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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
終章
357/365

相変わらずな黒猫と引退できない老将

 森の茂みを思わせる髪とその下に覗く朗らかな顔を見ていたエリノアは、戸惑いで思わず自分の呼びかけに応えた少年をまじまじと見つめてしまった。

 背の低いエリノアでも楽に抱えられそうな小さな身体。人の世界では見たことのない青々とした髪の色など、色々と驚くべきところはあるように感じたが……エリノアはまず、彼の顔立ちにびっくりした。そのまだ幼いつくりの目鼻立ちを確認するように見て、唖然とした彼女は後ろを振り返る。その視線が探すのは彼女の弟。すっかり闇が晴れた居間の奥──立派な領主の椅子の上で背中を丸めて膝を抱えて。いじいじしながら、コーネリアグレースと奇怪にも空に浮かんだペンダントに宥められている己の弟ブラッドリー。……が、確かにそこにいることを確認したエリノアの表情がグッと疑問に強張った。


「…………か、顔が……」


 呆然とつぶやきながら、エリノアの視線が己の正面に静かに立っている少年に戻る。

 ……──そっくりなのだ。このメイナードを名乗る少年は、ブラッドリーにあまりにも。まったく一緒の顔──という訳ではないが、目の形、鼻筋の形、口元も。見比べれば見比べるほどに同じに見えて。言葉もなく二人の間を視線を行き交わせていると、同じことに気がついたらしいブレアが不思議そうに言った。


「……エリノア、君には他にも弟が……?」


 ブレアはブラッドリーではなく、エリノアの顔を見つめている。問われたエリノアは急いで首を横に振った。


「そ、そんなはずは……」


 どうやらブレアの反応を見る限り、エリノアが弟に似ていると思った少年(メイナード)は、彼女にも似ているらしい。そのことに気がついたエリノアは何故という顔でメイナードを見る……と、そんなエリノアの反応がおかしかったのか、鮮やかな色の少年は頬を持ち上げ目を細めて、ほ、ほ、と短く笑った。その笑い方は以前のメイナードそのものであるのだが……。

 エリノアは慌てるあまり吃りながら問う。


「メ、メメメメメメ⁉︎ (メイナードさん⁉︎)も……萌……萌芽って⁉︎ その姿、い、いったい──」


 まさか実はメイナードが自分たちの血縁であったとか、姉弟以外に父に隠し子がいた──なんてオチではあるまい。エリノアは答えを求め、必死で己ら姉弟に似た顔で現れた(元)老将に詰め寄って。──と……そんなエリノアを襲うものがあった。


「──(すっき)ありぃ!」

「……へ?」

「⁉︎ エリノア!」


 メイナード少年の傍に立った瞬間。エリノアの頭上から突然聞き覚えのある声が降ってきて。エリノアはポカンと上を見て。襲撃者に反応したブレアが、エリノアの顔面に迫る黒い物体を打ち払おうと手刀を繰り出す、が──。

 それはブレアの攻撃に触れた瞬間、煙のように掻き消えて。そのまま影はエリノアの顔面に勢いよく覆い被さる。


「ぶべしっ⁉︎」

「⁉︎」


 確実に標的を捉えたはずの己の手が物体をすり抜けたことに、ブレアが呆気に取られたように目を瞠り。そして、ボフッと鈍い音で何者かに顔面に張り付かれたエリノアは。

 視界いっぱいに広がる闇。そして顔に押しつけられる柔らかい──ふわふわした極細毛の感触に──まとわりつかれて。鼻を思い切りくすぐられたエリノアが盛大にくしゃみを発する。


「っふ、ふぇっ……ふぇぶひゅんっっっ⁉︎ っ鼻! 鼻がっ……⁉︎」

「あははははは! やぁだー姉上ったらぁ♡ きったなぁ♡」

「⁉︎ ⁉︎」


 エリノアの顔面で毛むくじゃらが笑う。

 それを見て、彼が身内の魔物であることは理解したが。それでもムッとしたブレアがそのゲラゲラ笑う不思議で無礼な生物に手を伸ばす、が……。それはまたもやするりするりとブレアの追及を逃れて、にゃははと笑ってエリノアの頭の上へ移動。その頭にかかる重みに、エリノアが呻く。


