15 エリノアは開き直った
──計13回。
……お分かりでしょうか……
ええ、そう、私めが殿下のおみ足を──踏んだ回数です。
なんともまあ不吉な数字に行き着いてしまったものです……
まあ、家の没落以降ろくにステップを思い出しもしなかった私にしては、ある意味奇跡的な数字だとも言えるかと思います。
しかし、何と言いましょうか、大台に乗ってしまってからは、どこか開き直りの精神が芽生えて来たのも正直なところです。
──だって──
殿下が踏めって言いましたもんね。
ええ。
……そういえば。昔レッスンをご一緒したタガート様のお嬢様が印象深い事をおっしゃっていたのを思い出します。
お嬢様曰く──
『──足を踏まれる方のリードがクソなのよ!』と──
あの時の神々しきお嬢様の誇り高きご様子が今でもまぶたの裏に浮かぶようでございます。
……まあ、その時のお嬢様のお相手は、父君であるタガート様で。絶賛反抗期真っ只中(ちょっぴり早め)のお嬢様のお言葉ですからかなり偏ってますけども。
……いえ、まさか! 殿下のことをクソなどと思っていると言うことではありません。
そうではなく、ようするに、あの当時、タガート様の足を延々踏み続けたお嬢様の素敵に尖った開き直りをちょっと見習おうかなと言う次第で……
あそこまでの開き直りを備えると、女は強いですよ、はい……
そうですよ……殿下が踏めっって言ったんですもの、もう、そう……むしろ踏む勢いで…………!
「……」
ブレアは、笑いを堪えながら踊っていた。
その──
おそらく、無心で喋っていると思われる娘のブツブツとした独り言(?)を、聞きながら。
ちらりと娘の顔を見ると、驚くほど集中した顔をしている。多分──先ほどから自分が何を口走っているのかも気がついていないのだろう。
正直こちらはまったく集中出来ないが……下手に注意して、娘が折角懸命に取り組んでくれているその集中を乱すのは忍びないと思った。
ブレアは湧き上がる笑いを押し殺しながら踊るのに、とても苦労した。
だが。
娘の踊りは言うほどひどくはなかった。
ブレアの求めに応じてダンスの練習を始めて。確かに幾度か足を踏まれたが──(それが13回だったなどとは数えてもいなかったが)、それも初めだけ。
娘がこの奇妙な集中状態になってからは、実は一度も足を踏まれていない。
彼女はステップを繰り返すたびにだんだんと昔を思い出すのか、徐々に足元も軽やかになって行った。
ブレアのリード──例えば彼のさりげない体重移動にもよく反応し、それにきちんと付いてくる。その安心感を得てこそブレアの方でも余裕が出て、娘の動作をよく感じ取ることが出来た。
そうすると、おのずとブレアのフォローも上手く行く。
踊りには苦手意識のあるブレアではあったが、彼はもとより身体能力に優れ、身体を動かす事も、相手の気配を読むことにも優れていた。
(…………)
ブレアは驚きと感心を滲ませた眼差しをエリノアに向ける。
笑いを誘い、集中を削ぐ呟きの弊害を差し引いても、この娘は、今日の練習会やこれまでの舞踏会で相手を務めた娘よりも、はるかに踊りやすいと思えた。
それには娘が過去に受けた伯爵仕込みの教育の良さも関係しているのだろうが……何よりブレアが嬉しかったのは、娘が早い段階で開き直ってくれたということだった。
自分に過度に萎縮せず、ステップを間違っても、ブレアの足を踏んでも、いちいち怯えでダンスを中断しない。
──足など、何度でも踏めばいいと思う。踏まれたからといってさして痛いわけでもない。それが王族に対して無礼だとか、不遜だとかも思わない。練習なのだ、間違っても当たり前ではないか。
ただ……その度にパートナーに青い顔で見上げられ、怯えた目で見られるのは何ともうんざりだった。
緊張でガチガチになった相手の身体は固く、とてもじゃないが滑らかに踊るという行為には向いていない。
罰せられるのではないかと恐怖に駆られた相手は、ブレアの宥める言葉にも耳を貸そうとしないし、その様を見て、相手がこうなるように仕向けただろう弟が、嘲りと優越感に満ちた目でブレアを眺めているのも何とも煩わしかった。
ブレアはふと残念に思う。
──もしこの娘が相手なら、どこでも楽しく踊れそうなのに、と。
「……上手いな」
「え?」
不意に掛けられた声に足を止めて顔を上げると、ブレアが柔らかい表情で自分を見下ろしていた。
「踊り易い」
簡潔な賛辞にエリノアが丸い目で驚いている。
「で、でも……おみ足を……」
いっぱい踏みましたけども、と戸惑うと、ブレアは今更それを言うのかと朗らかに笑い声を立てる。
「!?」
「ついさっき、お前は“踏めと言ったから踏む”と自ら言っていたではないか」
「えっ!? !? 、!!」
言ってやると何かを察したのか……娘はハッとしたように口元を手で覆い……
それがまた何とも間の抜けた顔で。ブレアは思わず再び吹き出して──ついと言ったふうに、一瞬その手が娘の髪に触れる。
「……気に入った」
「う゛……!?」
満足気な一言にエリノアが目を剥いて呻く。
ブレアは目を白黒させている娘からそっと手を離し身を引くと。エリノアに向けて改めて身を正し、己の胸元に片手を添えて優しい顔で僅かに頭を傾けた。
「感謝するエリノア・トワイン。……楽しい時間だった」
──それは、ブレアがこれまで一度もダンスの相手に送った事のない、心からの賛辞でもあった。
お読み頂き有難うございます。
絶賛心の中(?)で色々呟いちゃうお年頃満喫中のエリノア。今回は少し短めです。
次話は困惑のエリノアと、万年反抗期のタガート嬢が。
誤字教えてくださった方感謝です!皆様のお陰で書き手の未熟な文章力が鍛えられてます!感謝!




