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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
二章 上級侍女編
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13 エリノアなグレンの色仕掛け ③


「………………え……?」


 何が起こったのか分からずに、エリノアは緩慢な動きで目の前を見た。


 ──ほんの数秒前。瞬いた瞬間のこと。そこから──突然コーネリアグレースの巨体が消えたのだ。

 その代わりに現れたのが、今エリノアが穴が開くほどに凝視している、壁、である。

 ぬくもりのあるレンガのざらついた壁には見覚えがあった。

 けれども、咄嗟には思考が追いつかなくて。エリノアは、怪訝な顔のまま身動きする事が出来なかった。

 

「……何……? ……あ、れ……?」


 ふとエリノアは、いつの間にか自分が何かを腕に抱いていることに気がついた。

 それは、とても温かで厚みのあるものだ。

 頬にも何やら柔らかい感触があたる。爽やかな、どこか馴染みのある香りも鼻をくすぐっていた。


 エリノアは困惑したが──視界から消えた女豹婦人を思い出し、ああそうか、と思う。

 請い願うあまり、自分が彼女に抱き縋りでもしたのか──と思ったエリノアは、


「────ノア……?」


 という、ごく間近から発せられた声に、ぎょっとした。

 それは、婦人の気品と艶のある声ではなく、とても耳障りのいい優しい声で……エリノアもよく知る声だった。


「……………………」


 強張った表情の中で、エリノアの眉が強い疑問を表すようにぎゅっとひそめられる。

 そんなエリノアの背を、何かが宥めるようにとんとんと優しく叩いた。


 エリノアは。

 何だか非常に嫌な予感がした。


(……これは……まさか……もしかしなくても……)

 

 エリノアは冷や汗を感じながらも、とりあえず──軋む音がしそうな動きで眼球だけをわずか横に動かした。


 と──


 そこには、先ほどまで自分が硝子越しに眺めていた青年の顔があって──

 睫毛までもがくっきりと見える距離で青い瞳と目が合ったエリノアは、息を呑む。


「──大丈夫か?」


 さらさらの髪を揺らし、そう心配そうに問われた途端──エリノアは身がすくむ思いがした。


「っ……」

「ノア?」

「っ、わぁあああああああ!?」

「わ」


 リードの声が引き金となって。エリノアが彼の膝の上から飛び退いた。


 ──あろうことかエリノアは、いつの間にか外にいたはずの偽エリノアと居場所が入れ替わっていたのだ。

 それを悟ったエリノアは同時にそれが誰の仕業かを察した。飛び退いた反動で背面から地面によろめき倒れながら──エリノアは、あのコーネリアグレースが確かにグレンの母親であるということを思い知った。


(よ、容赦なし、まさに悪魔の所業──……)

 

 ──と、気の遠くなる思いでエリノアが腰を強か地面に打ちつける──かと思われた寸前。

 エリノアは、手首を強く掴まれた。


「っ……!?」


 直後腕を引かれたかと思うと、エリノアはその腕の中に飛び込むように受け止められた。

 ふう、と間近で音がする。


「良かった……危ないだろ、気をつけろよ」

「っ!? っ!?」


 リードは心配そうにエリノアを見下ろしている。

 

「まったく……お前やっぱり酒でも飲んだな? 新しい職場つらいのか?」


 大丈夫かと、問うてくる青年に、エリノアはハッとして、上ずった声を出す。


「う、い、や……」


 青ざめていたはずの顔が再び真っ赤になって。心臓が破裂しそうに早鐘を打つ。

 つい先ほど遠目に見せつけられた彼と偽の自分との密着を思い出すと、ことさら恥ずかしくなった。



 と、そんなエリノアを見て、リードも驚いていた。


 つい先刻、家に顔を出したエリノアは、いつもとは違う雰囲気だった。

 瞳と口元が嫌に艶っぽく、愉悦と余裕に満ちていて。見たことのない表情を覗かせるエリノアは、やけに彼に身を押し付けてきた。

 

(……これは……酔ってる……のか……?)


