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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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19 破壊とエリノア。そして羽毛。

「………え?」


 不意に平坦な声を掛けられて、ブラッドリーの目がやっと配下を見た。

 白い毛並みの魔将の瞳は、命じられるのを待つように彼を静かに見ている。その身を覆う毛並みが騒めいて、心なしか身体が一回り大きくなったような気がした。

 ──次の瞬間、ゴンっと、鈍い音が辺りに鳴り響く。

 視線を移すと、コーネリアグレースがどこから出したのか巨大な金の棍棒を手に彼の方を見ていた。その仕草からは重さは少しも感じられないが、婦人愛用の棍棒は、広場の石畳を割り地面に深くめり込んでいる。彼女の口元からは慈愛が消え、その弓なりの隙間からは邪悪さすら感じられた。

 そして──気がつくと、ブラッドリーの隣には寝ていたはずのメイナードがいつの間にか目を覚まし佇んでいた。

 いつになく毅然と背筋を伸ばした老将は穏やかにブラッドリーを見ている。

 彼は恭しく頭と目線を下げながら、ゆっくりと口を開く。


「ご命令がありましたら、いつでも我らは陛下のために働きます」


 それはいつもエリノアが聞き取れないと言っているような、弱々しい老爺の声ではなかった。

 張りを感じる重い声が発せられた途端、周囲の空気が一気に澱む。

 往来を歩いていた人々は、異変に気がつき足を止めて。皆、見えない何かに怯えるように辺りを見回している。が……薄暗い景色の中で、広場にある木々が、生気を抜かれていくように、次第に首を垂らし始めたことには誰も気がついていない。

 風が荒れ、木々からは眠りかけていた鳥たちが慌てたように空に散って行く。

 周囲には人ならざる者たちの悲痛な声が響いたが、それは人々には聞こえないようだった。


 それらの悲鳴を聞きながら、老将の深い沼のような瞳を見ていると……ブラッドリーは、少しずつ自分が“魔”の性質を取り戻して行くような気がした。

 

「陛下」


 呼ばれてふと、ブラッドリーは気がついた。

 いつの間にか、己の手の平ががっしりしたものに変わっている。

 病弱な少年らしからぬ厚い傷だらけの手は、何故かひどく身に馴染む。わずかにそれを持ち上げてみると、腕には確かな筋力を感じた。

 隣に佇む老爺の身体からは懐かしい気配がして。それは今にも元の持ち主のもとへと戻りたいと暴れているかのようだった。

 その手綱を握る老将は、薄く微笑んで視線を上げる。

 

「お望みとあらば、代々お傍で溜め込んできた養分、いつでもお返し出来ますぞ」

「メイナード……」


 微笑む老将の上背は、何故かいつもよりも何倍も大きくなったように見える。

 同じくじわりじわりと戦闘態勢に移りつつある配下二人も“彼”を見る。


「壊したいならいつでもおっしゃって? あたくし、お料理の次に破壊が得意ですわ。どうなさいますか? 陛下」

「それで貴方様の不快さが晴れるなら耐える必要がありますか? それとも、耐えるべき理由でも?」

「理由……」


 三人に見つめられた男は、もう一度王宮を見上げ──


「…………俺は……」



 ──そう言った時だった。


 城門の方から慌ただしい声が聞こえてきた。


「──あれ? ブラッド!?」

「あ……」


 女の声に、ブラッドリーが弾かれたように顔を上げる。

 すると、ちょうど城門をエリノアがくぐり抜けてくるところだった。エリノアは広場に弟の顔を見つけると、目を丸くして、それから片手をぶんぶんと大きく振った。


「姉さん……」

 

 その瞬間。

 広場の空気が一変した。


「お、や……」


 それを見たメイナードが目を瞬く。

 ブラッドリーもまた、信じられないものを見るように、瞳を見開いて姉の姿を見つめていた。


 ──エリノアは。

 見つけた弟の顔に破顔して。

 バタバタと城門から飛び出すと──着替えもそこそこに職場を出てきたのか──半端に閉じられた己のシャツのボタンに手こずっているような素振りを見せながらも──……淀んだ空気を物ともせずに、一目散に弟に向かって駆けて来る。


 するとそんな彼女が通り過ぎた周辺から、空気の淀みが消えていく。夜闇にまぎれて毒々しさを放っていた魔の力は、エリノアの周囲から弾け飛び、そこからどんどん波及して、次から次へと消えていく。

