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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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20 エリノアの順応力



「あの、グレンさん……」


 木製の椅子の上に正座したエリノアが神妙な顔でそう言うと、黒猫がはぁー? と小憎らしい顔をする。


「なんですか姉上、正座なんかして。あは、さてはこの私に何かおっしゃりたいことでも? ん? なんですか?」

「……」


 黒猫の顔は、明らかに、すでにエリノアの言いたいことは分かっているというふうである。テーブルの端に立ち、エリノアの沈んだ頬にゴスゴスと丸い頭を頭突かせる。面倒くさい。本日もグレンは面倒くさいやつ全開である。


 ──だがしかし、エリノアは。今日はその面倒臭いやりとりに逆らわなかった。

 もちろん、腹の中では大いに思うところがあるわけで。その苛立ちを抑えるのに苦心しているのか疲れたような感は否めない。


「そ・れ・で?」


 あはっ、と弾んだ声が憎たらしい。が、エリノアは踏ん張った。

 エリノアは、今日王宮であった事──主にブレアとのダンスの件を──この自分を監視していたはずの黒猫には、口止めしておかなければならないと思っていた。

 別にエリノアは悪いことをしたわけではない。だが……このにまにました魔物たちが現れたあの時、ブレアのことを僅かに漏らしただけで怒りを見せた弟には、とてもそれを聞かせる勇気がないのである。


「……今日のこと……、ブラッドに言わないで下さいませんか……」

「えぇ? 今日のこととは!?」


 わざとらしい黒猫のわざとらしいとぼけ顔は満面の笑みに包まれている。


「……お、王宮で……」

「王宮? なんだったかなぁ……私、こう見えて結構長生きなんで……ああ、そうか! 誰だかと姉上が楽しそーうにいちゃいちゃ踊り狂っていた件? うふふふ」

「踊りくるっ……うってほど情熱的に踊った覚えも、いちゃいちゃした覚えもないんだけど……」


 エリノアは恥ずかしいのか、身体が徐々に斜めになっていく。

 グレンはそれを見逃さない。


「あれ? どうしたんですか姉上? 今にも崩れ落ちそうな格好で。もうすぐ陛下がご飯を持って来られるっていうのに呑気に転がっている場合ですか!? それまでに私にしっかり口止めしなくて良いですか? 私、自慢じゃないですけど物凄く口が軽いですよ!?」

「ぐ、……お願いだから黙っておいて……」


 エリノアはげっそりしながら声を絞り出した。

 この、「物凄く口が軽い」と、豪語する黒猫に物を頼むのはとても不本意ではあったが……『姉上がブレア王子とにやけて踊り狂っておりました!』……とでもブラッドリーに報告されようものなら……とりあえず、大変なことになりそうだということだけは確信できる。このニヤニヤした黒猫は、とかく事を大げさに、変に色めいて脚色するのが大好きである。

 今日城門前まで迎えに来てくれた弟は、なんだかとても元気が無かった。そんな彼に、ここでさらに火に油を注ぐような真似はしたくない。

 エリノアは、耐えた。


「……お願いよ……明日魚でもなんでも買ってきてあげるから! 何匹でも……いいのよ!?」


 五匹くらいでいいかしら!? と、必死なエリノアに、グレンはしらっとした表情を作る。


「……あのね。姉上。私、本当は猫じゃないんですよ? お忘れですか? これは仮の姿です」

「じゃ、じゃあ何ならいいのよ!」


 もうこの家、新しいブラッドの配下に押しかけて来られても狭くて入らないのよ! ……と、エリノアがテーブルに突っ伏して呻くと……その後頭部にグレンが冷たい視線を注ぐ。


「もー姉上ったら仕方がないなぁ……」


 意外にも、面白くなさそうな反応が返ってくることが不思議で、エリノアが涙目になった視線を上げると……

 黒猫は目を細め、むっつりした顔でエリノアを見ていた。


「……ダメですよ姉上、もうちょっとガードを固くして下さい! そんな調子だとすぐ悪い男にでも付け込まれますよ!? ……はー魔王の姉としてもうちょっとしっかり出来ないのかこの人は……」

「……それあんたが言う……?」


 エリノアは至極真っ当に突っ込んだがそれは無視された。


「私からネタを1つ奪おうって言うんだったら、それなりのことをしてもらわないと……魚なんて。旨味がなさ過ぎる」

「……あんたどこの芸人なの……?」

「(無視)陛下に関わることでのお願い事だとぉ、そうだなぁ対価は、死後に魂貰うとか、恥ずかしがり屋のヴォルフガングに添い寝してブチ切れられるとか、もしくは母上の大切な金の棍棒に落書きして激怒られるとか……」