「ぅ……グレン……」

「あははぁ♪ もぉー来てるなら言ってくださいよぉ姉上ったらぁ♡(※普段の行いが悪いので、エリノアの来訪を誰にも教えてもらえなかった)うっかり真面目に政務に勤しむところだったじゃないですかぁ。メイナード殿のオモシロ若返りについてなら、私がちゃぁんと説明してあげますよぅ♪」

「ぉ、重いぃ……」


 エリノアの頭上で我が物顔の獣はゴロゴロ喉を鳴らしながらエリノアの黒髪に全身を擦り付けている。ブレアは……とても嫌そうだが……魔物猫の婚約者に対する襲撃を防げなかった彼は、険しい顔で己の手を握りしめる。


「……魔物の前にあっては、我が手は無情なまでに無力……」


 ブレアは武芸には秀でているものの、変幻自在なグレンに対してはそれらがまったく役に立たない。これは早急に対抗策を打ちださねば、今後何かあった時にエリノアを守れぬのではと危機を感じた男は、飄々としたグレンを悔しそうに見ている。

 そんな男の視線をどこか愉快そうに見つつ、現れたグレンは、エリノアの頭の上から彼女の顔を覗き言う。そのしっぽがブレアを挑発するようにエリノアの頬を撫でるようにくねるもので──ブレアの顔が鬼のようである。


「そ・れ・で♡ つまりぃメイナード殿は元の身体が使い物にならなくなったので、そちらは切り捨てて、陛下のお力を借りて新しい芽を出し身を再生させたんですよ♪ この方元々樹木ですからね、生命力が強いんです」

「さ──再生……?」

「ほら、朽ちた木でも時が経てば新しい芽が生えてきたりするでしょう?」


 と、説明された少年が再びゆったりと笑う。


「ほ、ほ。ええまあ、ざっくり言えばそのような訳でございます。──我が顔がご姉弟に似ておるのは、陛下に新しく魔力を注ぎ直していただき成長した影響ですな」

「………………」


 メイナードは、ポカンと口を開けて話を聞くエリノアに、淡々と元の身体を失ったので魔力は以前よりかなり減ってしまったが、しかし記憶がなくなったわけではないゆえ、身につけた技術は失われておらず、これからも魔王に仕えることができる──と一通り説明した。……因みに、以前ブレアがエリノアに知らせた最近王都で出没していた『魔王の襲撃で傷を負った国民を癒していくという子供姿の女神の御使』は、テオティルではなく彼だったとのこと……。

 本来ならば、魔王は人間などどうでもいいが、やはりそこは『姉が気にするから』という理由で、新生した彼に王都の民たちを癒やさせて回っていたとのこと。(それを聞いたブレアはその国民たちが、リード同様半分魔物になったなどということはないのかと危ぶんだが……人間王子の問いかけに、魔王の配下は微笑みを浮かべ黙して答えなかった……)


 エリノアは、唖然として彼を見る。その顔立ちは、確かに弟ブラッドリーにそっくりなのだが……老将の穏やかな気質が表れているのか、こうして話しているとやはりまったくの別人。口調や表情が老成しているのに顔の造りが幼いためか、少年はとても違和感のある存在に見えた。……そこで思い出されたのがテオティルだ。

 エリノアは思った。……なんだか、大人のなりをして幼児のような聖剣テオティルと真逆な印象を受けるなと……。

 脳裏にそのおとぼけな己の剣を思い出したエリノアは──少年を凝視したまま、何か、諦観の念に、驚きが和らいでいくのを感じた。

 ……思わぬ姿で再会した老将に素直に驚いてしまったが……自分の周りには、もうすでに世間の常識からはかけ離れた存在ばかりが集っている。先出の聖剣に、何故か勇者の弟として転生してきた魔王、しゃべる猫や犬(魔物)、幼馴染は魔物に片足突っこんで、それに大切な親の形見を寝床にする図々しい雄牛……。

 いや、そもそも侍女として働いていたエリノアが勇者であること、その傍に王子様がいてくれることだって、実はかなり奇怪な状況だ。


「…………」


 そう思ってしまい……ついついその王子様こと愛しのブレアを、強張った顔のまま怪訝に見上げてしまったエリノアに。気がついたブレア(グレンを鬼顔で見ながら魔物対策を考えていた)が、どうしたと心配そうな顔をする。


「エ、エリノア? どうした大丈夫か?」

「あれー? 姉上?」


 頭上のグレンも、黙りこんでしまったエリノアに訝しげな顔をして。と……エリノアが漏らす。


「…………………………ま……いいか……」

「エリノア?」

「ん? 姉上?」


 険しい顔で言ってから、ため息をついたエリノアに。ブレアとグレン、そしてメイナードが不思議そうな顔をする。うんうんとエリノア。分かっているのかいないのかイマイチ不明な顔で頷きながらメイナードに言う。


