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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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17 エリノア、熊にはちみつ色の飴を貢がれる



「お、お嬢様……?」


 ルーシーの口がムッとへの字に曲げられて。令嬢の瞳はジロリとエリノアをきつく睨んでいる。

 どうしたのだろうもしかして機嫌をそこねたか……と、思えば。

 突然、ルーシーはエリノアに抱きついた。


「う……」


 背の高い彼女に抱きすくめられると、背の低いエリノアは腕の中に埋もれて非常に窮屈そうだ。いや、むしろ締め上げられている……


「ぐ、お、お嬢さ……」

「何がお嬢様よ! ふん、あんたと来たら! なんでうちを出て行っちゃったの! ヒステリーな母さんなんか上手くかわして放っておけば良かったのに……真正面から立ち向かうなんて本当に馬鹿じゃないの!」

「あ、元気になりましたねお嬢様……」


 寂しいじゃないの! と、歯噛みして悔しがっている令嬢に、エリノアはその持ち直しっぷりを笑う。こういうところは昔から変わらないのだが……この令嬢が、「ふん」とか言い出したら回復した証拠だ。

 こう見えて寂しがりやのご令嬢は、時折エリノアの家に姉弟の好物を送ってくれる情の深い人だ。が、その愛情は少々捻れている。特に、父親相手だと。


「えーっと……とにかく、ブレア様のことは大丈夫ですよ。姉さんと同じでお優しさが内に秘められてるタイプなんじゃないですか? そう思ったら少しは気があうような気がしません? ね? 今度もし練習に呼ばれたら、絶対に怯えないで差し上げて下さいよ。タガートおじ様の為にも」

「う……」


 タガートの名を出すと、令嬢は途端に苦い顔をしてエリノアを腕の中から解放する。


「そ、そうね。パパの為にも……あ! エリノア……このことパパに言ったら承知しないわよ!?」

「はいはい分かりましたから……ガラの悪い顔してないでそろそろお帰りなさいませ。いつまでもウロウロしていると不審者扱いされて保護者呼び出しでお父上がいらっしゃいますよ!」

「!? そ、それは嫌!! わ、分かったわよ……次は絶対堂々とブレア様と対決してみせるから見てらっしゃい! あんたとの付き合いは私の方が上だって証明してやるわ! 今度何か送るからね! あんたもブラッドリーにばっかり食べさせてないで食べないと承知しないわよ!!」


 ……どうやら元気になったらしい令嬢は、普段通りの勝気さを取り戻し鼻息荒く立ち去って行った。

 その後ろ姿を見送りながら……エリノアは思わず呟く。


「ルーシー姉さんったら……相変わらずのどこか抜け切らない体育会系感……まだ反抗期終わらないのかしら……」

「美しいがどうにもややこしそうな女だな。将軍のご苦労が思いやられる」

「いえ、あれは本当に愛ゆえというか曲がりくねった愛情がですね……ギャッ!?」


 言葉の途中でエリノアが飛び上がった。

 ──気がつくと……隣にオリバーが腕を組んで立っていた。

 エリノアが驚いたのを見ると、騎士はにこりとワザとらしく目を細めてみせる。


「よ、新人。さっきぶりだな」

「ちょ……忍び寄るとかやめて下さい! 心臓に悪い……」

「あはははは、俺は優秀だからなー」


 からからと軽快に騎士は笑う。と、その笑いが何やら含みのあるものに変わる。


「な、なんですか……もしかしてまた繕い物でも──」

「……あの噂だがな」

「へ? う、わさ……?」

「地方へ飛ばされたヘボ貴族のことだよ。……あれはな、本当は飛ばしたのはクラウス王子だぞ」

「え……」


 唐突な話にエリノアが目を丸くする。

 一瞬遅れてそれがルーシーとの会話に出て来た貴族たちのことだと気がつくと、更に目は丸くなった。

 騎士はエリノアの隣で壁を背に腕を組んだまま続ける。


「飛ばされたのは皆クラウス様の派閥の連中ばっかりでな。まあ、大体が王子のご機嫌とりに失敗した連中だ。あそこは蛇のような奴が集まっているから足の引っ張り合いも多いし、そもそもクラウス様自体も気難しい。だが、かの殿下は悪知恵だけは天下一品でなぁ……表向き、クラウス様陣営の切り崩しの為にブレア様が謀った……ということにされてしまった」