 酒の匂いはしなかった。だが、酔っているのでなければこの豹変ぶりには説明がつかないと思った。

 この国では18歳になると飲酒が認められるから、エリノアが酒を飲んでいてもおかしくはない。が、彼女が飲んでいるところをリードは見た事がなかった。

 

(そうか、ノアは酒に物凄く弱かったんだな……)


 珍しいと思いつつもそう納得すると、今度は心配になった。

 疲れたエリノアが、家では身体の弱いブラッドリーには愚痴をこぼせずに、自分のところに来たのかもしれない、と。

 上級の王族の側付き侍女になったばかりで苦労しているのだろうか。そう思い、甘えてくるエリノアにされるがままにさせていたのだが……

 ふと、リードは擦り寄ってくるエリノアを宥めながら……エリノアもこんな色っぽい顔するんだなぁとしみじみ思った。

 その流し目は意外なほどに様になっていて、リードに女の魅力を見せつける。が……

 何故だか、リードは自分がそれを平然と受け止めていることに気がついた。

 

(……? 変だな……いつもみたいにドキドキしない……?)


 リードは内心で首をかしげる。

 いつもなら、エリノアが近くにいるだけで訳もなく鼓動が早まったりするのだが。


(エリノアが酔ってるから……? 俺、別にそんなに紳士でもないんだけどな……)


 不思議に思いつつも、様子のおかしいエリノアに付き合っていたリード。

 けれども……

 エリノアが彼の首に腕を回し、まるで圧し掛かるように身体を密着させてきた時には、さしもの彼も慌てざるを得なかった。

 そうして抱き締められると、エリノアの白く細い首元が目前に迫り、ほのかな香りが甘く香って……


 流石にこれはキツい──


 ……と思ったら。

 次の瞬間エリノアが悲鳴を上げて取り乱して。

 自分から抱きついてきたくせに、大声をあげて飛び上がったエリノアを、リードは不思議に思った。

 だが、リードがその答えを得る前に、エリノアはそのまま迂闊にも踵を地面につまずかせて……


 後ろ向きにひっくり返りそうな娘を、リードは慌ててその手首を掴み抱き寄せた。

 そうして何とか転倒を防いでホッとして。やれやれ今度は何だ、やっと正気に戻ったのかよと、半ば呆れながら腕の中の彼女を見下ろすと──……

 見ている前で、エリノアの顔色が見る見る真っ赤に茹だっていく。


(……え……)


 それは、明らかに、恥じらいと呼ばれるような類いのもので……


 エリノアのそんな顔を目の当たりにしたリードは驚いて。つられて自分も動揺する。

 長い間共にいるが……これまでは、エリノアが自分に対して顔を赤くするなんてことは一度たりともなくて……


「……っ」


 だから、その思いがけない光景に──エリノアの手首を掴んだリードの手には、思わず強い力が篭った。



 ──と、エリノアが、赤い顔のまま、おずおずといった調子で言った。


「あの……リード有難う……その、手……」

「あ!?」


 その声で我に帰ったリードは、自分がエリノアの手首を握り締めているのに気がついて。慌ててエリノアの手首から手を離す。


「わ、悪い……!」


 抱き止めていた身体からも急いで離れると、リードはエリノアから目をそらした。何故か急に気まずく感じて、堪らなく恥ずかしかった。


「…………」

「…………」


 エリノアの方でも、どうやら同じように感じているらしく──二人は揃って赤い顔で黙り込む。

 しばし互いにどうしていいのか分からずに、

 夕闇の中、二人はそのまま共に立ち尽くすのだった……




 そうして日も暮れたころ──半泣き激怒のエリノアが自宅に駆け込むと……(※リードには平に平に謝り倒した)


 黒豹親子と弟たちが、食卓を整えてにこやかに彼女を出迎えた。

 何故か物凄く嬉しそうな弟はまだしも──悪びれない黒豹親子の遠慮のない質問責め──


「どうでした!? ときめきました!? こちらは若人の淡い青春模様がこそばゆ過ぎて見てられませんでしたわ!」(←絶対にがっつり見ていた筈のコーネリアグレース)

「ねえねえ私の姉上ぶりどうでした!? “酒場の女豹”をテーマにやってみたんですけど!? 勿論姉上の体臭も再現してみましたよ!? ねぇねぇねぇ! なかなか良かったでしょ!? ね!?」(しっぽをうきうき震わせているグレン)


 ────に、迎え撃たれて……

 エリノアは、ここでもまた羞恥に頭をかかえる羽目となった。


 ……エリノアは、一応今回の件に加担しなかった唯一の存在、メイナード爺の膝に縋って呻いた。


「……っ、今日はっ!! っなんて日だっ!!」

「……ほ、ほ、ほ(……うとうと)」




お読み頂き有難うございます。

グレンと書き手遊びすぎのリード回③でした。


次話はブレア方面へ。


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