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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
51/365

21 グレンの甘噛みと、ある熟年侍女の使命感



『あの方の懐に入るには、身分もなく財も力もないお前は弱すぎる』



 ──そんな事、と、エリノアは思った。


 先日、騎士オリバーに言われた言葉だ。

 そんなことは……言われなくたって分かっている。

 自分は平民で、あの方は王族だ。この王宮の高い高い場所にいる人なのだ。


「……ですけどねぇ……」と、エリノアはムッとしたような口を開いた。


「高い御身分の方達を支えているのは私たちじゃないですか!? 力がないとは!?  くそー……熊め……繕い物もご自分で出来ないくせに……裁縫力では私の方が断然上に決まってるのに!」

「……ちょっとエリノア……落ち着きなさいよ……」


 指に針が刺さるわよ、とエリノアの向かい側の席で、同じく繕い物をしている先輩侍女が呆れたように言う。自分の母親のような歳の彼女に窘められて、エリノアは少し冷静さを取り戻した。

 

「すみません……奴の隊服を繕っているとなんだかムカムカしてきて……ああ、悔しいっ」


 歯噛みしながら、騎士オリバーの隊服をぶすぶす針で刺している娘に、先輩侍女はやれやれとため息をついた。


「何を言われたか知らないけど……あなたって仕事を押し付けられる天才なの? どうしてこんなに隊服を預かったのよ……担当部署にちゃんと回せって言ってやったらいいじゃないの。稽古着ならまだしも……」


 手伝ってくれながら先輩は、エリノアの背後に置かれたカゴいっぱいの隊服を見る。

 オリバーがどこかで言いふらしているのか、はたまた徒党を組んだ嫌がらせなのか。あれ以来、今度は騎士や兵士たちが隊服や、明らかに私服だろこれ!? ……と言いたくなるような服までもを、エリノアに押し付けてくるようになってしまった。

 先輩侍女の言葉を聞いて、エリノアが、うっ、と両手で顔を覆う。


「……こないだ……、……下着まで混じっていて……」

「……突き返しなさいよ馬鹿ね……それで、それも繕ってあげたの?」


 呆れ全開で「お人好しね~」と言う先輩にエリノアは呻く。


「いっつもそうしようと構えてるんですよ!? なのに……犬ころみたいな顔してわーっと、突進してこられると……どうしてだかいつの間にか腕の中に繕い物が山になってるんです……」

「……きっとあれね、あなた弟の面倒見すぎで男の人の頼みを断るのが苦手なのね。面倒見なきゃってどこかで思ってるんじゃない? あっちでも、もうそう言うふうに無邪気に頼めば引き受けてくれるってわかってるんじゃないかしら……典型的に駄目男に引っかかるタイプね」


 きっぱり真顔で言われたエリノアは消沈する。

 そのうなだれた後頭部に先輩がやれやれと続ける。


「気をつけなさい。最近、王宮内で騎士オリバーにあんたが狙われてるんじゃないかって噂が立ってるわよ」

「……は?」


 その言葉に、エリノアが眉間に柄の悪いしわを寄せた。


「……なんと言う的外れな……」


 すると先輩はニヤリと笑う。


「分からないわよ……案外愛情の裏返しかもしれないじゃない。あんたが貰ったあの飴結構値が張るんだから。お貴族様御用達よ」

「いやいやいや……頂いた飴の数よりも、押し付けられた繕い物の方が圧倒的に多すぎます。汗くさい隊服を徒党を組んで押し付けるって……どんな愛情表現ですか……」

「あら、構って欲しいんじゃない? 男の人のアプローチって、案外子供の頃と変わらなかったりするのよ。うちの息子も昔からしょっちゅう近所の好きな子に構って欲しくてカエルとか毛虫を持って行っていたわ。アホよね」


 それで好かれるはずないじゃないのよねぇ~、でも面白いからずっと見守ってたわ~と、ころころ笑う先輩侍女の様子に、「先輩……」と、エリノアの瞳が半眼になる。先輩侍女は明らかに、エリノアの話を楽しんでいる。


「いいじゃない。オリバー様は来るもの拒まずだからちょっと苦労するかもしれないけど、決まった人はおられないみたいだし。ご実家もそこそこ家柄が良いから狙い目よぉ。身長も高くて鍛えていらっしゃるから、割と若い子たちの中では人気があるのよ。熊みたいで可愛いって」

「……確かに熊だと思って見れば可愛げもあるような気もいたしますが……っ、いったぁっ!?」


 楽しそうな先輩侍女に、エリノアが半分投げやりに頷いた時──足首に痛みを感じて。エリノアは一瞬椅子から飛び上がる。


「な、何!?」


 慌てて作業台の下を覗き込むと──そこから、さっと黒い影が走り去っていくところだった。

 ──どうやら──……グレンに足をガブリと噛まれたらしい。

 痛みとしては甘噛み程度だが、履いていた黒のストッキングには、小さな噛み跡がポツポツと残されている。


「あ、あの子ったら……」


 何なのよ、とエリノア。


「どうかしたの?」

「あ、いえ……なんか一瞬チクっとして……は、蜂か何かかなぁ~……あ、あはは……」


 エリノアは誤魔化そうと手を振りながら、噛まれた足首をもう片方の手で押さえた。……また何かの悪戯だろうか。一体何なのよと、疑問に思ったが──……


 その時。二人の背後の戸口に、すっと人影が現れた。


「……どうした」

「──え?」


 床の上で足を押さえたままのエリノアが振り返ろうとすると、先輩侍女の「あら、」と言う短い声が聞こえた。

 と、次の瞬間──エリノアが振り返るよりも早く、彼女の身体がふわりと浮いて。


「へ」


 きょとんとするエリノアの視界に、金色の髪がさらりと揺れ──


「ひっ」

 