「……あんたね……」


 魂とやや下らない要求を同列に扱う黒猫に、思わずエリノアが眉間にシワを寄せる。が──……

 グレンは唐突に、ニコーと口の両端を持ち上げた。


「……と、まあ、色々愉快げな対価を色々考えてみたんですけど……ま、いいやっ」

「え……?」


 戸惑うエリノアの前で、グレンはむふーと満足そうに鼻を鳴らす。


「姉上にはさっき、ものすごく面白いものを見せてもらったし……まあ、今回はあれがお代ってことにしときますよ」

「……面白いもの……?」


 全く思い当たることのないエリノアは余計に戸惑ったが、その隙に、グレンはエリノアの膝の上にぴょんと飛び降りた。


「?」

「お分かりにならなくて結構。うふふ、いつか姉上を手懐けてぇ下克上とか面白いかもしれないなぁ~」

「…………それ、聞こえるように言ってます?」


 エリノアの膝の上でびよーんと手足を伸ばす黒猫のはばからない悪巧み(?)に、エリノアが微妙そうな真顔で突っ込んでいる。


「……まあ、でも現状では流石の私も陛下にその件をお伝えする勇気はありませんねぇ」

「え?」

「陛下はちょっと今不安定ですから。おかしな事を言うと、私、母にしばかれると思います」


 それだけは避けたいのだと首を振る黒猫に、エリノアが不安そうな顔をした。


「不安定なの? ブラッドが?」

「……愛情っていうものは本当に厄介ですよ。些細な事で気持ちを揺るがされるし、それなのに、捨てたくても強く心を縛るからそうも行かない……はっきり言って、姉上は我々にとってはかなり厄介で面倒な存在です」

「……そんなこと言われても……」


 カラカラ笑いながら、面倒な女ーと、指さされたエリノアは、むっとした顔で押し黙る。

 エリノアとしては以前と同じように弟を守っているだけのつもりなだけだ。確かに予測不能だった出来事が発生して、それを上手く出来ているかと言われればそうではないかもしれないが、その“予測不能な出来事”にばっちり含まれている奴に文句を言われる筋合いは無いと思った。


 そんなエリノアの膝の上で、グレンは呑気にコテンコテンと小さな身体をくねらせている。


「でも私、面倒な女嫌いじゃないですよ? だってからかうと面白いから」

「……」


 えへっと笑う黒猫に膝を毛だらけにされながら、もう付き合ってられないと思うエリノアだった……


 ……そうしてエリノアがグレンと話していると、しばらくして居間の扉が開きブラッドリーが現れた。

 

「姉さんお待た……なんでグレンが膝に……」


 エリノアの膝の上で黒猫がけらけら笑いながらコロンコロンと身体を左右に転がしているのを見て、ブラッドリーはムッと眉間に皺を寄せる。

 その手にはスープ皿の乗った四角い盆が。

 ブラッドリーに睨まれると、グレンは「だってぇ」とふてぶてしい。


「姉上がぁ、私の腹毛を撫でたいって無理矢理抱き上げるんですぅ」

「ぁあ゛?」


 グレンの猫なで声にエリノアがガラの悪い顔をする。


「私のお腹はふわふわですからねぇ、肉球も感触が良いとか言ってしつこいんですよぉ、あは、姉上ったら」

「……」


 エリノアは物凄くイラっとした。イラっとしたが、お願い事をした手前、それを否定できずにいると……

 戸口に立ったままだったブラッドリーが二人に近づいてきて、ムッとした顔でグレンの後ろ首を掴み上げる。


「あまり姉さんにくっつくなグレン……姉さん騙されちゃダメじゃない……こいつ、こう見えて姉さんより何十倍も年上の魔物男なんだからね……!?」

「あ、ああ……そ、そうなの……?」

「もー心配しなくても、私は陛下一筋ですってばぁ~」


 どす暗い顔で嗜める弟と、うざくて調子のいい黒猫魔物。……にエリノアは。


「……」


 なんだかもう、日中の件も含めて物凄く疲れて……

 疲れて疲れて、疲れすぎて。それが唐突に、どこかへ突き抜けていってしまった……

 するとどうしてだか。回り回ってこんな風にグレンにからかわれる事すらも、うっかり自分の平穏な日常の一コマのような気がしてきてしまい……


「はぁ……」


 エリノアは、ブラッドリーが運んで来てくれたスープを疲れ果てた様子で啜りながら、やれやれとつぶやく。


「…………やっぱり没落娘は世間様に揉まれた分、根性が違うのかしらね……」


 自分の適応能力の高さにある意味呆れるエリノアだった。



 




エリノアが魔物に順応し始めています。

感覚が麻痺してきたのか…


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