4 ブレア。よりによっての第二王子。
人間というものは、ある程度身なりや顔つきにその人格が表れるものだ。
だからこそ、その彼を見た時、エリノアは思った。
──やばい。やばすぎる。
青年の瞳は今でこそまるく見開かれているが、平常時、その瞳がいかに冷徹で鋭いかをエリノアもよく知っていた。頬をいやな汗がつたって行く。
場には重苦しい空気が張りつめていた。
……が……
ひとまずエリノアは無言のまま青年から目を逸らし、するすると剣を木の幹に戻しはじめた。
何故か口から場違いな口笛が出て。エリノアは視線と音色を白々しく泳がせながら、しみじみと思った。
──ああ……こういう時……人間狼狽えてわざとらしいことを、しなきゃいいのにわざわざしてしまうものなんだな……と。
エリノアは、ふっと、些か達観したような思いに駆られる。
そうして……わざとらしい口笛を吹く女と、呆然と立ち尽くす男の前で──聖剣は元のようにそこに収められた……
聖剣は、一見何ごともなかったかのように女神の大木の中に戻り……エリノアは、ふーやれやれと腕で額の冷や汗を拭った。そして、さーて、とさりげない様子で傍に立てかけておいたホウキを握った。空気は未だ非常に重い。しかし、エリノアはその空気を無視し、流れるような滑らかな足さばきでその場を立ち去ろうとした──が。
もちろんそれが通用するはずもなかった。
エリノアが動いたことで相手の男もやっと我に返ったらしい。男は身体の硬直から解放されると、慌ててエリノアに向かって駆けてくる。
「……おま、お前っ!?」
「ぎゃー!?!?!?」
男の剣幕にエリノアは思わず叫ぶ。
仕方なかった。
男は下っ端侍女エリノアですら、よくよく顔を知る相手──この国の、第二王子ブレアだったのだ……
「ひぃっ」
よりによって王子かよ! という、どこへともないツッコミがエリノアの胸中でびしっと決まる。
しかしエリノアの往生際の悪さもかなりのしぶとさだった。
エリノアが尚も、強引なスルースキルを発動させて逃げようとするも──その足掻きをブレアは許さなかった。
二の腕を強くつかまれて、エリノアは短く声を上げる。
引き戻されて泡を食って見上げると──そこにブレアの顔があった。
普段は下っ端侍女になど歯牙にも掛けないような貴人に捕らえられたエリノアは引き攣って身を縮める。
──第二王子ブレア。
彼は国王や王太子からも信頼が厚く、王家の中でも特に信奉者の多い人物で。
その外見は王子様、というよりはどちらかというと、武人というイメージが強い。エリノアもよく宮中で彼が剣の鍛錬をしているのを見かける。そのストイックさと確かな剣の腕前から、武人たちはその才覚を褒め称え、若い娘たちは皆、彼の金の髪に彩られる精悍な眉目を称えていた。
……そんな彼が、今、その端整な顔を歪め、明らかに動揺した様子でエリノアの顔を見ている。
「お、お前、今、聖剣を……」
冷静沈着と言われるその第二王子が慌てているのを初めて見たエリノアは一瞬怯えが薄れ、ぽかんとする。が、「聖剣」と言われハッとした。
「うわっ! 抜いてません! 抜けてません! 抜けようはずもございません!!」
「馬鹿を言うな! 私ははっきりとこの目で見たぞ!!」
エリノアの腕をつかむ力が強くなって。エリノアは慌ててつかまれたままの腕を頑張って王子の前に掲げて見せた。
「殿下、我が白魚が如き細腕をご覧下さい! ほら、ほらほら! 聖剣なんか。どう見ても抜けるはずがございません!」
「…………」
ブレアは黙りこんだ。白魚とは、美しい手や細指を表す言葉ではなかったか。だが、まあそれが白魚か如きかどうかはおいておくとして。確かにその手首はか細くて華奢だ。つかんだ二の腕にもほとんど筋肉など感じられなかった。
彼もまた、幾度となくその聖剣を抜かんと挑んできた一人である。
その大木に吞みこまれるようにして幹に突き刺さっていた聖剣が、いかに重く、いくら力をこめようともピクリとも動かなかったことを彼も当然知っていた。
それが決して腕力だけで抜けるのではないとは彼もよく知っていたが、まさか、こんな華奢な娘に抜けるはずがないと彼も思った。
「……いいだろう」と、ブレアは疑い深そうな表情のままエリノアを見る。
その言葉に一瞬ほっとしかけたエリノアだったが──ブレアは鷹のような瞳で彼女を刺し、言った。
「もう一度引いてみれば分かること。おい娘、もう一度やってみろ」
「え!?」
さぁやれ、と顎で促されてエリノアはあからさまに狼狽える。
しかし、王宮侍女であるエリノアに、王族の命令を拒絶する事など不可能だった。やれといわれればやるしかない。
(……ど、どうしよう……)
内心で焦るエリノア。
さっきのは、きっと何かの間違いだ。いかに聖剣を守る精霊(が、いるというエリノア説)が居眠りをしていたとしても、これだけ大木の前で騒がれれば今頃はさすがに目を覚ましているに違いない。
そうだきっと、聖剣は動かない……はずだ……! でも──
もし抜けてしまったら──
と、そこまで考えてエリノアは心の中で首を振る。
(いやいや……ないない。な、い……だろう、けど……)
そう思ってから、そうだわ、とエリノアは閃いた。
簡単なことだ。もし万が一抜けそうな気配がしても、抜くフリをすればいいのだ。
そうしたら、王子様ほらやっぱり見間違いですよ、え? 聖剣が抜けたようにお見えになった? そんなまさか。御職務が立てこんでおられてお疲れなんですねぇお仕事ご苦労様です、今すぐお茶でもご用意しますね、わたくしめ、この間上級侍女の試験に合格したんですよー……とかなんとか言って切り抜けよう。
エリノアはそう決意した。
己の立場的にはなんとなく不忠な気もしたが、エリノアは家族の家計を支える身だ。ここで、はい了解、はい聖剣抜けました! などと諸手を挙げて言う訳には──行かなかった。
それに、だってねぇ、と、エリノアは内心で一人ごちる。自分はどこからどう見ても聖剣にはそぐわない。
すると、そんなエリノアの無言の百面相を見ていたブレアが怪訝そうに急かす。
「どうした。早くやって見せろ。……なんなんだその顔は……」
「は、はぁ……申し訳ありません、わたくしめ表情筋だけは人様より多目に備わっているようで……、で、では……」
エリノアは仕方なしにホウキを側に置き、もう一度大木の樹肌から突き出ている剣の柄に手を添える……
読んで下さって有難うございますo(´▽`*)
ちなみに今作品も、もふもふ要素ありです。白でかもふっ…、早く出したいっ!!(笑)早くそこまで行きたい!!頑張らねば…!