「……はいオッケーです。理解しました! ……とは正直言えませんが……とりあえず、了解です」


 どこか事務的に受け入れますと言うエリノアに、どうやら周りは少し驚いているようだ。

 しかしエリノアとしてはとにかく、リードを救ってくれて、引いては彼を大事に思っている自分やブラッドリーを助けてくれたメイナードが無事であることが大切なのである。


「……うん。もういいよ、うん……メイナードさん、なんだか妖精チックな見た目で……ブラッドみたいな顔でびっくりしたけど、まあ……可愛いし……ええと、メイナードさんが元気なら……」


 これからはヴォルフガングの通訳なしでも自由におしゃべりできそうだし……と、それでもやはり少し複雑そうなエリノアに。


「ほ、ほ、ほ」


 新生メイナードが、さすがさすがと笑う。


「さすが魔王を弟に持つお方。懐が深くてあらせられる」

「……えー……? ちょっと色々鈍いだけではー?」


 グレンは「せっかくならもうちょっと驚いて騒げば面白かったのに……」と、どこか不満そうにぶつくさ言っているが。しかし黒猫はすぐに目を細め、ちなみにぃと、エリノアの頭の上でニンマリする。


「なぁんでメイナード殿の、姉上様の御前への参上が遅れたかと申しますとぉ♪」

「ん?」

「それは陛下が『……こんな姿のメイナードを姉さんが見たら……っ』とかシスコン丸出しだったからですよ♪」

「……は……ぁ……?」


 グレンの言葉に、エリノアはポカンといったいなんのことだという顔をしたが……。彼女の前にいる幼いメイナードは「いやはや」と苦笑いを浮かべながら困ったように額を指で掻いていた。それを見て、すぐにどういうことか察したらしいブレアは表情に呆れを滲ませてやれやれと頭を振った。


「え……どういうこと? 私、メイナードさんを見たら駄目だったの……?」


 意味が分からなかったエリノアが困惑した様子で問うと、グレンは噴き出しながら言う。


「だっからぁ! 『──だって僕に似た子供メイナードなんて……! 姉さんが──姉さんが取られる!』……て」


 どうやら頭上でブラッドリーの真似をしているらしい黒猫に。エリノアはキョトンと目を点にする。


「…………は?」

「嫉妬と危機感が丸出しで面白かったです♪」

「……私が……とられ……?」

「弟ポジションの危機ってやつですかね? その手の話題に陛下はとても過敏なんですよ……」


 ふっと意味ありげに笑いながらグレン。そういえば以前王宮で姉上がソル・バークレム相手に『あれが弟だったら……』なんてけったいな妄想をした時も、実は陛下が傍にいてヤバかったでんですよ〜、聖剣が慌ててたでしょう? ……などと、ケラケラ笑いながら暴露してくるもので……。エリノアは……困惑気味に振り返り、先程の嵐で荒れ果てた居間の中、未だ椅子の上でいじいじしている弟を振り返って。


「い、いや、あの……姉さんさすがにそこまで無節操じゃないっていうか……? えーと…………」


 確かに自分は子供や可愛いもの、美しい女性などに激烈に弱いが……さすがに可愛い弟とそれらは比較しようのないものである。ま、とにかくとグレン。


「今はあんまり陛下を刺激しないことですねぇ、リードのこともありますし、姉上様はブレアとラッブラブ♡ イッチャイチャ♪ しすぎないほうがいいですよぉ♪」


 絶対すぐにエゴンに通報されますよとニヤニヤしながら言われた言葉に、ブレアはムッとしてそれを切り捨てる。


「無理だ」


 腕を固く組み、生真面目に断じられたその潔い返しには、メイナードは感心したように肩を揺すって笑い、エリノアは赤面。


「ブ、ブレア様……」

「私は魔王と争う気はないが、それだけは嫌だ。愛する者の隣にあって、何故それを制限されなければならぬのだ。断固、拒否する。エリノアは、私の(ひと)だ。弟君といえどそのような権利は──」