「え、えぇ!? そ、そんな……」

「俺たちもかなりムカついたんだが、ブレア様はあの性格だからな、『下らん、放っておけ』で、一蹴だ。はははは」

「わ、笑い事では……」


 話を聞いたエリノアはオロオロしている。

 オリバーは一見笑みを浮かべているように見えるのだが、どこか遣る瀬無さがにじんでいるように感じられるのは気のせいではないと思った。

 そんな風に娘が案じていることを察したオリバーは、珍しく小さな苦笑を滲ませた。


「……当時は俺たちもやれる事はやった。が……噂ってものは一度広がると、否定する方が逆に真実味を帯びてしまうこともある。ブレア様の潔白を証明したい連中が躍起になって否定して回った結果、世間では結局疑念が広まるだけ広まって消えなかった。ま、なんせうちの連中は皆、“脳筋馬鹿”、だ」

「う!?」


 にやりとオリバーに視線を流されて。エリノアは、もしかして先ほどの会話を聞かれていたのかと気まずそうな顔をする。


「……すみません……」

「ははは。ま、そう言うわけで、それ以来俺たちもクラウス様が流す噂に関しては、大人しくブレア様に従うことを決めている」

「……つまり……『下らん、放っておけ』……ですか……?」

「ああ。勿論殿下を貶めようとする者をこのままにしておくつもりはないが……下手なことをして再び殿下の足を引っ張る訳にはいかんのでな……」


 オリバーはやれやれとため息落とした。その下にもどかしげな思いを見て、エリノアは再び押し黙った。

 

「……」


 そんな娘をオリバーは静かな眼差しで見る。


「……お前もな、殿下の足を引っ張るようなことはするなよ」

「え……?」

「俺たち同様あの方に惚れ込んで忠義を尽くすだけなら、俺たちはお前を同志として歓迎する」


 だがな、と、オリバーはいつに無く真面目に引き締められた瞳をエリノアに向ける。


「これ以上お前が殿下の傍に特別な意味で踏み込めば……お前は必ず殿下の足を引っ張ることになるだろう」

「わ……たしが?」

「ブレア様にとってこんなことは稀だ。……が、あの方の懐に入るには、身分もなく財も力もないお前は弱すぎる」


 きっぱりと断じられて。その言葉はエリノアの胸にズシリと重く響いた。浮かれていた気持ちが一気にしぼみ、返す言葉がなかった。

 王族と使用人。釣り合いが取れるはずがないことは分かりきっていた。


「……」

「ま、だがな、お前の言葉にはちょっと感動したぞ」

「……え? わっ」


 何のことだろうかと顔を上げようとすると──そこに、ばさりと何かが被せられる。


「ひぃっ、生暖かい……っ何!?」

「あ、それ俺の隊服。破れたからまた繕っといてくれ」

「っ!? っ!? た、隊服の手入れは専門の部署が……」


 あるでしょう!? と、エリノアが頭からその騎士用の隊服を引っぺがすと──既にオリバーの姿は遠い。

 さっさと立ち去って行く騎士は「ああそうだ、」と頭半分だけをエリノアの方へ振り向かせた。 


「服の中のものは先ほどの礼にお前に進呈する」

「……れ、礼? 袋?」


 服の中、と言われたエリノアは怪訝そうにオリバーの隊服を探る……と、そこからは、何やらジャラジャラと音の鳴る小袋が……


「? ……あれ、これって……」


 見覚えのある小袋は、前回稽古着を押し付けられた時に見せられたものと同じものだった。

 前回──熊騎士がグレンに引っかかれ魔障に倒れる直前。『エリノアの頭に乗せようとした』と、彼が言っていた小さな袋。そういえばあの時は中身が何なのか聞きそびれていたのだと気がつく。

 

「あ……ああ、なるほど……」


 紐を解くと、中には袋一杯にはちみつ色の丸い飴が詰まっていた。

 しかし、礼とはなんのことだろうかと、エリノアが戸惑い気味に顔を上げるも……もうそこに、オリバーの姿はない。


「え……ぇえー……」

 

 取り残されたエリノアは、飴と隊服を手に微妙そうな顔でその場に立ち尽くす。

 なんなんだあの人は……と、戸惑うエリノアには、それが──ルーシー嬢に対して『あの人達はうら若い娘を袋叩きにするような人達ではない』──と、取り成したことに対するものなのだという事は一つも伝わらなかった……


 ……因みに。

 実はオリバーに貰ったはちみつ色の飴が、一粒でも結構なお値段のする高級品であったことを、エリノアは後に先輩侍女から知らされることとなる。そしてやや不名誉にも──『エリノアが騎士オリバーに高価なものを貢がれていて怪しい』という噂が王宮内に立ってしまうということを……

 エリノアは、まだ知らない。







…またブラッドが目くじらを立てそうな変な噂が立ちました。これにはブレアにもちょっと目くじら立ててもらおうかな…

因みにサブタイトルが異様にメルヘンで気に入ってます。笑


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