 抱え上げられて驚いたエリノアが、思わず手を足首から離すと……そこに残る跡を見た男が、呆れたようにエリノアへ視線を移す。

 男はエリノアを椅子の上に戻すと、若干いつもより深めに眉を顰めた。


「……蜂だと? これはどう見ても獣の歯型ではないか」

「う、も、申し訳ありません……ブレア様……」

「大してひどくはないようだが……」


 真顔で呆れられたエリノアは、かっと赤くなった。

 ブレアはそんなエリノアを無言で見ていたが、不意に、視線を外し先輩侍女の方を見る。


「おい、薬箱はあるな? 傷跡を見る。……脱がせろ」

「……え゛!?」 


 途端、傍で見ていた先輩侍女の目がピカピカっと光った。


「はぁ~い、只今~♪」

「せ、先輩!?」


 先輩侍女の黄色い声にエリノアがギョッとしている。

 しかし、ブレアに問答無用と言わんばかりに見据えられ……エリノアは思わず椅子の上で仰け反って、己のメイド服を押さえる。が……すぐさま、「馬鹿者、足だ!」と、怒られる。


 ──そうしてエリノアは。

 生真面目な顔をしたまま仁王立つブレアの目の前で……

 何故か物凄く楽しそうな顔で己のストッキングを剥いで行く先輩侍女にうろたえながらも……

 グレンの甘噛みが、どうやら『ブレア王子が来たよ~♡ にゃは~』……と、言う分かりにくい警告であったのだということに気がついた……

 そして心底思う。


(…………く、口で……言ってよぉ!!)


 ……まあ、グレンは人前では喋ることが出来ないのだが。




 ──その先輩侍女はブレアとはもう長い付き合いだった。

 年齢はブレアの母親である王妃よりも上で、どちらかというと、親目線でブレアのことを見ている。

 だから、若い侍女達とは違ってブレアを恐れて騒ぐことはないし、時には親しいがゆえに不躾なことも口にする。

 と、いうことで本日は、彼女はこう言った。


「あら、お珍しいことブレア様。随分甲斐甲斐しくなさるんですねぇ」

「? 甲斐甲斐しい? 何がだ?」


 怪訝そうに返してくるブレアに、先輩侍女は(あら、無自覚だわ、)と肩をすくめる。

 これまでこの第二王子が、若い侍女相手にわざわざここまで接近してきて、且つ、自ら傷の手当てをするなんてところは見たことがなかった。先輩侍女は、その、いかにも抵抗なく娘に触れる王子の姿には、顔には出さなかったがとても驚いていた。


 彼女がしげしげと見守る前で、ブレアは座らせたエリノアの足にテキパキと手当てを施していく。あまり傷が大したものではなかったせいか、王子の横顔がどこかホッとしているように見えて先輩侍女は首を傾げた。

 そこには……普段、ブレアと若い娘達との境にあるような、見えない壁というものが感じられず……


(……ふむ……?)



 ──因みに。

 その時のエリノアはというと……

 生足にされた足首を、自分の傍に跪いたブレアに掴まれていて……どうやら恥ずかしさのあまり気が遠のいているようだった。顔は青いのか赤いのか分からぬ色でげっそりと天井を向き……打ち震えた身体は椅子の背もたれにぐったりとよりかかっている。

 ブレアは何故、娘がそんな様子になっているのかが分かっていないらしく……怪訝そうに首を捻り、エリノアの脈をとってみたり、額に手を当ててみたりしている。(そしてそれでも分からんという顔をしている)

 

 それを見た先輩侍女は思った。


(…………そりゃ、ブレア様が女の扱いになんか慣れているはずがないわよねぇ……)


 流石にいきなり異性にストッキング脱げと言われたり、間近で足首掴まれたりすれば、若い娘には大きな抵抗があるに違いない。しかも相手は主であり、王子である。……エリノア、気の毒だなぁと先輩侍女も思った、が……


 この際だわ、と、親目線の熟年侍女は思った。

 相手は侍女であるとはいえ、ブレアも少しは若い娘に慣れるべきである。……最近、王妃の侍女を務める友が、王妃が『ブレアにはどうして、ああも女の影がないのか』と、とても案じていたと言っていた。

 ここは……私が一肌脱がねば、と先輩侍女は密かに使命感を抱いた。


「…………」


 そしてエリノアの先輩侍女は。

 中年女性らしいたおやかな微笑みを浮かべ……エリノアから剥ぎ取ったストッキングを手に、二人に気付かれぬよう、そそそ……と、沈黙のままその作業部屋から退散して行く……

 そして心の中でエールを送った。


(……エリノア……頑張んなさい……頑張るのよ!)


 ──その顔は、とてもとてもたおやかに──にやにやしていた。




そっと見守る先輩侍女でした…


久々に前作、「偏愛侍女は黒の人狼隊長を~」の後日談のほうを更新していてちょっと遅くなりました(^_^;)

でもこの流れで早くタガートのおじ様まで辿り着きたい…こちらも頑張ります!

お読み頂きありがとうございました。


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