「ぉ、ぉあああぁぁああっ⁉︎ あ、あのブレアさ──」


 きっぱり言い切るブレアにエリノアが真っ赤になって慌てた、瞬間。エリノアたちの背後で、再びボッと、何かが吹き上がるような激しい音がした。


「ひ⁉︎」


 振り返ると──領主の椅子の上で、ブラッドリーの身体が赤黒い炎に包まれていた。そこでうずくまっていた魔王は、ゆっっっくりと立ち上がり……持ち上げた頭の前髪の隙間から赤く光る片目を覗かせて、ブレアを刺す。


「……あ゛……⁉︎」


 仄暗い瞳で己の婚約者を睨む弟に、エリノアが真っ青になった。


「……僕の前でいい度胸だね……⁉︎ 姉さんが……誰のだって⁉︎」

「ブ、ブラッドぉおち、落ち着いて⁉︎」


 怒鳴る弟にエリノアは駆け寄ろうとするが──それを、ブレアの手が引き留める。


「⁉︎」

「事実だ」


 エリノアを行かせまいと手を握りしめたブレアは毅然と言って。己の目の前で姉の手を取った男を見て、ブラッドリーの周りの炎が更に大きく立ち上った。


「ひぃっ⁉︎ ブ、ブレア様⁉︎ ブラッド!」


 睨み合う二人の間で、慄いて慌てるエリノア──……の、頭の上からいつの間にやら退避したらしいグレンが、にゃはは♪ と居間の壁際でしっぽをくねらせて笑った。


「わーい♡ やれやれぇ〜♪ 陛下、かぁっこいい♡ この調子で人間界を征服しちゃえ♪」

「…………まったく……お主は変わらぬなぁ……」


 そんなグレンに近づいてきた少年メイナードが、呆れた様子で眉を持ち上げる。と、まんまとブラッドリーを怒らせることに成功した黒猫はペロリと赤い舌を出す。


「あは♡ だぁってこんな小領だけが陛下の領地ってつまんないじゃないか。もっともっと大きな城も欲しいしさ♪ 最近陛下の周り、平和でもう飽き飽きしてたとこだしぃ♪」

「やれやれ……」


 メイナードは思った。どうやら──まだまだエリノアはのんびり婚約者との愛に満ちた生活を楽しめそうにはないなと。


「……お可哀想にのぅ」


 これも魔王の姉として生まれついてしまった弊害だろうか。

 メイナードは小悪魔猫を軽く睨みながら、ため息。


「あははははは! 陛下♡ ブレアなんか叩き潰せぇ!」

「……お主は……その、後先考えぬところをなんとかしたほうが身のためだぞ……」

「え〜?」


 メイナードの苦言に、黒猫が「やっだよ〜♪」と、笑った──……瞬間のことだった。

 その三角の耳にヒュッ──と、いう風を切る音が──…………。


「──へ?」


 突然目の前に現れた、ゴツゴツとした金色にトゲトゲしい突起が無数に突き出た物体に……グレンが笑いを止めて目を瞬く。点になった目が視線を上げて、その瞬間、彼の黒い顔が一気に引き攣った。


「…………こんのぉ、馬鹿息子……!」

「⁉︎ 母上⁉︎」

「大馬鹿者! ここで陛下を怒らせてしまったら、リードちゃんをマリーたちのお婿にもらう計画がまた遠のくでしょう!」

「⁉︎ ぴっ⁉︎」


 ……ぎゃぁあああああっ⁉︎


 と。グレンは、怒って愛用の金棒を振り上げた母に追いかけられて一目散に居間を飛び出して行った……。


「…………やれやれ」


 そんな親子を見送ったメイナードは再びため息。


「これはまだまだ引退できぬなぁ……」


 色々とことが落ち着いて、やっと日向で茶でも飲みながら穏やかな老後(?)を過ごせるかと思ったのだが……と、元老将。そんな未来は、まだまだ遠そうである。








お読みいただきありがとうございます。

少し間があいてしまったので、少々長め(当社比)です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回のお話を絵で見たいと思ってしまった。 メイナードさんのやれやれとした様子や、エリノアの色々なことを受け入れたところ、ブレア様のエリノアなところ。 何はともあれ更新ありがとうございます。…
[良い点] いつものグレン [気になる点] 折角若返った老将の頭髪 [一言] 苦労人メイナードも楽しそうで何より
[気になる点] 恋愛に超奥手でなかなか気持ちを伝えられなかったブレア王子も言うようになったなぁ♪ ・・・受け手のエリノアは相変わらず恋愛ヘタレで可愛いけど(笑)
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