましいと彼も思ってはいるのだが……

 こうもしつこいと何かあるのかと勘ぐりたくもなると言うものだ。


「……」


 ブレアは無言のまま、娘を横抱きに抱え上げた。その件も気になるが、ひとまずは病人(?)が先だ。

 しかし立ち上がると、腕の中で赤い顔の娘が一層ガタガタし始める。呻き声もひどくなった。


「……」


 それを恐怖だと受け取ったブレアは部屋を出ながら、静かに問うた。


「……私が……恐ろしいか?」


 身近な者たちを除けば、多くの者たちが彼を恐れている。その多くがいわれのないことで、真実でない悪評を彼は気にしない。

 だが、過剰に怯える者を前にすると、まるで自分が悪魔にでもなったかのようで、いい気がしないことも確かだった。


 ブレアはため息をこぼす。

 がっかりしたのは事実だ。それが先日、己との踊りの稽古にも果敢に付き合ってくれた娘であるだけに──


(……そうか……)


 ブレアはこの時、己の心の中に、この娘には怯えられたくないという特別な感情があることに気がついた。


 ……しかし、腕には未だ、娘の小刻みな震えが伝わってくる。

 ブレアは、再び零れ落ちそうになるため息を呑み込んだ。


「…………まあ、医師のところまでは我慢せ──」


 よ、と、ブレアが言いかけた時だった。


 高い声がした。


「それは違います!」

「?」


 見れば、腕の中の娘が瞳を目一杯開いて自分を見上げていた。……まだ赤い顔でぶるぶるしているが。娘の瞳は力強かった。


「どうした?」


 大丈夫か、と眉を顰めた瞬間、娘がキッとブレアを見上げ、彼は思わず押し黙る。

 すると、娘はもう一度、「違うんですよ!?」と、怒っているような顔で言った。


「私めがガタガタしておりますのは……殿下が怖いとかじゃ……これがあまりに過分なお慈悲だからです! 恐ろしすぎるのは……この、くっ付きすぎの殿下と、私めの破裂しそうなむ、胸……あ……恥ずかしくてそれ以上は言えません!」


 娘はそう言ったきり、「ぁぁあ……」と、赤い顔ですっぱいものでも食べ、耐えるような顔をして頭を抱えている。


「…………」


 その様を見て、ブレアは立ち止まり、しばしの間、きょとんとした顔で娘のことを見ていた。

 そして幾らかの間の後、再び彼の足が前に進み始める。


 ──どうやらそれが……娘なりのブレアに対するフォローなのだと気がついた。


「……なるほど……」


 そうしてやっと女心に鈍すぎるブレアにも、それが──エリノアの言葉や態度たちがどういう意味なのかが少しだけ分かったような気がした。

 つまりは、娘の様子がおかしかったのは、具合が悪いわけではなく、恐縮と照れだったということだ。


「…………」


 ……しかし、理解したはずのブレアは──それに気がつかなかったふりをして廊下を歩き続けた。

 体調が悪いわけでもない娘を抱き続ける必要はない。だが、


 ──何となく、


 すぐに娘を下におろすのが、惜しいような気がして。


「…………」


 ブレアはそ知らぬふり(真顔)をして。未だぶるぶるがたがたしている赤面娘を抱きかかえたまま、己の居所内を歩き回った。──なんだかとても、温かな気持ちだった。

 



 ……その腕の中で、いつまで経っても王子に下ろしてもらえない娘は、次第に意味が分からなくなった。居所内を王子が練り歩くものだから……居合わせた者たちにそれを目撃されると、恥ずかしさも頂点に達し……

 混乱したエリノアは……終いには本気で目を回したという。

 ……それを見て自分のやりすぎを覚ったブレアは、とてもとても反省した……





…不器用すぎました。大丈夫かブレア…王妃や先輩侍女が心配するのも仕方なかったみたいです(^_^;)


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