 そんな様を見てぽかんとする魔将たちの傍を尻目にすり抜けて──自分に駆け寄ってくる姉の姿を見たブラッドリーは──……

 思わず涙ぐみそうなほどに安堵していた。


 メイナードが静かに感嘆の声を漏らす。


「いやいやいや……何という……一瞬にして魔力が散らされてしまったか……」


 そう言いながらも、老将はどこか楽しげである。

 いつの間にか、萎れかけていたはずの周囲の木々も草花も、元どおりに背を伸ばし始めていた。

 響いていた引き裂かれるような声ももう聞こえない。周囲は心なしか空気が澄んで、安堵したような雰囲気に包まれていた。

 そのことをどこかで感じ取っているのか、何事が起こっているか理解していないはずの往来の人々も、ホッとしたような顔で再び家路を急ぎ始めている。

 その一連の出来事を目撃した四人の異形たちは、満面の笑みでやって来たエリノアに思わず食い入るような視線を送る。


「ブラッド、まさか迎えに──ぎゃーっ!?」


 と。その時だった。

 エリノアがブラッドリーまで後数歩、というところまで来た瞬間。空から無数の鳥たちがエリノアを襲った。

 突然のことにエリノアは見事に転び、姉に見入っていたブラッドリーも一瞬何が起こったのか理解出来ず目を見張る。


「姉さん!?」

「な、ひぃいいい!! な、な、なんな……ぎゃぁあああ!?」


 飛来した鳥たちは、転がったエリノアの身体に群がって。

 その、どこか怯えたような様子にコーネリアグレースが緊張を解き、呆れたような顔をする。


「あらあらあら……(面白い)メイナードったら、脅かしすぎよ。鳥たちがエリノア様を安全地帯だと思ってるわ」

「おやおや……面目な……もごもごもご(通常の最小音量に戻った)」

「ぎゃーっ! なんなのよぉおおお!! あぁああっ! 駄目! 羽毛で鼻炎……ブラッドは来ちゃ駄目よぉおおぅおおおお!?」


 ひぃいいい……と、叫びながらも、弟に近づくなと言うエリノア。


「!? !? ヴォ、ヴォルフガング!」


 ブラッドリーの命に、ヴォルフガングがわふーんっ! と、鳥たちに突進して行った。白犬に追い立てられた鳥たちが慌てて寝床である木々へ戻って行くと、その下の地面に、大の字になって「う、羽毛……」……などと言いながら目を回しているエリノアの姿が。

 

「ね、姉さん……! ね……」

「陛下」


 姉に駆け寄ろうとしたブラッドリーは、低い声に呼び止められて足を止める。

 険しい顔で振り返ると、老将が重そうな瞼を開き静かな面持ちで彼を見ていた。


「我らは陛下が望むなら何でもするでしょう。ですが……破壊したものは二度とは元に戻りません。それは、魔王の力を持ってしても……」

「……」

「現状……陛下の中には、人の幼い精神と圧倒的な魔力が共存しておられる。“今”を大事と思うのならば……幼いままにその力、振るうてはなりませんぞ……」


 メイナードの言葉はどこか厳しい。

 老将たちに試され、そして諭されているのだと気づいたブラッドリーは黙り込む。

 

 ──思い出していた。

 絶対上級侍女になるんだと夜遅くまで励んでいた姉の姿を。

 何度も試験に落ちた末、やっと受かったと言っては、ぴょんぴょん子供のように飛び上がり泣いて歓喜していた姉を。

 その顔は喜びに輝いていて。それが、とても愛おしくて。

 それこそが──先ほどヴォルフガングに問われた“理由”なのだと、ブラッドリーは痛感した。

 己が前世までのように、憎しみのままに破壊を繰り返せば、きっと壊してしまう“今”。


「……」


 冷たい色の瞳が凪ぐ。


「そうだね……破壊は簡単で……でも……積み上げるのはそうはいかない……姉さんがした努力も、僕たち姉弟の関係も……」


 言いながら、ブラッドリーの緑色の瞳がそこでコーネリアグレースに介抱されている姉を見る。


 ──それを、己の憎しみで、壊すわけにはいかないと、強く思った。



お読み頂き有難うございます。


はー…もう無理だ…この話と一体何日間向き合ったことか…多分スランプなんでしょうね。笑

ヴォルフガングか、ギズルフの腹毛に埋まりたい…

一先ずこれでやっと次はグレンと遊べます。笑



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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔将たちの風格があってよい章でした。 4人とてもバランスが良いと思います。(コーネリアグレースのつわもの感が特に好きです) リードも人のために自分を我慢できる優れた人間でご近所さんも皆優し…
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